第六話 一路ケアンズ
ケアンズという街は――日本風に言えば、南国情緒ただようという言い方がぴったりだった。
ヤシの葉が揺れ、通りには緩やかな時間が流れ、
どこかしら「いかにも南国の観光地ですよ」といった空気をまとっていた。
街の中心部には、カジノや免税店が軒を連ね、
観光客でほどよく賑わいながらも、どこか落ち着いた雰囲気があった。
一方で、郊外には大型のスーパーやホームセンターが立ち並び、
観光地でありながら、ローカルの生活感もしっかりと根付いていた。
そして、何よりこのケアンズという街を特徴づけていたのは――
ビーチが遠い、ということだった。
いや、誤解しないでほしい。
ケアンズは南国リゾート地である。
けれど、中心街からバスで何十分も走らなければ、
砂浜や海に出会うことができない。
ちょっと考えてみてほしい。
「南国情緒ただよう観光地」と聞けば、
ハワイのワイキキのように、ホテルの目の前にビーチが広がっていて、
水着姿の観光客が行き交う光景を思い浮かべないだろうか。
少なくとも、私はそうだった。
――そんな“勝手な理想像”を、軽やかに裏切ってくれる街。
それが、ケアンズだった。
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ケアンズへ旅立つその朝――
シェアハウスでお世話になったご夫妻が、シドニー・キングスフォード・スミス空港まで、車で送ってくれた。
空港に到着し、荷物を預け終えると、奥様がふと聞いてきた。
「派遣期間の1ヶ月が終わったら、また戻ってくるの?」
私は少しだけ考えて、笑って返した。
「部屋が空いてたら……またご厄介に上がります」
それを聞いた奥様は、にっこりと頷いた。
「そのときは、おでんでも用意しておくわ」
そう言って手を振ってくれたその姿を、私は手荷物検査場の向こうから、しばらく見つめていた。
そのまま、私は機上の人となった。
ケアンズでの最初の仕事は、
翌々日から始まる“勤務先”へのご挨拶と、
それまでの数日間での拠点探しだった。
陽射しの強さ、空港の小ささ、空の蒼さ、そして——
見知らぬ土地の空気に包まれながら、私は再び“最初の一歩”を踏み出そうとしていた。