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ワーキングホリデーの記憶  作者: 快速5号
第一章 ワーキングホリデー
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第九話 ケアンズ

「ゴールドリーフワイン、いかがですか」


「シドニー・ハンターバレーの老舗ワイナリー、Tyrrell’s社製。金箔入りのワインです」

「お土産にどうぞ」

「白とロゼ、2種類ありますよ」


ひとりひとりの客に合わせて、挨拶の言葉を変えてみたり、声のトーンを意識してみたり――

工夫はした。努力もした。


でも、売上はなかなか伸びず、

そのたびに、熱帯の陽射しとは裏腹に、心はひどく冷えていった。


そんなケアンズでの数少ない“楽しみ”は、

仕事終わりに通うようになった、ある一軒の食堂だった。


きっかけは、免税店で出会った日本人ガイドの紹介だった。

彼は自らを「ボウズ」と名乗った。

実際、坊主頭で、見た目そのまんまだった。


その“ボウズ”に連れて行ってもらった店が、

**CHA-CHAチャチャ**という、どこか陽気な名前の店だった。


免税店と同じビルにあるはずなのに、入口がまったく逆にある。

初めての時は、ほんの数メートル違うだけで、気づかずに通り過ぎた。


けれど、その隠れ家のような店に、一歩足を踏み入れた時、

私はやっとこの街で、自分の居場所を一つ、見つけた気がした。


**


この「CHA-CHA」という店は、

ケアンズ在住の日本人たちにとって、いわば溜まり場のような場所だった。


訪れるたびに、数人の日本人客が、

どこか所在なげに、無言で箸を進めている姿を見かけた。


決して高級なレストランでも、

外国人向けに気取った装飾のある洒落た店でもない。


ただ、南の果てのこの街で、日本の味に飢えた在留邦人たちが、

ほっと一息つける、手頃な和食を求めて集まってくる――

そんな店だった。


**


私がよく選んだのは、

生姜焼き定食や焼き魚定食といった、

日本でも定食屋に入れば、つい注文してしまうような“定番”のメニューだった。


CHA-CHAでは、そんな家庭の味を、庶民的な価格で提供してくれていた。


湯気の立つ温かな味噌汁に、

ふっくらと炊き立ての白いご飯。


それをひと口、口に運ぶたび、

身体の芯まで、じんわりと何かが沁みていくのを感じた。


ああ、味噌汁って、こんなにも人の心を癒してくれるものだったのか――


異国の地にいるからこそ気づいた、その“当たり前の味”に、

私は、少しだけ感動していた。

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