【第8話】 『裁判中に呪文詠唱は禁止されています!〜魔導検察官VS六法勇者〜』
異世界で弁護士をやってると、つくづく思う。
「こいつら……法という概念をどこまで理解しているんだ……?」
というわけで、今回は異世界と日本の裁判制度の違いについて、ユルくツッコミつつ解説しよう。
◆その1:裁判所に“種族別入り口”がある
人間、エルフ、獣人、ドワーフ、果てはスライム族まで、それぞれ専用ゲートがある。
いやいや、種族差別はダメだろ! と思ったら、理由は「ドワーフは荷物が多くて詰まる」だの「スライムは床が汚れる」だの、物理的な事情だった。
おかげで初回、俺はドワーフ専用口から入って怒られた。ヒゲすらないのに。
◆その2:裁判官が“日替わりシフト制”
魔王国の司法制度、裁判官は“持ち回り”で選ばれる。
前日に暴走族を裁いた審判が、今日はカップルの痴話喧嘩に立ち会うというカオス。
さらに困るのが、たまに「判決は神託による」って言い出す神官タイプ。
証拠も証人もガン無視で「今日の星の流れで有罪ですね」とか言ってくる。裁判とは。
◆その3:訴状は“口頭提出”も可能
現代日本なら書面提出が原則。でも異世界では、居酒屋で酔っ払いながら「訴えてやるぞー!」って叫ぶと、それが“仮訴状”として記録されることがある。
ちなみに一番多いのは、婚約破棄関係。
酔った貴族の娘が「この婚約、なかったことにしますわー!」と叫ぶと、翌日にはもう法廷日程が決まってる。
◆その4:証人喚問に召喚魔法が使われる
「ちょっと証人呼んできますねー」→《証人召喚陣》発動!
ズボン一丁で召喚された農夫が「なんで裁判所にいるんだ!?」と叫ぶのは日常茶飯事。
しかも魔法の都合で、たまに違う人が呼ばれる。
証人:ミスリル鉱山のゴブリン族長(本件無関係)
◆その5:判決文が“詩”で出るときがある
「被告人、これなるは──我が罪の鏡なるぞ」
「咎を受けよ、されど悔いを知れ」
詩的すぎて誰も内容が分からない。あとで法務官が“通訳”する羽目になる。
◆おまけ:俺が初めて勝った裁判の記録
記念すべき第1勝目は「スライムの土地所有権確認訴訟」だった。
スライムの“液状状態”は住所不定扱いになるため、定住実績を証明するのが超困難だったが──俺はスライムが苔に刻んだ“毎朝の滑った軌跡”を提出して勝訴!
なお、判決文は「君、粘性にて地を得たり」だった。
──異世界法廷、今日もカオス。
それでも俺は、六法全書を手に、この世界で正義を叫び続けるのである。
その日、地方裁判所は異様な熱気に包まれていた。
朝から詰めかけた見習い法務官や魔導学院の生徒たちがざわざわとささやき合い、傍聴席の空気はピリピリと張り詰めている。
それもそのはず──“あの”魔導検察官が乗り込んでくる、という噂が法都じゅうに広まっていたのだ。
重厚な法廷の扉が、ギィィと軋む音を立てて開いた。
真紅の法衣をまとい、長い銀髪をなびかせた一人の美女が、ヒールの音を響かせて入廷してくる。
その姿に、息を呑む観客席。
「魔導検察官、エルメリア=クロード。本件、検察側を担当いたします」
その宣言とともに、場の空気がビリビリと震えた。
法廷の上部、魔封結界の宝玉がかすかに脈動し、魔力の干渉を警告する。
「うわ……本当に来やがったよ」
俺──高野誠一。元・日本の弁護士、現在は異世界法律相談所の所長をやっている。
魔法と契約と貴族社会のはざまで生きる羽目になった俺が、今日もまたトラブルの渦中にいる。
「では、開廷します。起訴内容の陳述を」
裁判官が宣言するやいなや、エルメリアはスッと片手を掲げ、詠唱を始めた。
「汝、真理を欺くことなかれ──《真理照明陣》!」
ビリビリッ!
天井に金色の魔法陣が展開され、空中にいくつもの魔符が浮かび上がる。
「ちょ、待った!」
俺はすかさず立ち上がり、手を挙げる。
「異議あり! 現在、法廷内での詠唱魔術は禁止されてるはずだ!」
「これは“真実探知補助”ですわ。黙秘権を行使する際には、沈黙魔法も当然許可されるべきでしょう?」
「……黙秘魔法って、ただ声を出せなくなるだけだろ!? それ、証人潰しに使う気じゃねぇか!」
エルメリアは優雅に肩をすくめ、余裕の微笑を浮かべた。
「黙っていただくだけですわ。真実を語れない者には、せめて沈黙という選択肢を」
その発言に傍聴席がざわつく。
俺は六法全書・改を開き、該当条文を指でなぞる。
「裁判術章第十二条──“第三階位以上の術式詠唱は、裁判の中立性を損なう恐れがあるため、特例を除き禁止とする”」
裁判官が眉をひそめ、咳払いする。
「検察官、以後、詠唱を伴う魔術は禁止します。これは魔導高等裁判所ではなく、通常裁判所です」
しぶしぶ魔法陣を解除するエルメリア。
それでもその瞳には、戦意をたたえた煌めきがあった。
◆
審理は、俺の提出した証拠資料──呪具販売の免許状控えと実地調査報告書──により、店主の正当性が次々と証明された。
問題とされた呪具は確かに登録済みの旧式品であり、法的な過失はない。
「判決。被告に無罪を言い渡す」
静寂を切り裂くように、裁判長が声を上げた。
傍聴席からは拍手とどよめきが上がり、エルメリアは唇をきゅっと噛んだ。
「ふん……次は、魔導高裁で決着をつけましょう」
「そのときは、“法廷魔術免許証”忘れんなよ」
俺の皮肉にエルメリアはプイッとそっぽを向き、マントを翻して法廷を後にした。
俺は椅子に腰を下ろし、深く息を吐く。
「……マジで次あたり“証人喚問用召喚魔法”とか使ってきそうで怖いんだけど」
※ 魔導検察官エルメリア=クロード、その正義と業火の矛盾。
異世界に転移して以来、俺が最もやり合ってる相手──
それが、“紅蓮の魔導検察官”ことエルメリア=クロードだ。
魔導省直属、最高位・特級魔術審問官資格保持者。
赤の法衣をまとうその姿から“火焔の検察官”とも呼ばれ、法廷での詠唱率は驚異の98%。
平たく言えば──
「何かあったら、とりあえず魔法をぶっ放すスタイル」
である。
◆彼女の強さ、その①:魔力
とにかく魔力がバカ高い。
この前、被告人が「無罪です」と口にした瞬間、感情が高ぶって法廷のロウソク全消灯した。
証人席の猫耳族が「にゃあっ!」と飛び上がってた。
◆彼女の強さ、その②:記憶力
六法全書・魔導補遺版を暗唱してるらしい。
こっちが条文開いて読み上げてる間に、「それ、補足註釈の方ではこう解釈されてますね」と言われて反論不能になるの、もう4回目だ。
◆彼女の問題点①:融通が利かない
正義に熱すぎて、微罪でも詠唱準備を始める。
スライム族の痴話喧嘩にすら「真理照明陣ッ!」とか言い出す。
頼む、まずは話を聞いてくれ。
◆彼女の問題点②:裁判官より目立つ
傍聴席の人気がすごい。
魔導学院の女子学生にファンクラブがあり、エルメリアの「詠唱中の横顔写真集」が地味に売れている。裁判官が地味すぎて空気になる現象が深刻。
◆実は……
個人的に、あいつは嫌いじゃない。
根っこが真面目で、裁判所の外では割と常識人だ。前に偶然、町のパン屋で会ったとき、「小麦の香りが落ち着くんです」と照れくさそうに言っていたのが、なんだか印象に残ってる。
ただ──
法廷に立つと、どうしてああも“攻撃的”になるのか。
たぶん彼女なりの、正義に対する不器用な愛情表現なのだろう。
だからこそ、俺も真っ向からぶつかっていけるのかもしれない。
火花を散らすたび、言葉を交わすたび、少しずつ分かってきた。
あの紅蓮の瞳は、裁くためじゃない。
誰かの嘘を見抜き、真実を救い出すために、燃えているのだ──。