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『異世界で行列の出来る法律相談始めました〜DV裁判中に刺されて死んだ俺、目覚めたら魔法も剣もない世界で六法全書が最強だった件〜』  作者: カトラス


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【第51話】 『王国を担保に借金したバカがいた件について──国家債務と担保の限界』

 朝。法律事務所の窓から差し込む光が書類の山を淡く照らす中、俺はマグカップ片手にコーヒーの香りを楽しんでいた。

 そんな穏やかな空気をぶち壊すように、受付のエミリアがスカートを翻して駆け込んできた。


「高野先生! たいへんです、今回の依頼……“王国”が担保なんです!」


 その言葉に、俺の手の中のマグカップがガタリと揺れた。


「……は?」


 飲みかけのコーヒーを喉に詰まらせそうになり、慌てて咳き込む。


「ちょ、落ち着いて。今“王国”って言ったか?」


「はい! 比喩じゃないです、マジです! 依頼書には“王国を担保にする”って直筆で書いてありました!」


 何をどう間違えたらそんなファンタジーみたいなことになるんだ。エミリアはまだ興奮したまま、書類を差し出してくる。


「しかも、依頼人は王族本人……第三王子アロイス殿下です!」


 ああ、なるほど納得……いや納得できるか。


 慌てて応接室に向かうと、そこには薄い金縁眼鏡をかけた若者が、足を組んでふんぞり返っていた。


「やあ、高野弁護士。待っていたよ!」


 その余裕ぶった笑顔に、頭痛の予感がこめかみを突く。


「王子、いきなりで悪いが……“国を担保にする”って話、本気ですか?」


「もちろんだとも! 見たまえ、この数式群! 未来の我が王国の資産価値を魔導的に換算し、対外信用枠を最大化するモデルを構築したのだ!」


 ドヤ顔で差し出された羊皮紙は、びっしりと難解な数式と魔法文字が書かれていた。しかも、所々に“未来価値”とか“無限担保スキーム”なんて怪しい単語が踊っている。


「未来価値……いや、その前に。王国って、個人の資産じゃないですよね?」


「そこは重要な視点だね、しかし私の立場を忘れてもらっては困る。私は第三王子だ。つまり、将来的には国政にも関与する立場だ!」


「いやいや、だからって質屋に王国預けるノリで話すなよ……」


 俺のツッコミにも全く動じない。アロイス殿下はキラキラと目を輝かせて、さらに続ける。


「貸し手にとっても、これ以上に安心な担保はないだろう? 国家だぞ、国家!」


「貸し手の前に、国民が不安になるわ!」


 話を聞けば聞くほど、背筋が寒くなる。

 もし債務不履行になったら、国ごと競売にかけられるなんていう地獄絵図が現実になるかもしれない。


「王子……本気で国を守る気があるなら、まず財布を自分で管理してください」


 結局、俺は国家憲章と国際公法の条文を駆使し、「国家は契約主体として個人と分離されている」という初歩の初歩から説明し直す羽目になった。

 まるで大学一年生の講義。


「……なるほど、ではこのモデルは国内においてのみ実験的に導入するべきだったか」


「違う。実験すらやめろ」


 ようやく納得したように頷いた王子は、立ち上がりながらぽつりと呟いた。


「ならば……別の国で試してみようか」


 俺は本気で、目の前のテーブルをひっくり返す衝動に駆られた。


 ──王国の借金も、王子の脳みそも、どこかの限界をとうに越えていた。


 あの騒動から数日後、俺は王立法務局の依頼で、とある妙ちきりんな査定会議に出席する羽目になった。


 朝の空気は澄んでいたが、胸の奥に漂う嫌な予感だけがやたらと濃かった。


 会議場の扉をくぐると、荘厳な会議室の中央に円卓があり、その前には壇上が設えられている。その壇上で、カチカチのスーツに身を包んだ公認資産査定人が、仏頂面で開口一番を叫んだ。


「本日は、王国資産に関する“実体的担保価値”の再評価について、実地査定を実施いたします」


 いかにも真面目そうなその口調に、一瞬だけマトモな会議かと思いかけた俺の視界に、あの男が飛び込んできた。


「高野弁護士! 来てくれたか!」


 第三王子・アロイスである。


 薄い金縁の眼鏡をキラリと光らせ、相変わらず自信満々の顔で俺に詰め寄ってくる。


「今日はついに、我が王国の資産価値を“具体的に数値化”する日だ! 偉業の証人になってくれ!」


 いや、やめてくれ。お前の“偉業”は毎回、法務局を震撼させるからな。


 王子は巨大な羊皮紙を持ち出し、誇らしげに掲げた。そこには無数の数式と魔法図形が描かれており、一見してわかる。


 理解不能だ。


「この噴水広場を見たまえ! 市民の憩いの場であり、年間来訪者数と水精霊の稼働率を加味すれば、財としての価値は跳ね上がる!」


 どういう計算式で?


「さらにこの街路樹! 夏場には蝉が鳴き、秋には紅葉、春には芽吹き……これは“季節情緒”として三季分の加点対象だ!」


「いや、それ……情緒に点数つけるな」


 俺の突っ込みも虚しく、公認査定人は真顔で羊皮紙を受け取り、冷や汗を浮かべていた。


 査定会議はどんどんおかしな方向に進む。


「王都の城壁、通貨鋳造所、さらには国民の愛国心……全てが“担保資産”として集計可能!」


「……愛国心は数値化できねぇよ」


 その場にいた全員が一瞬固まり、次いで査定人が恐る恐る口を開く。


「仮に、これらがすべて担保とされた場合、差し押さえ対象も“公共財”になるのでは?」


「もちろんです!」


 王子は晴れやかな顔で即答した。


「万が一返済不能になっても、王都まるごと提供すればいい。我が国は誠実ですから!」


「その“誠実”を俺は法辞典で引き直したい」


 結果、王国査定会議は“公共財の私的担保化は認められない”との国際憲章第七条を盾に、全会一致で中断。


 ふぅ、とため息をついた俺が帰ろうとしたその時、王子が俺の耳元でこっそり囁いた。


「高野弁護士……次は“未来の王国”を担保にしようと思うのだが……」


「──帰れ」


 俺は静かに、そして全力で、扉を閉めた。

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