【第34話】転生者の遺言書、二つあった件について
「せんせー! 転送便ですわ!」
午後の静かな相談所にエミリアの声が響いた。
彼女が手にしていたのは、リボンで封がされた深紅色の封筒。
「差出人は……レオン・アルバ、前世:ライネル・グレイヴ……って、長すぎる名前ですわ」
封を開けて中身を読んだ俺は、思わず顔をしかめた。
「……またやっかいな新法ネタか」
「もしかして、転生者法ですの?」
「ああ。記憶を引き継いだ転生者の“人格連続性”と、死後契約の適用可否。つまり──」
「“前世の自分の遺言”と“今の自分の遺言”がぶつかったら、どっちが有効か……という問題ですわね?」
「そういうことだ」
レオンは前世で、財産を地元の子供たちのために図書館へ寄贈するという遺言を残していた。
だが転生後、彼は人生観が変わり、新たに仲間へ遺産を託すという別の遺言を記した。
「両方とも証人と印章が揃ってるから、形式的にはどちらも有効なんだ」
「法が“同一人物”と見れば前世の遺言、“別人”と見れば今の遺言……悩ましいですわ」
「たまに優秀だよな、エミリアは」
「毎日優秀ですわ!」
そして法廷の場に呼び出されたのは、ぷるぷる震えるスライム判事・スラーディア。
「ぷるっ……本件、転生者の二重遺言。前世の証言、許可するぷる」
魔法霊媒によって呼び出されたのは、前世のライネル・グレイヴの魂だった。
「私はこの地に図書館を残すと誓った。その意志は変わらない」
そして現世のレオン・アルバが語る。
「私も同じく、図書館を残したい。ただ、管理は現世の仲間たちに任せたいんだ」
「ぷるる……どっちも正しいが、意思が微妙に違うぷる」
俺は両方の遺言書を手に立ち上がった。
「違うのは手段だけだ。目的は“図書館を遺す”という一点で一致してる」
「前世は“土地と財産”、現世は“建物と管理”を遺す……確かに、目的は同じぷる」
ライネルの魂も、レオン本人も、静かにうなずいた。
「……ならば本件、“包括遺言”として認定。新しい遺言書に、前世の理念を継承することを条件に正式化するぷる」
「判事、ナイス判断だ」
「ふっ、ぷるっ、当然ぷる」
こうして、“前世と現世の意思”が法のもとで融合し、転生者法の新たな判例が生まれた。
「せんせー、来世のせんせーが“今のせんせーは未熟”って言ってきたら、どうしますの?」
「そん時は言い返すさ。“過去のおれも大概だったぞ”ってな」
転生しようが、死のうが、法は“今ここにある意思”を見逃さない。
──そんな異世界法律の奥深さに、俺は紅茶をひと口すすった。
■
俺の名は鷹野誠一。異世界唯一の六法専門法術士である。
転生者の二重遺言騒動もようやく片がついたある午後、相談所に珍しい来客があった。
「せんせー、あのふたり来てますわよ」
「ふたり? ……まさか」
ドアを開けると、そこにはレオン・アルバと、霊媒で呼び出された前世のライネル・グレイヴ(※霊体ver.)が仲良く座って紅茶を飲んでいた。
「どうも、ご無沙汰してます」
「我ながら、久しぶりだな……いや、毎日鏡で見てるが」
「お、おう……本人同士の雑談、想像以上にややこしいな」
テーブルには“前世と現世の意思統一記念”と書かれたケーキが置かれている。誰が焼いたんだ。
「いやあ、スラーディア判事の提案で、“前世と現世の歩み寄り”を実践しようってことで」
「カフェ形式で対話すると、共感が進むらしい」
「……なにこの異世界霊界ミーティング」
霊体のくせに器用にカップを持つライネルと、目を細めて頷くレオン。
「せんせーも、参加されます?」
「いや俺は弁護士だから。感情より契約重視だ」
「でも先生、前世と現世の目的が“図書館遺贈”で一致してるって、かなりエモい判断でしたわよ」
「うるさい、エミリア。エモさで法は動かさん」
「嘘ですわ。あの時、紅茶こぼすくらい感動してましたわよ?」
「……記録は残すな」
その後もふたり──じゃなかった、ひとりと一霊は談笑を続けていた。
「前世の俺は、ちょっと堅物すぎたと思う」
「現世の私は、少し流されすぎかもな」
「お互い、ちょうどよくバランス取れてたってことか」
「……なんだろう。自分で自分と和解してるのに、妙にいい話だな」
こうして“前世カフェ”は今日も営業中。
次回のテーマは「記憶の相違と相続のずれ──あなたの中の誰が本当のあなた?」らしい。
「もう、精神科医呼んだほうがよくないか?」
俺はそっと、相談所の裏口から逃げ出した。
……のだが。
その夜、俺の部屋に一通の手紙が滑り込んできた。
《前世:ロザリー・アルシェ、現世:ロザ・ラミュール。二人とも私ですの。さて、どちらの結婚契約が有効か、裁いていただきたく──》
──やっぱり、こうなる気はしてた。
「前世カフェ、第二支店かよっ!!」
思わず叫んだ俺の声が、異世界の夜に虚しくこだました。




