【第54話】 『式神に相続権はあるのか?──家督を継いだのは紙人形でした』
俺がその“遺言書”を最初に見たとき、思わず噴き出しかけたのは、決して失礼な理由じゃなかった。
「……どう見ても、紙人形なんだよな、これ」
目の前の座布団にちょこんと座っていたのは、古びた和紙でできた人型。目と口は墨で描かれただけなのに、妙に姿勢が正しくて、まるでそこに人格があるかのような風格を放っていた。
「拙者が、故・安倍晴雅殿の正統なる後継にして、第一の式神・カミマロでござる」
喋った。しかも、そこそこ滑らかに。
「……エミリア、俺、今幻聴でも聞いてる?」
「高野先生、紙がしゃべってます! しかも正座してます! なんか、お茶でも出したくなってきました!」
「いや、もてなすかどうかの問題じゃないだろ、これ」
今回の依頼は、名家・安倍家の遺産相続問題。遺言書に記されていたのは、まさかの一文だった。
『家督は、我が忠実なる式神・カミマロに継がせる』
前代未聞すぎて、正直頭を抱えた。
「つまり、遺言者の意志としては、お前に家も財産もすべて継がせると」
「左様でござる。拙者、五十年にわたり主君に仕え、忠義を尽くした身。殿のご意志は、まことに重いものであると存ずる」
「うん、言いたいことはわかる。でもな、お前……紙だろ」
「拙者、心あり、意志あり、忠誠あり。紙にあらず、魂宿る存在なり!」
いや、そう熱く語られても困るんだが。
「エミリア、法的にこれってどうなんだ?」
「一応、“相続人”ってのは“自然人”に限られますけど……異世界基準なら“契約人格存在”としての認定も可能かと」
「スラーディア、そっちはどうだ?」
スライム判事は最近事務所に入りびたり……だったりする。
ぷるんと揺れながらスライム判事が答える。
「人格の連続性、記憶の保持、意思決定能力。これらが揃っておれば、“準人格”として認定もやぶさかではないぞい」
なんでもアリかよ、この世界。
「よし、じゃあ証人尋問といこうか、カミマロさん」
「いざ尋ねられよ、拙者、すべてに答える所存!」
いざ、後日法定。
こうして始まった、紙人形への証人尋問。カミマロは、安倍家の家系図から主の人生の転機、さらには財産の運用方針までスラスラと語り、最後にはパワポならぬ“巻物”でプレゼンまで披露した。
判決はこうだった。
「本裁判所は、カミマロを準人格存在と認定し、相続人としての地位を認める。……ただし、納税能力がないため、財産は信託管理とする」
「し、信託……?」
「お前、財布持ってないだろ」
「拙者、銭の扱いに疎く……」
カミマロはしょんぼりと項垂れ、ぺたりと畳に伏せた。
結局、財産は専門の信託管理者に委ねられ、カミマロは“名誉継承者”として屋敷に住まうこととなった。
数日後、事務所に届いた和菓子の箱には、墨でこう記されていた。
『拙者、今後も心を尽くすでござる』
……こういうのに弱いんだよな、俺。
■
ふらりと事務所に戻ると、応接室の扉が半開きになっていた。
中からは、なにやら墨を擦る音と、しゃがれた声が聞こえてくる。
「……今年度の税控除は、魔力供給費を経費と認定する方向でござるな」
ああ、やっぱり。
俺は溜息まじりに扉を開けた。
「お前か」
ちゃぶ台にちょこんと正座しているのは、いつもの紙人形──カミマロだった。
墨壺に筆、そろばんらしきものまで用意され、事務所の備品より几帳面に整っている。
「おお、高野殿。拙者、家計簿もしくは財産信託報告書をつけていたところでござる」
「……なんでそんな自然に専門用語使ってんだ。てか、なんで事務所にいるんだ?」
「スラーディア殿より、『判決後の信託管理について、ちょくちょく高野の所に行け』と申しつかっておる」
「スライム判事が口頭でそんなこと言ったのか?」
「ええ、それがし、録音呪符で記録済みでござる」
懐からぴょこんと薄い呪符を取り出し、再生してみせると──
『ほれ、めんどいからおぬしが定期的に高野のところで監査せぇ。わしは粘るのが本業じゃ』
確かに本人の声だった。
「……あのヌメヌメ野郎……」
「ところで高野殿。拙者、当面の課題を三つほどまとめたでござる」
そう言って、カミマロは脇に置いてあった和紙の束を差し出してきた。
すべて達筆で墨書きされており、妙に整理されている。
──一、屋敷の水道契約が主の名前のままになっており、変更届の提出が必要。
──二、倉に保管された呪具が減価償却資産に該当するか、税理士に要確認。
──三、隣家の飼い猫が庭で式神の一部を誤って食べた件、弁償請求の可否を検討中。
「三つ目、なんか地味にホラーじゃねえか」
「猫殿には悪意はなかったでござるが……尻尾の一部が、こう、もぎゅっと……」
カミマロは後ろに回って、尻尾らしき部位をひらひらと振った。
端が破れていて、確かに風通しが良すぎる。
「っていうか、そもそもその尻尾、必要なのか?」
「審美的に重要でござる。ルッキズムでござる」
なんだそのこだわり。
そのとき、エミリアがティーセットを抱えてやってきた。
「お待たせしました。紙に優しい乾燥剤入りハーブティーです。くれぐれも濡らさないでくださいね!」
「かたじけない。拙者、湿気には極めて弱いゆえ……」
「まさか紙人形にハーブティー出す日が来るとは思わなかったわ……」
俺は横目で苦笑しながらも、ちゃぶ台に並ぶ几帳面な帳簿と、律儀なカミマロの佇まいに、なんとなく心が和んでしまう。
たとえ紙でも、忠義を貫くその姿勢は、本物だ。
この世界の法律において、“心”の在り処は紙一重。
だけど俺は──その一重の温もりを、確かに感じていた。
なんでやねん。




