【第48話】 『この世界に“炎上”という概念はあるのか?──SNS呪文と名誉毀損裁判』
まさか異世界にまで“炎上”があるとは、俺も思ってなかった。
その朝、王都法律事務所はやけに騒がしかった。俺がようやく椅子に腰を下ろし、焼きたてパンにハチミツを塗って一口頬張った瞬間だった。
「た、たすけてくれぇぇぇぇっ!」
バタン! という勢いで扉を開けて飛び込んできたのは、吟遊詩人のリード。全身ボサボサで、マントの裾に朝露どころか泥までついている。
「高野先生っ、俺、今SNSで燃えてるんだよ! もう火だるま! 燃え尽きる寸前だあああ!」
「おいおい、誰かに火でもつけられたのか?」
「違う! “ソーシャル呪文ネット”って知ってるだろ? 呪文詠唱で投稿するやつ! 俺、昨日の晩……酒に酔って……その……王女のこと詠んじゃって……」
「……具体的には?」
顔を真っ赤にして、リードが絞り出すように言った。
「“尻が絶景、王女の腰よ、よきかな”……とか……」
ハチミツを喉に詰まらせそうになった。
「おまえ、それは詩じゃなくて呪いだろ……」
「しかも! 魔力量多めに詠唱しちゃったから、王都中に拡散されたんだよ! 王女様ガチギレで、“我が一族の名誉を毀損した!”って名誉毀損で訴えてきたんだ!」
「……SNSで炎上、からの名誉毀損訴訟。まさかこの世界でその展開を聞くとはな」
俺はゆっくり紅茶を飲み干し、目を閉じてため息をついた。
「よし、受任する」
裁判当日。
法廷には原告側の王女リリアーナが威風堂々と立ち、傍聴席は“詠唱記録”を閲覧できる魔導端末を持った野次馬で溢れていた。
「被告人リード。あなた、わたくしの尻を“絶景”と表現しましたわね?」
「え、ええと……はい……ですが、それは最大限の褒め言葉でして……」
「つまり、侮辱ではなく賛美だと?」
「賛美です! 俺にとっては芸術です! 高野先生、なんとか言ってください!」
「詩的表現の自由です」
俺は淡々と反論した。
「本件は、被告が公人である王女に対し、容姿を詠唱によって表現したものであり、名誉毀損の意図はなかった。むしろ――」
「むしろ?」
「むしろ、“国宝級”とまで言い換えた詠唱を追加しています」
「“あの尻に国庫を捧げよ”と?」
「……ちょっと表現が過激だったかもしれません」
判事席ではスライム判事スラーディアが、ぶるんとゼリー状の身体を震わせながら悩んでいた。
「詠唱の自由も大事じゃが、わしの頭にも“絶景”がこびりついておる……むぅ……」
結果、リードには罰金刑と詠唱禁止一ヶ月の処分が下された。
名誉回復の詠唱が逆効果だったのは、弁護人としてちょっと悔しい。
だが、裁判後。
「でもさ、高野先生。俺、あれでフォロワー一万人増えたんだよ」
「おまえ、まさか……狙ってたのか?」
「詠唱って、ライブみたいなもんだからさ。燃えるのも、また一興」
この世界にも、“バズり”は確かに存在した。
後日談。
王都法律事務所の午前。俺が一仕事終えて戻ってくると、玄関先に妙な違和感を覚えた。
何かがいる。いや、誰かがいる。
「……おい、リード。おまえ、まだいたのか」
玄関前の石段に体育座りしていたのは、件の吟遊詩人・リードだった。
フードを深くかぶり、肩を落とし、両膝を抱え込みながら、完全に“社会的に燃え尽きた男”の姿である。
「……俺、呪文が詠唱できないと、生きてる意味が半減なんだよ……」
リードが、じっと地面を見つめたままつぶやく。
どこか魂の抜けた声だった。
「詠唱禁止一ヶ月なんて、短期刑だろ。反省して、王女に正式に謝れば……」
「それが問題なんだよ!」
突然、リードが跳ね上がった。
その動きは、まるで詠唱の発動ポーズ──のような気迫。
「俺はな、反省文を書こうとしたんだよ! でも書いてるうちにリズムに乗ってきて……“しなやかなるその肢体、月に映えて聖なるカーブ”とか……!」
「また詩的変態やらかす気か!」
「違う! これは賛美だ! 敬意だ! 芸術なんだよ高野先生!」
「王女の側から見れば、ただの迷惑案件だぞ」
リードはガックリと肩を落とし、再びぺたりと座り込んだ。
「……酒場でもな、冷たい目で見られたんだ。パン屋のマスターには“うちの娘に詠唱すんなよ”って言われたし……」
「そりゃそうだろ。お前、街の女性全員に不安与えてるぞ」
「でもな、俺、学んだんだ。詠唱ってのはな、心の声を外に出す行為なんだよ」
「いや、だからその“声”が問題なんだってば」
リードは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、俺に見せた。
“心の呟きは、呪文にする前に紙に書け”
と、太字で書かれていた。
「俺は今日から、吟遊詩人じゃなく“日記詩人”になるんだ!」
「それ、ただのポエム愛好家だぞ」
「よし、まずは今日の一行から始めよう。“王都の風は、己の未熟を運ぶ”……どう? 反省の色、ある?」
「まあ……それならギリセーフだな。スラーディア判事にも見せてみろ」
「判事、ああ見えて詩には厳しいからな……」
リードは立ち上がり、背筋をしゃんと伸ばした。
まるで処刑台へ向かう詩人のような覚悟で、俺に一礼した。
「高野先生、俺、もう一度人生を詠み直してみるよ」
「うまいこと言ったつもりか」
「ついでに新しい詠唱ジャンル、“詠ミュレーション”を始めようと思う」
「いま名乗っても、誰も真似しないぞ」
……こうしてリードは“詠唱禁止生活”という名の反省月間へと突入した。
詩人魂は死なず。ただし社会的信用は現在リスポーン待ち。




