【第57話】『指輪が語る真実──無意識の魔契約にご用心』
きっかけは、朝一番で事務所にやってきたエレシアが差し出した、小さなベルベットの箱だった。
「ねえ、高野さん……これ、見てほしいの。最近、なんかおかしいのよ、この指輪」
彼女はいつものようにさらりとローブを羽織り、商人とは思えない魔力の余韻を漂わせながら現れた。
俺が机の上に広げていた書類をそっと閉じると、エレシアはその箱を開いた。
中には繊細な金細工の指輪がひとつ。だが、光が当たるたびに一瞬だけ淡く光り、どこか“生き物”のような雰囲気すら感じた。
「……最近、この指輪が勝手に喋るのよ。寝てるときに『愛してます』とか『約束は守られるべきです』とか言ってくるの。怖くない?」
「それ、ラブレター代わりにした呪いのアイテムとかじゃないよな……?」
「違うわよ!ちゃんと正規の魔道具店で買ったの。……たぶん」
たぶん、って言うなよ。
俺は念のため、六法全書スキルを発動し、魔力の流れと契約痕跡を調べる。
「……あー、これな。エレシア、お前、この指輪に強く“願った”ことないか?」
「え? あ、うーん……そういえば、恋人に振られた直後に『誰か、私を永遠に想ってくれる存在がいればいいのに』って泣きながら握りしめたかも……」
「バッチリじゃねぇか。それ、感情由来の魔契約だ。無意識の願いが発動トリガーになったんだな」
「えっ、そんなことってあるの!? 私、別に“契約します”とか言ってないのに!」
「言わなくても、強い思念と対象物があれば成立しちまう契約もある。とくに精霊媒介型の魔道具だと、持ち主の感情を読んで勝手に“誓い”を立てることがある」
「だから指輪が勝手に『愛してます』って語ってきたの!? なんで私の恋愛観に精霊が介入してくるのよぉ……!」
エレシアが顔を真っ赤にして叫ぶのを見て、思わず笑いそうになるのをこらえる。
「まあ、笑いごとじゃないけどな。無意識の魔契約は証拠能力を持つ場合もある。うっかりすると“婚約”って判定されて、相手が名乗り出てきたらアウトだ」
「……この指輪、まさか自分から結婚相手名乗り出てこないよね?」
「それは……あり得るから困る」
仕方なく、俺はスラーディアのとろけた姿を呼び出し、魔力のリセットを依頼した。
「ぷるる〜ん、まったく最近の魔道具は過干渉ぷるなあ〜。指輪のくせに恋人ぶるなんて、十年早いぷる」
「スラーディア、ちゃっちゃと頼む。エレシアの人生が指輪に乗っ取られる前に」
「はいはいぷる〜」
スライム判事が精霊術式で指輪を浄化し、元の無口なアクセサリーへと戻した。
エレシアは安堵のため息をつきながら、箱を閉じる。
「……もう、心の声が勝手に契約になるとか、ほんとこの世界めんどくさいわ」
「俺からすりゃ、そういうトラブルがあってくれたほうが仕事になるから助かるけどな」
「じゃあ次、私が間違って『金運上がれ!』って念じて買った財布がしゃべりだしても助けてね」
「もうすでにヤバそうな買い物してんじゃねーか」
俺は苦笑しながら、次はどんな“語るアイテム”が転がり込んでくるか、ちょっとだけ楽しみになっていた。
それは二週間ほど前、魔法商人エレシアが持ち込んだ“語る指輪”の件がようやく落ち着いた頃のことだった。
「高野さーん、ちょっとこれ見てください!」
受付嬢兼庶務のエミリアが、いつもの笑顔で手を振りながら近づいてくる。右手には、例の“問題の指輪”らしきものがぶら下がっていた。
「まさか……また喋り出したのか?」
「いえ、なんか……ケーキになってました」
「ケーキ?」
耳を疑いながら、彼女の手元を覗き込むと――そこには、三層構造になった不思議な物体が。
上の層はふわふわのスポンジに見えるが、よく見るとそれは植物由来の魔法カビらしい。中の層は淡く光るゼリー状、明らかに電気魔法の反応。そして底の層は氷結魔法で出来たガチガチのプレート。
「……いや、これどう見ても食べられませんけど! てか、なんでケーキになった?」
「指輪と仲良くなりすぎて、“感情を表現したい”って思ったら、こんな形になっちゃって……」
そう言いながらエミリアは、ケーキ指輪をクルクルと回す。その様子はまるで、初めて作った手料理を恋人に見せる少女のようだった。
「ていうか、これもう“指輪”じゃなくて、“精霊入り多層式スイーツ生命体”だよ。どこのスラーディア製自我アイテムだ」
「……あ、もしかしてわたし、“第三の自我”触っちゃったかも」
「触るなよそんなとこ! それ、魔術局でも触れたら二週間休暇のやつだぞ!」
その直後、指輪――もとい、ケーキもどきはエミリアの手の中で淡く震え始めた。
そして、ぼそっと、聞こえてしまった。
『君の“好き”は、契約済みだよ』
「ぎゃあああああああああああ!?」
エミリアが叫んだと同時に、指輪はシュウウと音を立てて蒸気を放ち、謎の文字を発しながら小規模な爆発を起こした。
幸い、被害はロビーの観葉植物が黒コゲになっただけで済んだが。
「……これ、もう指輪じゃなくて“自爆型想念体”じゃん……」
「せっかく仲良くなったと思ったのに……」
うなだれるエミリアを横目に、俺はそっと胸ポケットの契約書入れに目をやった。
魔法契約ってやつは、本当に気をつけないと、唐突にスイーツになって爆発する。――いや、それは絶対おかしいけど。
俺は心に誓った。次に依頼が来たら、「この品物に“第三の自我”は存在しますか?」と必ず確認しよう、と。




