【第42話】 『幽霊が遺産を主張してきた件について』
王都東法廷、第十三審理室。
そこに現れたのは、物理的には存在しない──しかし、確かに遺産を求めて主張する“故人”だった。
「えー……確認しますが、あなたは……既にお亡くなりになってますよね?」
俺は眉をひそめ、証人席の半透明な女性に問いかけた。
彼女はすぅっと浮かんだまま、頷く。
「はい。三年前、ピクルスの瓶に頭をぶつけて絶命いたしました、クラリッサ・リヴァーモントです」
「なんちゅう死に方だよ……」
ナメさんが机の上でぷるぷると震えていた。笑いを堪えているらしい。
「静粛に!」スラーディア判事の粘っこい声が響く。「生死を問わず、証言権は保障されております! 当法廷はすでに“死者の意思法”に基づく手続きに則って進行中!」
「死者の意思法」──この世界では、条件付きで“死者の意思”も法的証言として扱われる。ただし、物理的な相続は複雑になる。
「で、クラリッサさん。ご主張は?」
「私は、あの家の正式な所有者であり、遺言状に記されていた宝石の所有権も私にあるべきです!」
「……その遺言状、書いたのはいつですか?」
「生前最後の晩餐の直後です。ステーキがおいしかったのを覚えています」
記憶力は意外にクリアだ。
「で、そのあと瓶に……」
「ピクルスの瓶に激突して即死です」
「そこは詳しく言わなくていいから」
俺はため息をつきながら、原告席を見る。そこにはクラリッサの甥っ子だという、いかにも悪知恵が働きそうな男がふんぞり返っていた。
「この遺産は俺のものだ。叔母は“成仏”してから文句を言うべき」
「成仏にも手続きがいるんだよ、知ってたか?」
「そんな法律、初耳だ!」
「“霊魂の未練清算法第八条”を参照。未練が確定してる場合、法廷での主張は可能とされている」
スラーディア判事が粘液を跳ねさせながら頷いた。
「判例:死霊対ゴブリン住宅局 で確定済み〜」
俺は遺言状の内容を提示し、霊媒士リタを通じて正式な意思確認を取った。リタはいつものようにブラック労働の片鱗を見せながら、ぐったりしつつも“幽霊翻訳”を完遂。
「クラリッサさんの言い分は一貫してます。あと、『あの甥っ子は生前からムカついてました』とも」
「余計な情報をありがとう」
結局、法廷はクラリッサの遺言を有効と認め、甥っ子の相続は却下された。
「ではこれにて閉廷──」
「ちょ、ちょっと待って! 成仏って……今すぐ?」
クラリッサの顔が急に青ざめ(もともと青白いが)、ぷるぷる震える。
「私、まだ未練があるの。最終回の小説を読んでないのよぉぉぉぉ!!」
……こうしてクラリッサさんの成仏は、書店への寄り道を条件に延期された。
死してなお、本棚の前で立ち読みするその姿に、俺はなんとなく、法の温かさを感じた気がした。
■
王都法務局、地下三階──そこは通常の法廷とは異なる、あの世とこの世をつなぐ特別審理室、“霊界調停室”だ。
「ふふん、私の証言がいかに重要か、思い知るがよい!」
威勢のいい声が響いた。浮遊するのは、生前は伯爵夫人だったという幽霊・クラリッサ。透き通ったレースのドレスをなびかせながら、俺の目の前で優雅に回転している。
「……って、そろそろ落ち着いてくれませんかね」
俺、高野誠一は、あくまで弁護士であって霊媒師じゃない。けれど、今日に限っては霊との契約確認の仲介役だ。
「いえね、私の遺産を“勝手に”孫娘に譲ったですって? あの弁護士──死後にあんな勝手な契約書を書くなんて、あり得ませんわ!」
「いや、あなたが書いたやつなんですよね……この“幽界サイン”って欄、確かに指紋ついてるし」
クラリッサはぷいと顔を背けた。
「死後の記憶って曖昧なのよ。そんなもの証拠になると思って?」
「じゃあ誰が書いたんですか」
「……未来の私?」
「その逃げ方やめてください」
調停室の隅では、ナメさんが冷ややかにぷるぷる震えている。
「ご高齢の霊って、だいたい話通じませんよねー」
「うん、たぶん現役の生霊よりタチ悪いな」
そんな会話を交わしながら、俺は“霊界契約控え”を読み進める。
「ここに“幽霊が感情的に遺産分配をやり直す権利は一度きり”って書いてあるんですけど」
「なにそれ不当条項よ! 霊の尊厳の侵害だわ!」
「いや、生きてない人に尊厳の範囲は……」
「生きてなくても女の意地ってものがあるのよ!」
なぜか最後はナメさんまで「わかるー」と共感していた。
──結局、調停は“霊感情に配慮した一部再配分”という曖昧な合意で終結した。
霊って、ほんと、面倒くさい。
でもまあ、生きてる人間の方が、もっと面倒くさいこともあるんだよな……。
今日もまた、俺は法の名のもとに、理不尽と幽霊の板挟みなのであった。




