【第37話】 『聖剣の所有権、譲ります?──勇者と鍛冶屋の攻防戦』
今日の相談所は、朝から妙に騒がしかった。
というのも──
「勇者様が、剣を返さないんですのよ! 私が打った、あの伝説級の聖剣を! 契約書もあるのに!」
声を張り上げていたのは、火竜の紋章を額に刻んだドワーフの女性鍛冶師・グラニ。身長は俺の腰くらいしかないが、その怒気だけはドラゴン並だった。
「勇者アルノスは“世界を救った報酬だ”って言って、返却を拒んでるそうですわ」
エミリアが補足しながら、香り高い紅茶を机に置く。
「勇者って、あの金髪で、やたら爽やかな……?」
「そうですわ! 顔はいいけど、契約には無頓着なタイプの……」
「うーん、イメージ通りだな」
俺──鷹野誠一は、異世界唯一の弁護士として、契約関連の相談に日々追われている。今回も、“聖剣の所有権”というややこしい案件だった。
「グラニさん。契約書の原本、見せてもらえますか?」
「これです。『聖剣グリムカリバーは、指定された目的(魔王討伐)達成後、鍛冶師へ返還されるものとする』って、ちゃんと書いてありますわ!」
確かに、返還条項が明記されている。勇者が保有し続ける理由がこれでは通らない。
「これは……勇者側、分が悪いな。じゃあ、裁判所に申し立てましょう」
「やったー! これであの金ピカ男にガツンと一言言ってやれますの!」
そうして数日後、王都中央裁判所。
勇者アルノス本人が、まばゆいオーラをまとって登場した。
「やあ、皆の者。私はアルノス。魔王を討伐し、世界に平和をもたらした者だ」
控室の俺たちは、思わず目をそらす。
「な、なんか……顔だけで無罪になりそうですわ」
「それでも戦うのが、弁護士の仕事だ」
開廷の合図とともに、俺は立ち上がり、静かに主張を始める。
「この聖剣には“契約”がある。依頼主であるグラニ氏は、明確に“使用後の返却”を条件として聖剣を貸与した。よって返還義務がある」
勇者側の代理人は、どこかの神殿書記官だった。
「聖剣は、“選ばれし者の魂に応じて主を定める”と記されています。それは法よりも古い、神器の理。従って、勇者様の所持は正当です」
「しかし、その神器が“契約”を受け入れて鍛え直されたのも事実。つまり、今は法的な契約物としての側面を持つ」
傍聴席がざわついた。
「神器の魂と、契約書の文言、どちらが優先されるのか……」
そして判決の日。
裁判官は、厳かに言い渡す。
「本件、“契約の明示性”と“使用目的の限定性”に鑑み、聖剣の返還義務を認定する。勇者アルノスに対し、グラニ氏への返却を命じる」
「……やれやれ、仕方ないな。正義の剣を手放すのは寂しいが、法には従おう」
アルノスは聖剣を差し出し、グラニがそれを両手で受け取った。
「よくぞ戻ってきましたわ、我が愛剣……。あとでちゃんと磨いてあげますのよ」
この国の平和は、勇者ではなく──契約書と法律が守っている。
俺は、紅茶を一口すすって呟いた。
「勇者も、法の前ではただの“契約者”……ってことだな」
■
人魚の一件から港町サレストを離れて一週間。久々の休暇をもらった俺──異世界弁護士の高野誠一は、隣町の小さなカフェで、パンケーキと共に静かな昼下がりを楽しんでいた。
……まあ、その静けさが続いたのは、五口目のパンケーキを頬張るまでだったけどな。
カウベルが鳴って、入口から現れたのは、でっかいハンマーを肩に担いだ筋骨隆々の女鍛冶屋。
「よォ、アンタか。聖剣の件じゃ、世話になったな」
……まさかここで再会するとは。
って……まさかのキャラ変……なんでこうなったの……。
「グラニさん!? どうしてここに?」
「どうしてもなにも、腹が減ったからよ。あたしァ甘いもんが好きなんだ」
聖剣が返ると人格変わるのかよ(笑)
そう言って、グラニはドスンと俺の前に腰を下ろし、メニューも見ずにパンケーキ三段重ねを注文した。
「で、今日は何かご用件が?」
「いや、大したことじゃねぇ。ちょっと話したくなってな」
グラニは紅茶に砂糖を三杯入れ、ぐるぐるかき混ぜながら俺を見た。
「正直なところよ。あの勇者アルノス、どうも気に食わねぇんだが……剣を構えて戦う姿は、ちょっとだけ誇らしかったんだ」
「そう……なんですね」
俺が頷くと、グラニはふっと目を細めて、カップをひと口。
「若い頃は腕一本で王国の鍛冶競技大会に出たもんだ。金賞もとった。だがよ……」
皿のふちを指でなぞるその仕草に、年季を感じる。
「剣ってのは、誰が持つかで意味が変わる。あたしが打った鉄が、どこかで誰かを守るなら、それでいい」
「じゃあ、もう所有権にはこだわらないと?」
「いや、そこは主張させてもらう。だがな……“たまにメンテナンスさせろ”って条件で譲ってもいい。大事に使ってんなら、それで十分だ」
「それ、契約書にまとめますか? 条項は僕が整えますよ」
冗談めかして言ったつもりだったが、グラニは肩を揺らして笑った。
「やっぱアンタ、商売人だな!」
俺もつられて笑った。
カフェの窓の外では、港の風が帆を揺らしていた。波の音が心地よく耳に残る。
「パンケーキ、おかわりしていいか?」
「もちろん。今度はメープル多めでどうぞ」
「おう、アンタも付き合え。弁護士と鍛冶屋の昼下がりってのも、悪くねぇだろ?」
ああ、たまには甘い時間も必要だ。
聖剣の重さと鉄の香りを想いながら、俺はもうひと口、パンケーキをかじった。




