【第52話】 『契約書を喰ったヤツがいる──ドラゴンの胃袋から証拠を取り戻せ』
俺がその依頼人と初めて出会ったのは、事務所のドアが爆発したような音とともに吹き飛んだときだった。
「お、おいエミリア! 今の音は──」
「高野さん、依頼人です」
紅茶を啜りながらエミリアが涼しい顔で言い放った。どうやら、うちの事務所ではドアの爆破が“通常営業”になりつつあるらしい。
立っていたのは、全身ススまみれの中年男。服はボロボロ、髪はチリチリ、だがなぜか手には焼け焦げた羊皮紙の断片を握りしめていた。
「た、助けてくれ! 契約書が、ドラゴンに食われちまったんだ!」
……うん、冗談じゃなさそうだ。
事情を聞いてみると、依頼人は『竜飼い商会』の職員で、顧客との契約説明中、飼っていたドラゴンが突然暴れ出し、肝心の契約書を丸呑みしてしまったらしい。
「そんでもって、上司が言うんだ。“契約書がなくなれば借金もなかったことにできる”ってな!」
「それは……破棄じゃなくて消化だな」
「胃の中にあるうちに回収できれば無効じゃないんだろ!? なあ、弁護士さんよ!」
胃袋から契約書回収──法律家人生で初めて聞いた単語だった。
俺は魔術医師を伴い、問題のドラゴンが管理されている厩舎へと向かった。そこにいたのは、驚くほど大きく、驚くほどモフモフした竜だった。
「名前は『もっちー』です。性格はおだやかで、食欲旺盛です」
飼育係が誇らしげに紹介する。
「──で、そのもっちーが契約書を?」
「昨日の昼に、鶏肉と一緒に食べたらしいです」
まるでサラダ感覚で。
魔術医師が魔術的内視鏡を準備し、俺たちはドラゴンの胃の中をスクリーンで覗くことに。
「これは……巻物の残骸か? なんかグズグズだけど……」
「胃酸と魔素の影響で、文字が“竜語”に変換されてます」
「変換するなや!」
スラーディア判事の助言で“胃内再構成呪文”が使用され、なんとか文字の一部を復元。だが完全ではなく、法廷にて──
「証人、もっちー入廷!」
床が揺れるほどの足音とともに、巨大なもふもふが現れた。頭にはちょこんと証人帽子。
「もっちーです。昨日のお昼、巻物食べました。おいしかったです」
「中身は覚えてる?」
「……おいしかったです」
だめだこいつ、話にならん。
結局、再構成した断片的な契約内容と証人証言の積み重ねで、契約書の存在と効力は“法的に擬似立証”されることに。
閉廷後、スラーディアがにゅるりと近づいてきた。
「ふむ、高野よ。おぬしはなかなかの胃袋弁護士じゃの」
「やめろ、その称号は二度と使うな」
こうして俺のキャリアに、“ドラゴンの胃から証拠を取り戻した弁護士”という不名誉な肩書が、またひとつ刻まれることとなった。
■
俺の名前は“もっちー”。ドラゴンである。最近、なぜか人間の法廷に引っ張り出された。理由はというと──食べた巻物が、実は契約書だったらしい。
あの日、腹が減ってたんだ。
俺の世話をしているガランってやつが、うまそうな肉の横にくるんと丸めた紙を置いていたんだよな。肉を巻いてある、いわば“ミートロール”だと思ったわけよ。いや、ドラゴンにとってはそりゃもう極上のランチにしか見えなかった。
ぱくっといった。ごっくんした。
そしたらその直後、大騒ぎになった。
「もっちーが契約書を食った!?」「なんてことを! あれには莫大な借金の証明が……!」
いやいや、こっちからしたらただの昼飯なんだけど?
それで気づいたら、俺はでかい建物に連れてこられてた。人間界では“裁判所”ってやつらしい。しかも証人として。頭にはちょこんとした帽子を乗せられて──って、それ要るか?
