【第31話】悪役令嬢の名誉回復訴訟、開廷ですわ!
俺の名は鷹野誠一。元・日本の弁護士。今は異世界の──たぶん唯一の──六法専門法術士である。
華やかな逆転劇、劇的な法廷バトル、依頼人たちの涙と喝采──そんなのは“ほんの一部”だ。
実際の俺の日常はというと──
「先生、魔族間契約書ってどこに保管してたっけ? この前の“血で署名するやつ”ですわ」
「棚の左から三番目。“呪い付き書類”フォルダーだ。開けるときはゴーグル必須な」
「ひぃっ……あれ、パチパチ音がしてて怖いんですの……」
助手のエミリア嬢はすっかり書類係だ。ドレスの裾を持ち上げながら、書類棚の前でぷるぷる震えている。
「そういえば、この前のオークさんから“村の井戸に貼られた立入禁止の張り紙が無効だったのでは?”って手紙が来てますの」
「ああ、それは村長印が無効になってた時期のやつだな。貼ったのは未成年の孫で、村議会の承認もなかった。無効だ」
「なるほどですわ〜。……で、お返事は?」
「『あなたの行動は法的に問題ないが、井戸に落ちた豚の損害賠償は免れません』って伝えといて」
「ぶ、ぶた……?」
俺の机には、今日も大量の書類と紅茶と──なぜか昨日から居座っている猫型精霊が丸まっている。
「にゃー(依頼人を待ってる時間が一番退屈にゃ)」
「俺だって暇じゃないんだよ。今から“異種間婚姻届の有効性”について判例整理だぞ……」
地味で地道な異世界弁護士業。時折スカッとする逆転劇もあるが、基本は書類地獄だ。
そんな中──
「せんせーい! 村の酒場で“口約束した結婚”が本気だったとか言われて、訴えられたんスけどーっ!」
ドアがバン!と開き、次の相談者が登場。まさに異世界法律相談所は繁盛中である。
昼下がり。窓から差し込む陽光に、ほこりがふわりと舞う。
静寂を破ったのは、今度は「ドガンッ!」と開かれたドアだった。
「失礼いたしますわっ!」
高らかな声と共に入ってきたのは、金髪の縦ロールを揺らした華やかな少女。
真紅のドレスに白手袋。ヒールの音が場違いなほど響く。
「わたくし、リリアン・フォン・クロイツェル! 本日この場において、婚約破棄の撤回と名誉の回復を求めてまいりましたの!」
「……とりあえず、落ち着こうか。紅茶でも飲む?」
俺は六法全書・改を机に置いたまま、紅茶を差し出す。
「……ありがとうございますわ。でも、紅茶でお願いしたいですの」
「いや、それ紅茶だけどな。……で、詳しく聞こうか」
リリアン嬢はカップを手に取り、ふるふる震えながら話し始めた。
「王子アルベールに婚約破棄を言い渡されましたの! 理由は、わたくしが平民の娘を虐めたとか、毒を盛ったとか……全部嘘ですのよ!」
涙目で机を叩き、立ち上がる彼女。
「社交界では“悪役令嬢”なんてレッテルを貼られて……! 笑いものですのよ!? こんな理不尽、許されてたまりますかっ!」
「──気持ちはわかった」
俺は六法全書・改を開き、異世界貴族法の条文を確認する。
「ふむ。証拠がなく、王子の主張のみで婚約破棄が進んでいる。これは貴族法第十二条違反だな。“確たる証拠なくして破棄は無効”と明記されてる」
「せ、先生……つまり、勝てるということですの!?」
「いや、勝てるとは言ってない。“戦える”とは言ったがな」
「わたくし、勝訴しか受け付けませんの!!」
──この悪役令嬢、テンプレすぎて逆に好感持てるな。
そして数日後。王都・貴族裁判所。
金の装飾が施された法廷。裁判官席には王族関係者専用の高官。証人席には──
「リリアン嬢は、私に陰湿ないじめを繰り返し、毒を盛ったのです!」
そう語るのは、王子の隣に立つ美少女だった。
「それは“感情”の問題ではなく、“事実”の問題だ。毒を盛ったという証拠を」
「侍女が見たと……」
「その侍女、失踪中。記録も供述もなし。毒物反応もゼロだ」
俺は冷静に切り返し、さらに畳みかける。
「婚約書第六条。“名誉毀損が生じた場合、十万金貨の慰謝料および謝罪文を以って解決する”──とある」
「なっ……バカな……」
「バカじゃない。書いてある。これが、法の力だ」
判事が静かに告げた。
「王子アルベール殿下に、名誉毀損と婚約不履行の責任を認め、十万金貨の支払いと社交界への謝罪を命ずる──」
リリアン嬢はくるりとドレスを翻し、にっこり笑った。
「当然ですわ! わたくしを誰だと思っていらして? 悪役令嬢リリアン様ですのよ!」
「……せめて一回ぐらい、謙虚にしてくれないかな」
裁判の翌日。またもドアがバンッと開いた。
「せんせぇー! 昨日の裁判見ましたー! あたしもお願いしたいんスけど! 元カレにスライムぶつけられて会社クビになったんスよー!」
異世界法律相談所、今日も元気に営業中である。




