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【第9話】 『呪われた遺言状、死者の声は証拠になるか!?』

 王都の中央裁判所。いつもは荘厳で静かなこの建物の中に、今日ばかりは異様な空気が立ちこめていた。


 理由は簡単。


 依頼人が“死んでいる”からだ。


「いやいやいや、そもそも依頼人って“生存者”であるべきなんじゃ……」


 法廷に入るなり、俺──異世界法律相談所の弁護士・高野誠一は、静かにツッコまずにいられなかった。


 今回の案件は、貴族家・ドゥラメル家の遺産相続争い。

 問題の遺言状は、“死者の魂が宿る”という曰く付きの代物だった。


「依頼人は確かに亡くなっていますが……この遺言状、今も“語りかけてくる”んですよ」


 霊媒士のミス・リタが、まるで日常会話のように言った。


「うーん……幽霊がしゃべる証拠書類って、証拠能力あるのか……」


 遺族側はバチバチに対立している。


「これは捏造だ! 精霊語を模した細工に違いない!」

「いいや! 叔父様の本当の想いがこもってる! 見ろ、この震える文字……『わしの隠し金は庭の井戸の裏』とある!」


 俺は額に手を当て、六法全書・改のページを繰りながら思った。


(異世界六法、どこまで適応できるんだこれ……)



 そして始まった裁判。


「開廷します。まず、遺言状の証拠能力について双方の主張を──」


 裁判官の言葉を遮って、霊媒士リタが祭壇の前に立った。


「霊よ、応えたまえ……この世に未練ある遺志を、声に変えて──《魂声招来陣》ッ!」


 神秘的な青白い光が広がり、遺言状の表面にうっすらと文字が浮かび上がる。


『えー、ワシじゃ。ドゥラメル卿じゃ。なんや騒がしいと思ったら、裁判かいのう』


 ざわ……ざわ……


 傍聴席が一気に騒がしくなった。霊がノリ軽いぞ。


「まずいなこれ、真面目な証言として認められるのか……」


 だが、俺は落ち着いて異世界六法を開いた。


「第七魔条・霊的通信に関する特例──“意識の持続が確認された魂体が、公的審問下で言及する遺志は、証拠補助として認定される”」


「つまり……?」


「正しい手続きと儀式下なら、死者の言葉も“証拠扱い”できるんだ」



 裁判は続き、ドゥラメル卿(故人)は証言席に浮かびながら語る。


『ワシはな、ほんとは全部、末娘のマリーに譲るつもりじゃった。あやつはワシが唯一、遺産の話をしたとき寝なかった孫じゃからな』


 その発言により、遺言状の主旨が明確になり、証拠補助資料と照らし合わせて整合性も取れた。


 最終的に、裁判官は言い渡した。


「被相続人の魂の陳述、およびその他の証拠を踏まえ、本遺言の有効性を認定する」


 つまり、死者の証言が法的に認められたのだ。


 霊媒士リタが肩をすくめる。


「この国、霊にまで税金がかかる日も近いですね」


 だが、事件はここで終わらなかった。


『あ、ちょっと待って……最後にもう一つだけ……』


 ドゥラメル卿の霊が、ひょいと遺言状から浮かび上がる。


『貯金の袋……地下のワインセラーのタルの中……三つ目のやつじゃ……頼むぞ……』


 それだけ言って、霊は成仏していった。


「ちょ、ちょっと! それって脱税案件じゃ──!」


 俺の叫びもむなしく、六法全書のページが一枚、ふわりと風にめくれた。



私は、霊媒士リタ=クロフォード。霊と人との橋渡しを生業とする者。


 ……なのだが。


「また戻ってきたんですか、ドゥラメル卿!」


『いやぁ、悪いのぅ、リタちゃん。ちょっとだけ忘れ物を思い出しての』


 この依頼、すでに七回目である。


 依頼者は、死んだ貴族──ドゥラメル卿。

 遺産相続をめぐる訴訟において、霊として証言を依頼された……はずだった。


 ところがこの霊、どうも“成仏しきれない系”の代表格である。


 一度は成仏の光に包まれたのに、「あ、そういえば物置の奥の壺……」などと未練を口走り、再召喚。

 それを、今日までに六回繰り返している。


「成仏とは一体……」


 私のMP(霊媒力)はすでに空っぽに近い。

 魔力回復薬も、先月の給料の半分が消えていった。


 だが、依頼は依頼。責任は全うする。それがプロだ。


「では、ドゥラメル卿。本日は最後の召喚ということでよろしいですね?」


『ああ、これで本当に最後じゃ。多分のう』


「“多分”じゃ困るんですけど!!」



 その日も、王都裁判所にて遺産相続の審理が行われていた。

 弁護士の高野誠一氏とともに、私は証言席の隣に立つ。


「それでは、魂声招来陣を展開します──《喚魂・開示》」


 魔方陣が淡い光を放ち、空間が歪む。


 やがて、ぷかりと浮かび上がるドゥラメル卿。


『おお、裁判か。わしじゃ、わしじゃ。さて、今日は──あ、ちょっとマリーに言い忘れたことがのう』


「もう証言始まってますからっ!」


 傍聴席から失笑が漏れる。

 高野氏も額を押さえている。


『すまんすまん。えーと、マリーには全部譲ってくれて構わん。

 ただし、屋敷の地下室にある“第二の金庫”は内緒じゃ。あれは隠し財産で──』


「だああああっ! それ、法廷で言っちゃだめなやつです!!」


 その後、ドゥラメル卿は遺言の本旨と整合性のある証言をし、ようやく裁判が進行。


 判決が下り、彼は微笑みながら成仏の光に包まれた。


『今度こそ、さらばじゃ……わしの魂よ、安らかに──あ、そうそう──』


「ダメです!! もう帰ってください!!!」



 事件後。


「霊媒士って、もっとこう神秘的な仕事かと思ってました」


 裁判所を出た高野氏が苦笑する。


「現実は霊との漫才ですわ」


 私は肩をすくめた。


 けれど、不思議と悪い気はしない。

 霊にすら“伝えたいこと”がある世界。

 それを聞き届ける役目なら……まあ、少しくらいはツッコミ役でも、いい。


「さて、次の依頼……あっ、またドゥラメル卿からです」


『リタちゃん、ワシの遺影がちょっと傾いとって……』


「もう勘弁してくださいっ!!」

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