【第40話】 『その証人、未来から来ました?──予知魔法と時系列の証明』
王都西法廷、第七審理室。
俺は記録石の確認を終えて、静かに椅子に腰を下ろした。
傍聴席では、いつものようにスライム判事スラーディアがぷるんぷるんと法服の裾を整えている。ぺちぺち、と自分の粘体を軽く叩いて気合を入れるのは、たぶん彼なりのルーティンだ。
「よっし、みんな準備はいいかな? 今日も楽しくやってこう!」
裁判の開廷宣言がテンション高めなのは、まあ慣れた。問題は、証人席に立つその少女だった。
「名を名乗れ」
「ルミナ・イシュタリア。未来時間軸、第七暦326年より来ました」
……未来から?
「それって、つまりおよそ百年後ってことでいいのか?」
俺の問いに、ルミナはこくりと頷いた。外見は十歳前後。けれどその目には、変な老成と覚悟が宿っていた。
「この法廷では予知魔法に関する証言は基本的に証拠採用されないが……」
「今回は特例で~す!」とスラーディアが割って入る。「“未来から本人が来た”ってのは初めてだからね! もう好奇心が止まらないっ!」
「スラーディア……法廷なんだからもうちょっと真面目にだな……」
「えー、だってテンション上がるじゃーん。未来だよ未来! あとでナメさんと未来グルメの話とか聞きたいし」
ナメさん──俺の胸ポケットのスライム式記録精霊──が、ぷるりと震えた。
俺はため息をつきつつ、証人に向き直る。
「いいか、ルミナ。君の証言も、他の証言と同じく偽証すれば処罰対象だ。未来の法律とやらに従ってるかもしれんが、ここはこっちの法廷だからな」
「承知しています。この時代の法に基づいて、証人として真実を語ります」
よし、と頷き俺は質問に入った。
「君は未来で、この事件──契約違反事件について記録を見たと?」
「はい。被告アズル氏が契約を一方的に破棄し、原告ファリナ氏の生活を破壊したという記録を、私は法務授業で閲覧しました」
「授業って、学校でか?」
「はい。未来の法学部、歴史法務学科の教材として」
……未来ではこの事件が教材か。
「見た記録は何だ? 裁判資料? それとも誰かの回想録か?」
「魔導記録石による映像資料です。当時の審理が保存されていました」
「じゃあ、その中で俺はどんな格好してた?」
「黒いローブで、胸ポケットからナメさんが顔を出してました」
……未来でも変わってねぇ俺。
「スラーディア判事、今の証言、どう見る?」
「うーん、状況的には“予知”というより“過去の記録を未来で見た人”だから、証拠能力はグレーだけど~、補足としては面白いからオッケー! 続けて~」
「軽いな!」
「スライムだからね!」
スラーディアはにっこり粘体スマイルを浮かべた。いや、これどう見てもスマイルじゃなくてぶるんと震えただけだけど。
とにかく、質問は続ける。
「その記録の内容は、原告ファリナの勝訴だったな?」
「はい。契約破棄が不当と認定され、彼女が勝訴しました。ただ……」
「ただ?」
「当時の弁護士が、最後に“感情”を語ったことが勝因だったとも言われています」
「……感情、か」
法と感情。その狭間にいつも立たされている気がする。
だが、未来の結果を鵜呑みにしていいのか? 今この場で、俺たちは何を決めるべきなのか。
「じゃあ最後に聞く。君が未来からこの裁判に来た目的は?」
「過去の法廷が、未来の記録と異なっていた場合に備え、軌道修正を促すためです。未来は、確定していません」
スラーディアがころころと転がりながら言った。
「つまり、この裁判がどんな結末でも、それが新しい未来になるってことね~。じゃあワクワクして見届けよっか♪」
「いや、判事。そこ、締めるところだろ……」
……というわけで、その日の裁判は持ち越しになった。
ルミナは未来に帰る準備を整え、ナメさんはスラーディアに未来グルメについて詰問され、俺はというと、ひとつだけ心に決めたことがある。
──次に彼女がこの時代に来たとき。
俺は、未来に誇れる弁論をしてみせる。
法律の力と、俺自身の言葉で。
たとえ、スライムが判事をやってる法廷でも、だ。
■
王都の片隅にある俺の法律相談所、その隣の机でナメさんがぷるぷる震えていた。
「たかのー、高野ぉ〜、これ見てぇ〜」
俺は書類の山から顔を上げると、机の上に広げられた羊皮紙に目をやった。
「……これは?」
「未来日記だよぉ〜。この前の裁判でルミナちゃんが“未来から来た”って言ってたでしょ? だからぼくも“未来”を書いてみたのぉ〜」
ナメさんの丸っこい体に、インクの染みが点々と付いている。……つまり、体液で書いたのか? それとも筆代わり?
「中身見て見てぇ〜。明日の高野くんが朝寝坊して、味噌汁ひっくり返して、法廷に片靴で来るって書いてあるのぉ」
「未来、ショボッ!」
だが、どこかで心当たりがある未来だ。否定しきれないのが腹立たしい。
と、そこへスラーディア判事が、のっぺりとした体を転がしながら入ってきた。
「ナメさん、またふざけた文書を……くくく、ぷふぅ〜、なんですかこの“未来予知:昼食はコロッケパン”って!」
「それ、だいぶ確率高いですぅ〜」
俺は思わず机に額をぶつけた。
「なあ、お前ら……この世界の司法、ほんとに大丈夫なのか?」
「大丈夫ですとも!」スラーディアが威厳たっぷり(に見えるよう努力しながら)言った。「我々は常に中立で、公平で、コロッケパン派です!」
「最後の余計だ!」
その日、ナメさんの“未来日記”は正式な法的記録には採用されなかったが──昼食に出されたのは、本当にコロッケパンだった。
……少しだけ、俺は未来を信じる気になった。




