【第46話】 『ゴミ屋敷、法的には誰の責任ですか?──ドラゴンの寝床を片付けろ』
依頼人の怒鳴り声が事務所の窓ガラスをビリビリと震わせた。
「我が家の裏手が、ドラゴンのゴミ捨て場になってるんだよ!!」
扉を勢いよく開けて入ってきたのは、王都近郊の村に住む農夫、テュリオさんだった。
頭には汗染みのついた麦わら帽子、手には折れかけの鍬。
その顔は、怒りと困惑で赤黒くなっていた。
「ちょっとした金貨の山かと思ったら、中から腐った羊の骨とか、古びた甲冑とか、なんか……燃えてる石とか……とにかく臭いんだ!」
彼の口調には、長年蓄積された不満が滲んでいた。
俺はコーヒーを置き、落ち着いて尋ねた。
「つまり、“ドラゴン的には宝物”だけど、“人間的にはただのゴミ屋敷”ってことですね?」
「そういうこと! 村の子どもたちが近づいて怪我でもしたらどうすんだ!」
俺は顎に手を当てて唸る。これは文化価値観の衝突だ。
「で、そのドラゴンさんのお名前は?」
「グレムザンド。最近は“ぐれ爺”って呼ばれてる」
……ああ、聞いたことがある。
かつて王都の軍隊を焼き払った伝説の暴竜、グレムザンド。
今や年老いて牙も抜け、火も湿っぽくなったと聞く。
俺は書類を取り出し、エミリアに目配せした。
「ぐれ爺には民事訴訟で出廷願おう。エミリア、召喚状の準備を」
「はい、喫火禁止の明記もしておきますね」
後日。
王都簡易魔法院の法廷。
そこには巨大な体をスーツに無理やり押し込んだ、グレムザンドの姿があった。
椅子は特注、机は三つ並べた上に布をかけていた。
「わしのコレクションを……ゴミ呼ばわりとは……ぐぬぬぅ……」
ぐれ爺は涙ぐみながら、宝物について熱く語った。
「この金貨は300年前に拾った! この羊の骨は、かつての愛ペットじゃ! この燃える石は──火山の精霊がくれた“友達”じゃ!」
……なるほど。全部、思い出の品らしい。
俺は立ち上がり、スライム判事スラーディアに申し立てる。
「判事、これらの物品は所有権上はグレムザンド氏にありますが、近隣住民の生活を著しく損なう恐れがあり、公害防止条例および不法占有の観点から問題が──」
「異議あり!」
鋭い声が響いた。
ぐれ爺の隣に立つ、銀髪の少女が手を挙げた。彼の孫だという。
「これは祖父の“心の遺産”です! 無遠慮に処分を求めるのは、人間の横暴ですっ!」
俺は内心で呻いた。
(……めんどくさい展開になったな)
しかしスラーディアは静かに首をかしげながら口を開いた。
「人間の“ゴミ”と、ドラゴンの“宝物”……そこに法的な“共通価値観”を求めること自体がナンセンス、ですね」
判決は、スライム特有の流れるような口調で読み上げられた。
・グレムザンド氏には、一定範囲内での財宝保管を許可。
・ただし人間側の敷地には立ち入らないこと。
・“境界保管ゾーン”を設け、そこに置かれた物品については、村とドラゴンで共同査定会議を行い、毎月“宝かゴミか”を審議すること。
「……え、それ毎月やるのか?」
俺は疲れたように額を押さえた。
「はい。ついでにわたしも参加します。面白そうですので」
スラーディアは笑っていた──いや、あれはたぶん振動してただけかもしれない。
こうして、史上初の“ごみ宝境界線会議”が発足したのだった。
(……次回はもっと静かな案件だといいな)
王都法律事務所の午後。
書類の山に埋もれながら、俺は判決文の写しを整理していた。事務所の窓から差し込む西陽が、紙の山を照らしてやけに現実味を帯びる。
そんな中、ドアが勢いよく開き、エミリアが飛び込んできた。
「高野先生っ! 大変です!」
彼女の手には、測量図とスケールロッド。目はキラキラ、頬はうっすら紅潮。まるで宝探しに出かける冒険者のような顔だ。
「ドラゴンの寝床と村の敷地、境界線に……十センチのズレがありました!」
「……そんな微差、どうでもよくないか?」
「重要です! 十センチは十センチです!」
声を張り上げるエミリアの背後に、うっすらと正義の女神像が見えた気がした。
「……また揉めるぞ、これ」
俺は頭を抱えた。だが、逃れられない宿命のように、翌朝には火山のふもとにある例の“宝の山”へと向かっていた。
■
現地。
そこには、まさしく壮観な光景が広がっていた。
黄金の山、折れた槍、火山石、羊の骨、古びた甲冑、壊れたハープ、そして──どう見ても空き缶と腐った白菜。
その前に立ちはだかるは、老ドラゴン・ぐれ爺。
今日も鼻息が熱い。
「ええい、人間どもめ! わしの石像コレクションを“邪魔なブロック”と申すのか!」
「申します! しかもそれ、村人の井戸の真上です!」
対峙するのはエミリア。
黒の事務服のスカートをひるがえし、測量棒を片手に仁王立ちだ。
……俺はと言えば、存在を消して壁の岩と化していた。
「この銀スプーンは!?」「それは王妃に投げつけられた記念の──」「はい、ゴミ確定です」
「わしの! 記念が!!」
エミリアの無慈悲な査定が炸裂するたび、ぐれ爺の魂がすり減っていく。
そんな中、ひときわ異彩を放つ陶器の壺を見て、エミリアの動きが止まった。
「……これは、魔道大学の卒業記念品ですね」
「うむ。若かりし頃、教授と冒険した仲じゃった……懐かしいのう」
その瞬間、ふと風が止まり、二人の間に不思議な静寂が流れた。
目を合わせたまま、互いの記憶に心を重ねたような、優しい間だった。
……だったが。
「で、その横の木箱は?」「中身は知らん」「はい、ゴミ確定」
やっぱり容赦はなかった。
こうして、今日の査定は“宝物5点、ゴミ37点、保留3点”という過去最高の審議件数を記録。
帰り道、ふとエミリアがぽつりと呟いた。
「……でも、彼、本当は寂しいんでしょうね」
俺は歩きながら空を見上げ、少し考えてから言った。
「ま、誰でも年取ったら、思い出にすがりたくなるもんだろ」
その横顔に、エミリアは少しだけ微笑みを浮かべていた。
──そして夜遅く。
事務所の机に向かった俺は、新たな議事録フォーマットを開きながら深いため息をついた。
「……次回の会議、参加者多すぎないか? スラーディア、また来るって言ってたし……」
俺のつぶやきに、どこからともなく風が吹いた。
そして、どこかで石像が倒れる鈍い音が響いた。




