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『異世界で行列の出来る法律相談始めました〜DV裁判中に刺されて死んだ俺、目覚めたら魔法も剣もない世界で六法全書が最強だった件〜』  作者: カトラス


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【第35話】 『召喚獣、勝手に労災申請しました!?』

 午前十時。晴天。

 依頼人が来るにはまだ早い時間帯、相談所には紅茶の香りと書類の山が静かに漂っていた。


「ふあぁ……先生、今日は静かですわね。雨の翌日って依頼も来にくいんですの?」


 カップを口元に運びながら、助手のエミリアが紅茶の香りにうっとりしている。

 そんな彼女の言葉に返す前に、ドアが。


 ──ドゴォン!!


 派手な音を立てて開いたドア。その向こうから、鎧を着た若い冒険者が土煙と共に現れた。


「せ、先生っ! 助けてください! 召喚獣に訴えられましたッ!」


「……ん?」


 俺、高野誠一。異世界唯一の六法全書ベース法術士。

 紅茶をそっと置いて、依頼人に向き直る。


「まず落ち着け。事情を話せ」


「はいっ! 僕、冒険者のガランって言います! 昨日、討伐依頼でカエル型魔獣の巣に行ったんですけど、俺の召喚獣──ケルベロスが、戦闘中に足を滑らせて池に落ちて、右の首を捻挫したんです! そしたら、今日……」


「まさか、召喚獣本人から訴状が?」


「そうなんですッ!! 『ブラック契約による労災申請』って! 自分で手紙書いて! 労基署に出してるんです!!」


「ぷるるる、申請は正当ぷる」


 唐突に部屋の隅でぷるんと跳ねたのは、見慣れたスライム判事──スラーディアだった。今日も休暇返上でちゃっかり同席中。


「ちょっと待て、スラーディア。召喚獣に“労働者性”があるのか? 契約は片務的な魔法契約だろ?」


「ぷる、だがこのケルベロスは“自我持ち型”。人格と判断力、労働意思もありぷる。よって、召喚契約は“準雇用契約”と解釈できるぷる」


「えー!? 俺そんなの知らなかったんですけど!? てか、ケルちゃん、普段何も文句言わなかったのに……」


「先生、これはまさに“労働意思なき強制労働”の典型例……労働法違反ですわ」


 エミリアがノートを片手に、真面目な顔で頷く。


「お前たち……揃いも揃って何なんだこの相談所は」


「ぷる。ちなみに、ケルベロス本人は本日出廷予定ぷる。傷口に湿布を貼りながら、口の一つで陳述する予定ぷる」


「口の一つ!? 三つあるのに!?」


 そしてその午後。

 裁判所の特設法廷には、マントを着た巨大な三つ首のケルベロスがしずしずと入廷してきた。

 中央の口がマイクに向かって咳払いする。


「ごほん。私は、ガランに“無理やり”召喚され、しかも労働内容について一切説明がなかった。勤務中の怪我で、食事も休憩も与えられず、今ではトラウマです」


「でもケルちゃん、戦闘後に普通に骨ガム噛んでたじゃん!?」


「それは……ストレス解消だ!」


 ざわめく法廷。スラーディアがふよんと跳ねて発言する。


「ぷる、証拠として“戦闘中の記録魔晶”提出ぷる」


 映し出された映像には、爆発の中で右首が池に滑り込むシーン。そしてその後、骨ガムを三口同時にバリバリかじっている姿が。


「……おい、これダメじゃん」


「うう……ケルちゃん、結構元気そう……」


 結局、スラーディアの判断はこうだった。


「本件、召喚契約に労働契約の要素ありと認定。ただし、労災の発生は認めるが“重大な後遺症”なしと判断し、軽微な慰謝料および反省文での和解とする」


「ぷるー。なお、召喚主には“雇用前説明義務”の徹底を今後求めるぷる」


 裁判後、ガランは深く頭を下げ、ケルベロスに骨ガム三本セットを贈った。


「ケルちゃん……これからはちゃんと説明するから……!」


「わかればいいのだ」


「……あの、先生。わたくしの契約書にも“休憩とおやつ”の項目追加していただきたいのですけど?」


「……お前まで言い出すな」



 異世界弁護士である俺、高野誠一の相談所は、今日もどこかで誰かがトラブルを抱えている。

 とはいえ──今日の主役は俺じゃない。


 場所は《蒸気湯の宿・しおん》。人間も魔獣も亜人も、誰もが身分を問わずに癒しを求める、異世界でも数少ない中立保養地だ。

 薄い硫黄の香りと湯煙が漂う中、檜造りの露天風呂では、見た目は三つ頭の地獄犬──召喚獣ケルベロスが、大の字になって湯に浮かんでいた。


「ぐええぇ〜……しみる〜……っ! 炭酸泉、これ絶対毒だろ〜……」


 片頭がそう呻き、もう片方の頭が続けた。


「おいバカ、皮膚から吸収すんだよ。これが効くんだよ体に!」


「うっせ、耳の下がピリピリしてんだよ!」


「わかったから暴れるな! せっかくの湯がこぼれるだろが!」


 怒鳴り声をあげたのは、筋骨隆々の冒険者──私、ガランだった。

 背中にはタオルを巻き、腕まくりをしながら、ケルベロスの尻尾をゴシゴシ洗っていた。


「おいコラ! さっさと脱げ! 尻尾もちゃんと洗え、尻尾も!」


「尻尾は繊細なんスよ! 乱暴にすんなって何回言えば──!」


 私は大きくため息をつき、桶の湯をケルベロスにぶっかけた。

 湯が跳ねて、頭のひとつが「わんっ」と吠える。


「ま、お前が提出した労災申請──“業務外ストレス起因による火炎ブレス暴発”って読んで、私も反省したわけ」


「俺も……その……相談所を半壊させたのは悪かったと思ってるス」


 ケルベロスの三つの頭が、それぞれのテンポで項垂れる。


「うっかりで済む話じゃねぇけどな……。ま、お互い様か」


 湯気のなか、静かに時間が流れる。

 私はぽつりと呟いた。


「……パートナー失格だったかもな、私」


「いや、俺のほうこそ。契約時に“労災保険加入義務あり”とか、ちゃんと確認しなかったし……」


「じゃあ──」


「──あいこってことで」


 その瞬間、ぽとりと天井から一枚の紙切れが降ってきた。

 湯気の中をゆらゆらと舞い、私の鼻先に落ちる。


『次回監査:ケルベロス氏・傷病休暇届 提出不足により指導予定』


 ──差出人:高野誠一。


「……センセェーー!? 何で見てんスかぁぁぁ!!」


 ケルベロスが湯の中から立ち上がり、湯けむりと共に絶叫する。

 その声は旅館中に響き渡った。


 一方その頃。


 離れの監査部屋で、高野のやつは静かにお茶をすすっていた。

 窓越しにこちらの様子を眺めながら、苦笑しつつ書類にハンコを押す。


「ふふ……書類は逃さないぞ」


 たとえ労災が済んでも、法の眼は休まらない。


 今日も異世界は、平和である──たぶん。





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