【第9話】 『呪われた遺言状、死者の声は証拠になるか!?』
王都の中央裁判所。いつもは荘厳で静かなこの建物の中に、今日ばかりは異様な空気が立ちこめていた。
理由は簡単。
依頼人が“死んでいる”からだ。
「いやいやいや、そもそも依頼人って“生存者”であるべきなんじゃ……」
法廷に入るなり、俺──異世界法律相談所の弁護士・高野誠一は、静かにツッコまずにいられなかった。
今回の案件は、貴族家・ドゥラメル家の遺産相続争い。
問題の遺言状は、“死者の魂が宿る”という曰く付きの代物だった。
「依頼人は確かに亡くなっていますが……この遺言状、今も“語りかけてくる”んですよ」
霊媒士のミス・リタが、まるで日常会話のように言った。
「うーん……幽霊がしゃべる証拠書類って、証拠能力あるのか……」
遺族側はバチバチに対立している。
「これは捏造だ! 精霊語を模した細工に違いない!」
「いいや! 叔父様の本当の想いがこもってる! 見ろ、この震える文字……『わしの隠し金は庭の井戸の裏』とある!」
俺は額に手を当て、六法全書・改のページを繰りながら思った。
(異世界六法、どこまで適応できるんだこれ……)
◆
そして始まった裁判。
「開廷します。まず、遺言状の証拠能力について双方の主張を──」
裁判官の言葉を遮って、霊媒士リタが祭壇の前に立った。
「霊よ、応えたまえ……この世に未練ある遺志を、声に変えて──《魂声招来陣》ッ!」
神秘的な青白い光が広がり、遺言状の表面にうっすらと文字が浮かび上がる。
『えー、ワシじゃ。ドゥラメル卿じゃ。なんや騒がしいと思ったら、裁判かいのう』
ざわ……ざわ……
傍聴席が一気に騒がしくなった。霊がノリ軽いぞ。
「まずいなこれ、真面目な証言として認められるのか……」
だが、俺は落ち着いて異世界六法を開いた。
「第七魔条・霊的通信に関する特例──“意識の持続が確認された魂体が、公的審問下で言及する遺志は、証拠補助として認定される”」
「つまり……?」
「正しい手続きと儀式下なら、死者の言葉も“証拠扱い”できるんだ」
◆
裁判は続き、ドゥラメル卿(故人)は証言席に浮かびながら語る。
『ワシはな、ほんとは全部、末娘のマリーに譲るつもりじゃった。あやつはワシが唯一、遺産の話をしたとき寝なかった孫じゃからな』
その発言により、遺言状の主旨が明確になり、証拠補助資料と照らし合わせて整合性も取れた。
最終的に、裁判官は言い渡した。
「被相続人の魂の陳述、およびその他の証拠を踏まえ、本遺言の有効性を認定する」
つまり、死者の証言が法的に認められたのだ。
霊媒士リタが肩をすくめる。
「この国、霊にまで税金がかかる日も近いですね」
だが、事件はここで終わらなかった。
『あ、ちょっと待って……最後にもう一つだけ……』
ドゥラメル卿の霊が、ひょいと遺言状から浮かび上がる。
『貯金の袋……地下のワインセラーのタルの中……三つ目のやつじゃ……頼むぞ……』
それだけ言って、霊は成仏していった。
「ちょ、ちょっと! それって脱税案件じゃ──!」
俺の叫びもむなしく、六法全書のページが一枚、ふわりと風にめくれた。
■
私は、霊媒士リタ=クロフォード。霊と人との橋渡しを生業とする者。
……なのだが。
「また戻ってきたんですか、ドゥラメル卿!」
『いやぁ、悪いのぅ、リタちゃん。ちょっとだけ忘れ物を思い出しての』
この依頼、すでに七回目である。
依頼者は、死んだ貴族──ドゥラメル卿。
遺産相続をめぐる訴訟において、霊として証言を依頼された……はずだった。
ところがこの霊、どうも“成仏しきれない系”の代表格である。
一度は成仏の光に包まれたのに、「あ、そういえば物置の奥の壺……」などと未練を口走り、再召喚。
それを、今日までに六回繰り返している。
「成仏とは一体……」
私のMP(霊媒力)はすでに空っぽに近い。
魔力回復薬も、先月の給料の半分が消えていった。
だが、依頼は依頼。責任は全うする。それがプロだ。
「では、ドゥラメル卿。本日は最後の召喚ということでよろしいですね?」
『ああ、これで本当に最後じゃ。多分のう』
「“多分”じゃ困るんですけど!!」
◆
その日も、王都裁判所にて遺産相続の審理が行われていた。
弁護士の高野誠一氏とともに、私は証言席の隣に立つ。
「それでは、魂声招来陣を展開します──《喚魂・開示》」
魔方陣が淡い光を放ち、空間が歪む。
やがて、ぷかりと浮かび上がるドゥラメル卿。
『おお、裁判か。わしじゃ、わしじゃ。さて、今日は──あ、ちょっとマリーに言い忘れたことがのう』
「もう証言始まってますからっ!」
傍聴席から失笑が漏れる。
高野氏も額を押さえている。
『すまんすまん。えーと、マリーには全部譲ってくれて構わん。
ただし、屋敷の地下室にある“第二の金庫”は内緒じゃ。あれは隠し財産で──』
「だああああっ! それ、法廷で言っちゃだめなやつです!!」
その後、ドゥラメル卿は遺言の本旨と整合性のある証言をし、ようやく裁判が進行。
判決が下り、彼は微笑みながら成仏の光に包まれた。
『今度こそ、さらばじゃ……わしの魂よ、安らかに──あ、そうそう──』
「ダメです!! もう帰ってください!!!」
◆
事件後。
「霊媒士って、もっとこう神秘的な仕事かと思ってました」
裁判所を出た高野氏が苦笑する。
「現実は霊との漫才ですわ」
私は肩をすくめた。
けれど、不思議と悪い気はしない。
霊にすら“伝えたいこと”がある世界。
それを聞き届ける役目なら……まあ、少しくらいはツッコミ役でも、いい。
「さて、次の依頼……あっ、またドゥラメル卿からです」
『リタちゃん、ワシの遺影がちょっと傾いとって……』
「もう勘弁してくださいっ!!」