【第45話】 『自白って、夢の中での話でもアリですか?──夢魔の記憶と証拠能力』
その朝、法律事務所の扉を開けてきた青年を見て、俺は二度見した。
「先生……僕……夢の中で、罪を告白しちゃったんです」
第一声がこれだった。
いや、言う前にその顔をどうにかしろ。目の下にはくっきりと黒いクマ。髪は寝癖で縦横無尽に跳ね、シャツは裏表逆に着て、しかもタグが思いっきり外に出ていた。
「ルネ……なにがあった」
依頼者はエルフの青年、魔法雑貨店を営んでいる。おっとりした印象の奴だったが、今は完全に“夢見が悪かった”顔だ。
「最近、夢の中に夢魔が出てくるんです。しかも毎晩……。そして、あの晩……僕、つい口を滑らせてしまって」
「何を?」
「三年前の万引きのことを……つい……夢の中で自白してしまって……」
ルネは額に手を当て、呻くように言った。
「しかもその夢魔、記録してたんです。その夢の内容、全文。で、昨日……なんと、それを証拠として提出しに行ったって」
「どこに?」
「……検察に」
俺は沈黙した。しばらく天井を見つめ、それからゆっくり言った。
「おい、夢の中で自白した内容を、夢魔が記録して、それを現実の検察に提出したって?」
「はい。なんなら明日の法廷に証人として出廷するらしいです……」
……この世界、本当に法と魔法が共存してるのか、いったいどうなってるんだ。
仕方がない。こうなったら全力でやるだけだ。
そして翌日、異世界裁判所。
「夢魔・クラリーチェさん、証言台へどうぞ〜」
法廷の扉がゆっくりと開き、そこから現れたのは、漆黒のドレスに身を包んだ艶やかな美女。艶やかな黒髪が波のように揺れ、腰からはしなやかな尻尾、背中には小ぶりなコウモリの翼。
「ごきげんよう、皆さま。あらルネ様、今日はお召し物がちゃんと裏返っていませんのね」
「ひいぃ……」
クラリーチェは優雅に微笑みながら証言台に立ち、声に艶を込めて語り始めた。
「その夜、ルネ様はこうおっしゃいましたの。“あのスピネルの指輪、こっそりポケットに──”」
「やめてええええええ!!!」
ルネが頭を抱え、証言台に突っ伏した。
「異議あり! その証言は、夢という非現実下での発言です。現実世界での意思表示とは異なります!」
俺は立ち上がり、クラリーチェを指差す。
「彼は眠っていた。意識はなかったはずだ。そんな状態での“告白”に、証拠能力があるなど認められるはずがない!」
クラリーチェは小首を傾げて、くすりと笑った。
「でもぉ、彼は夢の中でとてもはっきりしていましたわ。むしろ、現実より理性的だったかも?」
スラーディア判事が、ベンチからずるりと粘液を滑らせながら言った。
「夢中記憶の証拠能力……にょろ。これは“現実意識と記録の接続性”が鍵ににょろ」
判事席にぴょこっと飛び乗ったナメさんが、小声で補足した。
「前にもありましたねー。夢の中で結婚したとか言い出したエルフとか……」
そんな過去判例もあるのかよ。
議論の末、スラーディアはぐにゃぐにゃの粘液でハンマーを構えた。
「最終判断。夢での発言は“現実の意思表示とは異なる”と認定。証拠能力なしとするにょろ」
クラリーチェはふうっとため息をつき、寂しげにルネを見つめる。
「じゃあ……また夢で会いましょうね♡」
「もう……一生寝ない……!!!」
こうして、夢の中での“自白”は、不採用。
ルネは解放され、クラリーチェは夜空に消えていった。
……でもたぶん、また夢に出てくるんだろうな。南無。
夜の闇が世界を包みはじめた頃、俺は例によって事務所でコーヒーをすすっていた。スライム判事スラーディアの判決文を読み返しながら、「ほんと夢の中の証言って何だったんだよ……」と、思わずため息が漏れた。
そんなとき、受付のエミリアがぽつりとつぶやいた。
「クラリーチェさん、また“業務”に行くらしいですよ」
──あの夢魔か。
夢の中で依頼人のルネを口説き落とし、自白を取った挙句、それを証拠として提出するという、あの驚異の執念深さを見せたサキュバス、クラリーチェ。
妙に気になって、俺はこっそり異世界司法庁の地下、夢魔登録局をのぞいてみた。
カーテン越しに見えたのは、薄暗いランプの明かりの中で、ため息まじりにカップを手にするクラリーチェの姿だった。
「……今日も、告白とれなかったぁ……」
肩を落とした彼女は、机に突っ伏して丸眼鏡をずり落としながらぼやいていた。ボードに貼られた『今日の戦績:0件』という紙が、何とも言えない哀愁を醸し出している。
「みんな最近、夢の中で警戒しすぎなのよ。『夢は虚構、夢は虚構』って……なんでメンタルバリア張るのよぉ!」
俺はそれを物陰から聞きながら、つい笑ってしまった。どこか間が抜けてて、でも真剣で。憎めない奴だ。
そのとき、クラリーチェはふとノートを取り出し、懐かしげに微笑んだ。
「ルネくん……あの子だけは素直だったのにねぇ。スピネルの指輪の話、覚えてる? 夢の中でぺらぺら喋ってくれて……わたし、あのときちょっとドキッとしちゃったの」
「夢で惚れるってどうなんだ、それ」
俺が思わず突っ込むと、クラリーチェは椅子の背にもたれて目を細めた。
「だって……夢の中の彼は誠実だったのよ? 無防備で、純情で……ああいうの、ずるいわ」
「つまり、夢補正だな」
「違うもんっ!」
ぷくっと頬をふくらませた彼女は、勢いよくメモ帳を開くと、新たな企画を書き殴った。
「今度は“夢の中で婚姻届にサインしちゃった件”でいくわ。バッチリ二重契約、夢と現実の二重構造よ!」
「……お前、どんだけ仕事熱心なんだ」
そのとき、ふらりとエミリアが夢魔局に入ってきた。手には湯気の立つティーカップ。
「クラリーチェさん、お疲れさまです。差し入れのカモミールティー、どうぞ」
「エミリアちゃん……天使……」
じんわりと涙を浮かべながらお茶をすすり、ようやく落ち着いたクラリーチェがぽつりとつぶやいた。
「でもさ、スラーディア様、来週“夢魔の証言における証明性”について講演するらしいのよね……また論破されるのかな、私……」
「安心しろ。たぶん夢の中でも論破される」
「やめてえええ!!」
夜の帳が深まる中、俺はそっと夢魔局をあとにした。
──まったく、静かに騒がしい夜ってのは、異世界でも健在らしい。




