表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界で行列の出来る法律相談始めました〜DV裁判中に刺されて死んだ俺、目覚めたら魔法も剣もない世界で六法全書が最強だった件〜』  作者: カトラス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/65

【第36話】 『人魚の歌は契約ですか?──魅了の告白騒動』

 午後の相談所。カーテン越しに差し込む陽光が、書類の山に柔らかく影を落とす。俺──鷹野誠一、異世界弁護士としての仕事に今日も励んでいた。


 エミリアが紅茶を運んできてくれたのも束の間、ドアがバタンと勢いよく開かれた。


「先生ぇ! 大変なんスよ!」


 飛び込んできたのは、青い鱗と人間の脚を持つ青年──ルーク。人魚族の混血で、港町で漁師見習いをしている青年だ。


「人魚のマリアさんに、歌で告白されたんス! 俺も『好きです!』って返事しちまって……そしたら翌日、婚約届が役所に出てたんスよ! これって法的に有効なんスか!?」


「落ち着け。順を追って話そう」


 俺は手帳を開き、エミリアがすかさずペンを渡す。ルークは椅子に座るなり、立て板に水の勢いで話し始めた。


「マリアさん、夕暮れの波止場で歌を歌ってたんスよ。それがもう……すっごい綺麗で、耳がとろけるような……。で、俺が『好きです』って言ったら、目がキラキラして……」


「それが婚約の合意だと認識されたわけか」


「いや、俺はただ……本能的に、っていうか! 言わされちゃったっていうか!」


 そこにエミリアが口を挟む。


「先生、人魚族の歌って“魅了効果”がありますの。しかも、歌に込めた“契約魔法”が発動する場合も」


「つまり、“告白ソング”がプロポーズ魔法だった可能性もあるってことか……」


 俺は六法全書・改の魔法契約法編を開き、人魚族の項を確認する。


「……あった。“歌唱による魔術的魅了を用いた誓約行為は、当事者の自由意志を欠いた場合、無効とする。ただし、明確な合意表明がある場合は例外”」


「つまり俺、合意しちゃったからアウトってことッスか!?」


 ルークが頭を抱える。だが、まだ道はある。


「状況証拠として、“魅了された状態だった”ことを証明できれば、合意の強制性を主張できる」


 その瞬間、ドアが再び開く。


「ルークさんっ!」


 金色の髪をなびかせ、スレンダーな肢体を包むドレスの裾を翻して現れたのは、人魚族の美姫──マリアだった。



 法廷では珍しい“海辺での審理”が認められたのは、人魚の原告が水中から離れられないためだった。


 場所は港町サレスト。潮風と波の音が交錯する仮設法廷の中央、白い砂浜に作られた臨時の裁判場で、異世界弁護士である俺──鷹野誠一は、半身を海に浸して待機していた。


「うわ……膝から下、ずっと冷たいのな。これ、長期戦になったら足がふやけるんじゃ……」


「先生、訴訟ってのは体力勝負ですのよ」


 いつも通り紅茶を片手に現れたのは、助手のエミリア。日傘を差しつつ、砂浜に椅子と書類用の卓をセットしてくれている。


「準備は万全ですの。あとは、原告……来ましたわ」


 沖合から現れたのは、エメラルドの尾鰭をきらめかせる人魚──マリアだった。美しい金髪が濡れ、滴る水滴が陽光に反射する。


「改めまして、マリア・マーレンと申します。今日はよろしくお願いします、人間の弁護士さん」


「ああ。こちらこそ。足元だけ冷たいけどな」


 マリアは微笑むと、貝殻のブローチから防水処理された書類を取り出した。そこには“愛の誓約契約書”と書かれている。


「……先日、歌で男性を魅了してしまった件、彼は“愛を告白された”と誤解してしまいましたの。けれど、私たち人魚にとって“歌”は挨拶程度のもの。彼は暴走して婚姻届まで持ってきたんですの!」


「──それで、マリア側が“そんなつもりはなかった”と訴えてる、と」


 俺は書類を見ながら頷いた。隣では被告人──漁師の青年、ルークがむすっとした表情で砂に絵を描いていた。


「おれは本気だったのに……。マリアちゃんは、あんな甘い声で“あなたに恋してる”って……」


「それは恋の歌詞です! 歌詞! みんなに歌ってるのに!」


「でも俺、海に飛び込んで指輪投げたよ!? そしたらキスまで……」


 ……あちゃー。


「つまり、双方の“意思表示”が齟齬を起こしてるんだな。人魚文化では“恋歌=一般的挨拶”、だが陸の民にとっては告白と誤解されうる」


「そうですの。私、婚姻なんて望んでませんのに……」


「よし、文化的誤解による“契約の成立要件欠如”で無効を主張しよう。重要なのは“真意の合致”だ」


 俺がそう宣言すると、判事役の潮騒の精霊──見た目はクラゲのような存在──が、にゅるりと現れてこう告げた。


「双方向の明示的合意なし、契約無効。あと濡れた紙は読みにくいから次回はラミネートで」


 法廷が一気に和やかな空気に包まれた。


 ルークは頭をかきながら、ぽつりとつぶやく。


「……じゃあ、最初からちゃんと告白してもいい?」


「それならば、歌じゃなくて言葉でお願いしますの」


 マリアが頬を赤らめて笑った。


「じゃあ……好きです! もう一度、会いに来てくれますか?」


「……考えておきますわ」


 波間に揺れる尾鰭と、照れたような声が、陽光の中に溶けていった。


 異世界の恋と法は、今日も紙一重だ──。


 まさかの立場逆転の手のひら返し……。


 そう──人魚と人間界の女の心は、きまぐれなのだった。




「あなたの“はい”は、私にとって世界のすべてでした……!」


「ま、マリアさん!? あれって……契約だったんスか!? 本気で!?」


「もちろんですわ。私は“海誓の歌”をあなたに捧げたんですもの!」


「やっぱりプロポーズソングだったぁぁ!?」


 相談所内に絶叫が響く。


「マリアさん、申し訳ないが、ここは冷静に法的な整理を」


「……異議ありません。もし、彼が本当に私の歌に魅了されただけなら……それは、私の独りよがりだったのかもしれませんわ」


 マリアが寂しげにうつむく。


「でも、もう一度だけ……彼の意志で“はい”を聞けたら、それでいいんですの」


 ルークが立ち上がった。


「……俺、もう一回歌、聞いていいスか?」


 マリアは微笑む。そして、波のように優しく、しかし心を揺さぶる旋律を口ずさみ始めた。


 ルークの瞳が、ゆっくりと潤んでいく。


「……はい。今度は、自分の言葉ッス」


 ──契約、成立。


 俺はペンを置いた。


「うん。今度こそ、自由意志。法的にも文句なしだ」


「はいっ!」


 マリアが両手を胸に当てて、小さく跳ねる。


「じゃあ婚約届、今度は自分で出しに行くッス!」


 その日、相談所には“愛”の法的効力が、確かに響いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