判事のスラーディアっていう、ぬるぬるのスライムがニヤつきながら俺に話しかけてきた。
「証人・もっちー、昨日の昼に何を食べましたかのう?」
「肉と、紙。うまかった」
「その紙に、何か文字が書いてありましたかな?」
「ちょっと辛かった」
「……質問に答えなさい」
あ、これマズいやつか? ってドラゴンなりに気を遣ったんだが、タカノっていう人間の弁護士が、額を押さえてため息をついてた。
「この証人、証言能力ないんじゃないですか」
いや、俺だってがんばって思い出そうとしてるんだぜ? でもさ、紙に書いてある文字って、胃酸に浸かると溶けるのよ?
裁判の後、控室でタカノが近づいてきて、ぼそっと言った。
「お前、ほんとは分かってて黙ってただろ」
「むー、証人は記憶を失っておる」
「語尾が急にそれっぽくなるのやめろ」
まったく、人間ってやつはめんどくさい。
結局、俺は“証拠物件そのもの”としてしばらく法務局で保管されることになった。胃袋ごと。しかも、しばらくは胃薬と低脂肪鶏肉の生活だってさ。おい、誰が中年メタボ扱いだ。
魔術師が頑張って胃の中の巻物を復元したらしいけど、俺のドラゴンライフの尊厳は誰が保証してくれるんだよ。
あーあ。次からは、何か書いてあるものは食べる前に確認しよう……って思ったけど、俺、字、読めないんだったなあ。
──ま、いいか。うまかったし。
■
また、あのドラゴン、いやモッチが、やらかしてくれた。
あれほど、言っておいたのにだ。
まさか、あの厳重に保管していた契約書が──ドラゴンの胃袋に消えるなんて、誰が予想できただろうか。
法廷でその事実が明かされた瞬間、俺は頭を抱えた。
こいつは頭で考えるより食欲優先のようだ。
まぁ、ドラゴンはそういうもんだろと言われればそれまでだが……。
それでもだよ。
「……いやいやいや、聞き間違いだろ」
と口に出したものの、スライム判事スラーディアは深々とうなずいていた。
「うむ、確かに。証拠書類は証人・もっちーの食道を経て、現在は胃の中にあるようじゃ」
証人席には、帽子をかぶったドラゴンが、ドヤ顔で鎮座していた。名をもっちー。
やたら人懐っこいくせに、やることがとんでもない。
「俺の……復元した……俺が徹夜で書いた借用契約書が、焼きたてパンみたいに喰われた……」
思わずつぶやいた俺の声は、裁判所の石壁にむなしく反響していた。
「すまん、タカノ」
飼い主のガランが、申し訳なさそうに肩をすくめる。
「でも、肉の横に置いてたお前も悪い」
てか、置いてねぇし。
それはお前だろうに。
「人間社会では“肉の横に契約書を置いたらアウト”っていう文化、ねえから!」
そしてこの事件、さらに厄介だったのが“胃袋の中の契約書”を魔術的に復元するのに2回目だとさらに時間がかかること。
そのせいで裁判は長期化、依頼人の貴族はぶちギレ、俺の胃は別の意味で荒れ放題だ。
休廷中、もっちーが控室でご機嫌そうに肉団子をくわえていた。
「タカノ、これもうまいぞ」
「もう食うなって言ってるだろ! 紙かも知れないだろ!」
「ん〜? これは確か“昼食メニュー表”って書いてたぞ」
「それはそれで問題だバカ!」
もう俺の職業、弁護士じゃなくて“胃袋から契約書を取り戻す魔法士”になってないか?
最終的に、魔術師の協力で契約書の写しを再現できたけど、俺の精神的ダメージは計り知れない。
控室で、スラーディアがトゥルンと滑りながらやってきて、ひと言。
「タカノよ、今後は契約書にも消化耐性をつけるべきじゃのう」
「じゃあお前が魔力でラミネート加工してくれ」
そして、“再発防止策”として提出されたのは──
『召喚獣に法的リテラシー教育を義務化する条例案』。
それが市議会にかけられたって話を聞いたとき、俺は黙ってソファに沈んだ。
……だれか、俺にも胃薬くれ。できれば、スライム味じゃないやつを。
てか、あのドラゴン召喚獣じゃないのだけど……。




