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『異世界で行列の出来る法律相談始めました〜DV裁判中に刺されて死んだ俺、目覚めたら魔法も剣もない世界で六法全書が最強だった件〜』  作者: カトラス


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【第38話】 『二重人格、どっちの契約が有効ですか?』

 雨上がりの石畳が、午前の陽光をきらきらと跳ね返していた。

 俺──高野誠一、異世界唯一の弁護士──は、書類の束を小脇に抱えて、街の外れにある〈静穏の診療院〉へと足を運んでいた。


 診療院の入り口に立つと、看護師の少女がこちらを一礼する。

「ご苦労さまです、先生。例の“人格分裂”の件ですね」


「ああ。もう一人の“彼女”にも立ち会ってもらえるよう、事前に伝えてある」


 案内された個室には、ひとりの少女が座っていた。淡い藤色の髪、物憂げな瞳。彼女の名前はリリィ・ベル=カーネリア。


 ただし、俺の依頼人は──彼女の中にいる“もうひとり”の人格、リサだった。


「先生、ごきげんよう。今日は“リサ”が話すって聞きましたけど……」


「ええ、今、交代してもらえるか?」


 リリィは深く息を吸って、静かに目を閉じる。数秒後、ぱちりと開かれた瞳に宿る光は、まったく違う色合いを帯びていた。


「やっほー、先生♪ 今日も書類だらけって感じ?」


「相変わらずテンションが軽いな……さて、本題に入るぞ」


 事の発端は一週間前。リサが、ある高級商会と個人契約を結び、その内容がかなり重大なものだった。

 だが、契約の数日後、“元の人格”リリィが「そんな契約、私知らない」と主張したことで、契約の有効性が争点となったのだ。


「契約書にはサインがある。だが問題は、“誰の意志”で交わされたかだ」


「だってさー、私はちゃんと『わたし』として契約したよ? 向こうもわかってたはず」


「しかし相手側は、“統合人格としてのリリィ・ベル”が契約主体だと思っていたと言っている」


「けっ。都合のいいときだけ“別人格”を否定するんだよね、ああいう連中」


 俺は静かにうなずく。今回の焦点は、“同一人物内における人格の分裂”が、法的主体として分離可能か、だ。

 つまり、リサとリリィがそれぞれ独立した法的責任を持つか否か。


「……先生、どうするの? 私の契約、無効になっちゃうの?」


「それを決めるのは法廷だが……今回の裁判官は、あの“多頭脳スライム判事”スラーディア様だ」


「マジか……前世の遺言の時のスラ様!? いけるかも!」


 俺たちはその週の後半、王都裁判所にて再びスラーディア判事の前に立つことになった。

 法廷では、人格交代が生中継で披露され、観衆はざわめいた。


「人格リリィ、および人格リサは、それぞれ自律性と意思決定能力を有する、と確認」


 スラーディア判事の粘液がぱちゃぱちゃ揺れる。


「したがって、本件契約は、“リサ人格”に対して有効であり、“統合人格リリィ”には拘束力を持たないと認定する」


「やったー! あたし勝った! これで商会とのコラボ企画、継続だねっ♪」


 リリィが目を覚ますと、判決文を見て唖然とした表情を浮かべた。

「わ、私……アイドルグッズ監修なんて、絶対イヤ……」


 ──かくして、人格ごとの契約責任が認められた前例が、またひとつ積み上がった。

 異世界の法は、今日も柔軟かつややこしい。


 あの日の相談を受けた夜、俺は少しだけ奇妙な夢を見た。


 いや、あれは夢じゃない。たぶん、魔法的な何かだったのだろう。

 依頼人の少女──リリィとリサ。

 あの二重人格の彼女の中に“証拠保全”として仕掛けておいた、夢見の術式が発動したのだ。


 気がつくと、俺は白く霞んだ庭園にいた。

 背の高いバラの垣根、どこまでも続く白石の道。中央には丸テーブルと白い椅子が二脚──そして、向かい合って座る二人の少女。


 一人は清楚なドレスを纏い、丁寧にティーカップを持ち上げる。

 一人は足を組み、乱れた髪に革ジャケット、ストローで紅茶を啜っていた。


 リリィとリサ。間違いなく、彼女たちだ。


「……で? 今回は何の用?」とリサが不機嫌そうに言った。


「これは……君たちの内面世界か?」


「“証拠保全”ってやつの副作用。勝手に入り込まれたこっちの気にもなってよね」


 リリィは小さく首を振り、落ち着いた声で言った。

「私は問題ないと思います。これは、高野先生が私たちのことを真剣に考えてくれている証です」


「真剣に考えてくれてたら、あんな恥ずかしい書類出させないわよ。『人格の同一性に関する証明書』って何よ」


「必要だったのです。だって、あなたがあの契約書を勝手に書いたのだから」


「勝手にじゃないわよ。ちゃんと、意思があったし──楽しそうだったし」


 俺は二人の間に入り、椅子を引いて腰を下ろした。

「確認する。君たちは、同一人物として契約を交わしたのか、それとも別人格として、片方だけが結んだのか?」


 リサはぷいと顔を背けた。

「そっちの立場じゃ、あたしが“勝手に”契約したって言いたいわけ?」


「逆に言えば、“二人とも合意していた”なら、その契約には法的効力がある。精神同一性と継続的認知の点で、な」


 リリィはティーカップを置き、両手を組んだ。

「私は……リサがあの時、私の中に“想い”を残してくれたと信じています。だから、その契約は……私たち二人のもの」


 リサはちらとリリィを見て、やれやれと笑った。

「もう、真面目なんだから。──でもまあ、いいか。認めるわよ。あたしも、あれは楽しかった」


「では、その意思をもって、契約は“有効”と記録する」


 俺は静かに立ち上がり、二人に頭を下げた。

「協力感謝する。君たちの話は、必ず法廷で役立てる」


「……先生」

 リリィが小さく口を開く。

「また、来てくれますか? このお茶会に」


 リサも悪戯っぽく笑って言う。

「パンケーキ持参なら、歓迎してあげるわよ?」


 目覚めた時、俺の机には何も変わったものはなかった。

 ただ、記録石の中に“夢の映像”がしっかりと収録されていた。


 これで、彼女たちの“契約意思”は、揺るがない。


 ──ちなみに後日。

 提出された“証明書”に貼られた証人のサイン欄に、まさかの『パンケーキ屋の店主・カボチャ』の署名があると知って、裁判所の書記官が本気で頭を抱えていたのは別の話だ。


 人は時に、心の中で契約を交わす。

 それが真実ならば、法もまた──それを受け止めるべきなのだ。




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