【第64話】『火を吹いたのは“愛”のせいです──ドラゴン系失恋慰謝料請求事件』
法廷の天井に、黒こげの煙がゆらりと立ちのぼっていた。
俺──高野誠一は、焦げた書類を手にしながら静かにため息をつく。
「なあ、言っていいか?」
「なに?」
「なんで裁判所が燃えてんだ」
俺の問いに、被告席に座る依頼人は、申し訳なさそうに頭を下げ──天井にぶつけた。
ドガッ。
「ふぇえ……ワタシ、失恋しちゃって……つい、村ひとつ、燃やしちゃったんですぅ……」
依頼人の名はファフリール・ドラゴネア。ドラゴン。身長(というか全長)20メートル。火を吐くタイプの純種族。性別は──たぶんオス。
でも言葉遣いはやたらナヨナヨしていて、しかも職業が「吟遊詩人」だった。
なんというか、全部がちぐはぐだ。
「……それは、完全にアウトですね」
俺は横目でスラーディアを見た。スライム型判事の彼女は、ぷるぷると震えながら焦げた記録書をめくっていた。
「村一個焼失、恋人への未練、過失によるスキル暴発……現在、原告リアンより慰謝料四十万ゴールドの請求が……ぷるぷる……」
スライムのくせに緊張で汗をかいていた。いや、それ液体じゃなくて本体だろ。
「つまり……恋の炎が、現実の火災に──」
「だ・ま・れ、高野」
スラーディアが書類で俺の顔をペチンと叩く。地味に痛い。しかも書類が焦げ臭い。
今回の事件は、“感情過剰スキル”による火炎暴発事件。
原因は、ファフリールに発現したスキル《熱情の焔》だった。
感情が高ぶると、発熱──というか、本人ごと着火するらしい。
「そのスキル、いつ発現したんですか?」
「リアンさんに“愛してる”って言われた瞬間、ぽわぁ〜って……胸が熱くなって……気づいたら村が……えへ」
えへ、じゃないわ。
スキル条件がセンチメンタルすぎるだろ。もっとこう、鍛錬とかないのか、ドラゴン界。
「しかも、そのスキル……解除不可なんですぅ……失恋しても、効果だけは残ってて……恋の記憶が……うわーん!」
ファフリールが泣きながら鼻息を噴き、天井の梁がもう一本焦げる。
原告より法廷の被害が深刻なんだが。
俺は懐から《六法全書・改》を取り出し、パラリとめくった。
あったあった……感情スキル暴発関連……。
『【スキル発現に関する情緒的要因による過失責任の特例条項】──意図的な行動によらず、強い感情刺激により発現・暴発したスキルにおいては、使用者が自制不能状態であったと認められる場合、一部過失減免が適用される』
「これで、慰謝料の減額は狙える……」
だが、問題は原告──リアン側の代理人だった。
「高野先生、今回の代理人、あの方らしいです……」
耳元で、エミリアが囁く。その声がわずかに震えていた。
「……まさか」
法廷の扉が静かに開く。
黒衣をまとった検察官、氷室玲奈が、無言で入ってきた。冷たい視線が真っすぐ俺を射抜く。
その足取り、表情、すべてが隙なく整っている。だが、その奥に宿る──火より冷たい闘志。
「……契約とは、情緒に流されるためのものではない。条文が“愛”より重いことを、ここで証明するわ」
……おいおい、こっちはドラゴンの失恋なのに、なんであんたの方が燃えてるんだ。
こうして、ドラゴンの“恋の後始末”を巡る裁判は、再び火花を散らすのであった──いや、物理的な意味で。
──証言前夜。
俺の胃は、明日への不安で既に火を吹いていた。
いや、比喩じゃなくて、実際に吹かれかけているのだ。目の前に座る依頼人──ファフリール・ドラゴネアは、20メートル級の火を吐く純種ドラゴンで、そして──恋に破れた吟遊詩人でもある。
「先生、やっぱり……これ、渡してもらえませんかぁ……?」
彼は巨大な翼を畳みつつ、まるで乙女のように身を縮め、前脚の爪で丁寧に折りたたまれた紙を差し出してきた。
「……それは……?」
「ラブレターですぅ! リアンさんに……お願い、届けてほしいんですっ!」
「相手、今回の裁判の原告だよな!? しかも慰謝料請求中だぞ!?」
俺の悲鳴交じりのツッコミにも、ファフリールはうるんだ瞳を揺らしながら必死に頷いた。まさか、ドラゴンの“うるうる目”を見せられる日が来るとは。
「だって……好きなんですぅ……焼いちゃったけど……村も……思い出も……でもリアンさんだけは……ぽわ〜って胸が……」
「また村焼く気か!」
「……渡す瞬間だけ、後ろ向いててもらえれば、大丈夫だと思います……っ」
安全対策が根本的に間違ってる。
ちなみに、そのラブレター──正式名称『恋のメロディ』は、ハート型で、ドラゴンの火炎でも燃えない特殊素材でできていた。表面には墨ででかでかと、やたら達筆な筆致でタイトルが書かれていた。俺の胃の粘膜がまた一枚、剥がれた気がした。
──翌朝。
証拠品チェックのため、荷物を漁っていたのは、黒衣の魔導検察官・氷室玲奈だった。
その鋭い視線が、こちらの“地雷”を見逃すはずがない。
「……これは何かしら」
ハート型の紙が、氷室の指先でひらひらと揺れる。
……終わった。
「あ、あの、それは、箸袋です。ええ、最近流行の。燃えないタイプの」
「……高野」
氷室の視線が、冷凍ビームのように俺を貫いた。
「あなた、また法廷を私物化してるでしょう。くだらない芝居を持ち込む前に、まずは六法を読み直してきたら?」
「誓って言いますが、まったくの無実です」
「……その“誓い”の信用度、マイナスですけど」
その後、案の定『恋のメロディ』は証拠品として法廷に提出され、スラーディアが震える声で記録した。
「ぷるぷる……詩的暴露文書……として登録……」
リアンはそれを控室で読んだらしく──結果、嗚咽混じりに号泣し、その様子を見たエミリアが珍しく感動していた。
「なんだか……泣けました。少しだけ、ね」
和解の可能性も浮上し、裁判の空気がやや和らいだ……その瞬間までは、よかった。
しかし次の瞬間、ファフリールが照れ隠しにくしゃみをし、後方の壁が豪快に燃え上がる。
「……あ、ごめんなさいぃぃぃ……っ!」
燃える壁。鼻をすすりながらも笑顔のスラーディア。吐きそうな俺。
以上──胃薬片手に全身全霊で“恋の火傷”と戦った、高野誠一による事故案件である。




