17.人間界の殺人鬼
「人間界に……戻る?」
「そうだ。……隷虐地獄の番人マゾエスが今、人間界でとある役目を遂行しておるのだが、どうにも難航しているらしくてな。その任を達成した暁には其方にマゾエスのスキルをやる。……どうだ? やってみる気はないか?」
「理解した。もちろんやるぞ」
即答した俺に、満足げに頷くネルはイフリートに視線を送った。
「ではルーカス。ここからは我が話そう。……今回マゾエスとともにやってもらうのは、殺人鬼を地獄に落とすこと──つまりは天罰だ」
「天罰? それは神々の? ……ああそうだった。あんな神だもんな」
俺を地獄に落とした時の男神ゼスと女神ヘスラの態度を思い出して肩を落とす。
「そう、これは本来神々の仕事なのだが……あのヘスラと言う女神、天罰を行わないだけでなく顔さえよければどんな大罪人であろうと加護すら与えるのだ」
「つまりそいつは……」
「ああそうだ。女神の加護を受け、並の天使よりも強力な力を持つと聞く」
「なるほど、それでそのマゾエスという番人一人では対処できないのか」
あの女神、そんなことまでしてたのか……つまりは今回の犠牲者は実質半分以上はヘスラのせいといえるだろう。
「そいつはどんな罪を犯したやつなんだ?」
「名はキラード。罪なき子供を誘拐しては痛めつけ、最後には殺して臓器を売り捌く……現在までの被害者は四十七人、救いようのない殺人鬼だ」
四十七?! ヘスラもキラードという殺人鬼も、とんでもない奴らだ許せない!
俺は地団駄を踏み、ネルを見上げる。
「ネル様。出立はいつですか? 俺は今すぐにでも……」
「落ち着けルーカスよ。出立は五日後だ。これは人間界への門を開ける日時が決まっておるため変えられん」
「……そうか」
俺は深呼吸をして怒りを鎮める。
「其方の怒りはわかるぞ。妾もすぐにキラードとやらを葬ってやりたい。だが、激情だけで戦うなよルーカス」
「ネル様の言うとおりだルーカス。憎悪という激情は神々にとっておけ」
「そうだな、そうするよ」
確かにキラードには腹が立つ。……だが彼への復讐を遂げるのは俺であってはならない。それは遺族たちのも権利だ。だから俺は、今回は冷酷な処刑人としてキラードを討つ。それだけだ。
「考えてみれば、天使よりも神に近い実力を持つ相手と戦えると言うことだよな……俺がどれだけ強くなったか試すのにちょうどいい」
俺は気合いを入れて拳を握りしめる。その時、謁見の間の扉が、なんの前触れもなく開け放たれた。
「はーいネルちゃん! 元気にしてた? マゾエスが来たわよ」
扉の中心に立っていたのは、背が高く髭の生えた男。だ、が、身につけている服は女性用、ピンク色のワンピースで顔には化粧もしていた。
四天王……個性が強い。
「よく来たなマゾエス。紹介するぞ、イフリートの横に立つ彼が今回其方の任に協力するルーカスだ」
「あなたがルーカスちゃん?! ネルちゃんから話は聞いているわよ。グリーシスちゃんには決闘で勝って、ラクシュちゃんにはガン不利なゲームで完封したんですって? すごいわねぇ」
いつのまにか目の前にいたマゾエスに、体つきをねっとり見られる。俺は苦笑いを浮かべて手を差し出す。
「あ……ああ、俺はルーカスだ。今回の件、よろしく頼む」
「えぇえぇもちろんよっ! アタシの方こそ、よろしく頼むわ」
俺の手を両手で握り返し、ブンブンと上下に振るマゾエス。いつまでそうしているのかと思った矢先、いつの間にか玉座から降りていたネルがマゾエスの頬に拳を突き立てた。
「マゾエス、いい加減ルーカスから離れよ!」
***
「えっ、もうまたここを出て行っちまうのかい?」
「兄ちゃん次はどこに行くんだぁ?」
宿屋の食堂で、いつものメンバーと食事を摂っている。その最中、俺は二人にヘイルムを出ることを告げた。
「ああ、今回もそう時間はかからないと思うが……行き先は人間界だ」
「「人間界?!」」
「人間界ってあの人間界か?」
酔いが覚めたようにはっきりとした口調で話すハリス。驚いた女将さんは洗っていた食器を落とした。
「そうだ。今回は隷虐地獄の番人マゾエスの手伝いをすることになってな……それで二人は、何か人間界に思い残しはないか? 手紙を知人に渡す程度ならよいと、ネル様が言っていたぞ」
そう言うと、驚き終えた二人は揃って首を横に振った。
「うーん、気持ちはありがたいけど特に頼みたいことなんてないねぇ。……なんせ、今はここが気に入ってるんだ! 死ぬ前のことなんかいちいち考えてる暇なんてないさ!」
明るく言い切る女将さん。彼女も理不尽に地獄に落とされた一人のはずだが……
強い人だな、女将さんは……。
酔いが戻ったハリスが、遠くを見るように灰色の目を細めて、
「ああオレも特にねぇな。オレの場合、女神ヘスラに一家全員殺されたからなぁ……もう人間界に手紙を書く相手なんかいねぇんだよ」
なんでもないことのようにそう言った。その言葉に驚いた俺は、思わず目を見開いた。
女神が直接殺したのか? なんの罪もないハリスさん一家を?
「ヘスラに一家全員殺された?! ……ハリスさん、それはどういう……。あ、話したくなければ別に……」
「いやいいさ。聞いてくれよ、オレの過去を……女神ヘスラの残虐さを」
そう言ってハリスは酒が入った樽ジョッキを勢いよく傾けた。
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