【第58話】 『裁判中に成仏しないでください──証人幽霊の証言価値』
「……また成仏しちゃったよ」
俺──高野は、頭を抱えながら法廷の証言台を見つめていた。そこにはさっきまでふわふわと浮かんでいた幽霊、通称・カナコさんの姿が、煙のようにすうっと消えていた。
ここは王都の大裁判所、第二魔導法廷。天井は高く、荘厳な魔法紋が刻まれた石造りの法廷には、異世界ならではの空気が満ちている。
「高野さん……またいなくなっちゃいましたね……」
隣にいたのは、事務所の受付兼庶務のエミリア。彼女は肩をすくめながら、幽霊のいた空間にふーっと息を吹きかけた。意味があるわけないけど。
「これで三人目だ。幽霊証人が成仏して証言不能って、前代未聞だぞ」
俺がぼやくと、裁判長席からズルズルと粘液を垂らしながら、スライム判事のスラーディアがぬるっと姿を現した。
「ふむ、証人の消失を記録。次の召喚を準備しましょうぞ」
「ちょっと待て。次って、また幽霊呼ぶ気か?」
「うむ。証人はすべて“成仏していない状態”で保存されておりますゆえ」
まるで冷凍食品のストックみたいな言い方をするなよ……。
すると突然、法廷の床からぼんやりと新しい幽霊が浮かび上がってきた。
「……あの、僕……しゃべるの、苦手なんですけど……」
「無理して出てこなくていいぞ!? 成仏するなよ! 絶対するなよ!」
幽霊はびくっと震えながら、何か言いたげに唇のない口を開いた。……いや、幽霊って口あるのか?
「えっと……その……あの人が、確かに……呪ったのを……」
「そのまましゃべれ! 成仏するな! 絶対だぞ!」
俺は証人台の前で、必死に励まし(?)ながら、幽霊の証言を受け取る態勢を整えた。
スラーディア判事がひとつ咳払い──というよりポコンと体内の空気を吐き出して、判決文を読み上げた。
「証人の証言、明瞭にして……やや幽霊語多し。しかし意思は伝達されたと判断」
「まじか……」
幽霊語って何だよ。
そう突っ込みたくなったが、最終的に幽霊の証言によって依頼人の冤罪は晴れた。
裁判後、俺はふと証人席を振り返った。
……そこにはもう、何もいなかった。
「ありがとうな、カナコ。せめて来世では、証人じゃなくて休暇中の観光客になってくれ」
俺はそっと胸の中でそう呟いた。
「だから言ってるだろ! そもそも我々のサークルは、自発的な成仏を推奨してるんじゃなくてだな……」
「それ、毎回言ってますよね……」
王都大裁判所の地下深く、通称“裏側裏座”と呼ばれる補助的教育施設。そこでは、スライム判事スラーディアが、またもや幽霊証人の成仏に頭を抱えていた。
教室のように並べられた長椅子の前には、ぼんやり光る幽霊たち。全員、法廷で証言中に成仏してしまった“元・証人”たちである。
「だってですよ先生。カナコさん、証言の途中で“もう成仏してもいいかな……”って言ってふっと消えましたし。あれ、完全に予定調和でしたよ」
受付兼庶務のエミリアが、教室の後ろから呆れたように手帳をパラパラめくる。
「成仏のタイミングを申告する制度を導入しませんか? せめて“予告成仏”とか」
「バカを言うな、成仏とは魂の突発的自己解放であって、スケジュール管理するものではないのだ!」
スラーディアは講壇に登り、ぬるぬるとした粘液を跳ねさせながら叫んだ。
「むしろ彼らは高貴だ。魂の意志をもって法廷に現れ、そして散っていく……! 実に尊い……尊い……」
「でも裁判としては迷惑ですからね?」
「それはそう」
そのとき、壁際の幽霊が一人、すうっと手を挙げた。
「……あの、僕……また証人やりたいです……が、しゃべってる途中で成仏しない自信が……」
「自信がないなら黙ってて! もう!」
エミリアが勢いよく手帳を閉じると、幽霊たちは一斉に背筋を伸ばした。
「では本日の講義は、“成仏と証言のタイミング──あなたはどこで間違えたのか?”についてじゃ」
「ブラック研修かよ……」
俺──高野も、教室の隅でその様子を見守っていた。まさか弁護士になって、幽霊たちの“証言技術指導”に関わることになるとは思ってもみなかった。
だが、幽霊にも第二の人生……じゃなかった、第二の“死後活動”があるらしい。
その日の講義が終わる頃、スラーディアがぽつりと呟いた。
「……成仏する者が減るよう努力しているが、うっかり旅立つ者は後を絶たん。まったく、永遠の反省会じゃよ」
成仏は尊い。だが、証言中の成仏は勘弁してくれ。
そう心の中でツッコミを入れながら、俺は教室の出口へと向かった。
背後で、また誰かが「成仏してきますね」と言った気がしたが──聞かなかったことにした。




