【第30話】 『訴訟魔法研究所、爆破される!? “魔法無効条項”の落とし穴』
異世界に来て早々、六法全書が最強武器だと知った俺は、あらゆる依頼人の裁判バトルを乗り越えてきた。
ドラゴンと地権争い、スライムの労働相談、サキュバスの浮気慰謝料請求、王子のファンクラブ訴訟……もはや常識が迷子だ。
──そんな俺のもとに、ある日、「爆発音付きの書簡」が届いた。
「高野弁護士、至急お願いしたい。訴訟魔法研究所が爆破されました。
容疑者は“魔法無効条項”を盾に黙秘中。……これは法の敗北ですか?」
爆破されました、ってサラッと書くなよ。ていうか、“訴訟魔法研究所”ってなんだ。
訪れたのは、王都北端の岩山地帯にある、地味な建物。
看板にはこうある。
> 《法理術式応用局認可研究施設・魔導訴訟戦略研究所》
──絶対やべぇ。
「……あの、所長のフリードリヒさんは?」
「はい。爆発に巻き込まれ、現在“証拠品倉庫No.3”に仮設療養中です」
なぜ倉庫で寝かせる。
俺は爆破現場に案内された。壁は崩れ、天井に謎の符号が刻まれている。
空気中に魔素の残滓が漂っていた。……明らかに爆発魔法だ。
だが、研究所の被疑者はこう言っているという。
「私の使った“ルクス=エンペール式魔導雷破”は、“無効魔法条項”付き契約に基づいたテスト行為であり、違法ではない」
──は?
事の経緯をまとめると、こうだ。
・研究所では、魔法による訴訟手段の合法性を研究していた
・ある研究員(容疑者)は、「魔法無効条項」の理論を試すため、勝手に自作の雷破術式を使った
・しかし、魔法無効条項が発動しなかった(術式に穴があった)
・結果、研究所が爆発。本人は「発動するはずだった」と主張している
つまり、「自分は保険をかけたつもりだったけど、効いてなかった」パターンだ。
これが現代日本なら、「えっ、嘘でしょ?」で片づく話だが……
ここは異世界。しかも、法に魔法が関与する世界だ。
「そもそも“魔法無効条項”ってのは、魔導契約における保険条項みたいなものです。
指定した呪文の発動を“意図的に”阻止できる理論……のはずだったんです」
と、補佐研究員のエルフが言う。
「……なら、その契約書を見せてくれ」
俺は手袋をして、魔導文書を広げた。契約条文の中に、見慣れない術式が仕込まれている。
「《被契約者は、万が一の際、魔法“発動しないこと”を前提に──」
その文言に、違和感が走った。
「……“発動しないことを前提に”って、保険になってないだろ」
「え?」
俺は指差した。
「発動“しないことを前提に”、ってつまり“万が一に備えてない”ってことだ。
契約文としての整合性が、そもそも崩壊してるんだよ」
「……!」
「そして爆破による被害は既に発生してる。本人に“無過失”の主張はできない。
過失責任は重いぞ、異世界でもな」
その瞬間、後ろから起き上がった包帯まみれの所長が、ガッツポーズをして言った。
「そう! その指摘を待っていた! これで我々の仮説は立証されたッッ!!」
「……え、えええええ!?」
なんと、今回の爆破は、“無効魔法条項の法的限界”を検証する実験でもあったという。
「私は命がけで! 魔法の保険契約の“抜け穴”を証明したのだ! 高野弁護士、あなたには感謝しかないッ!」
俺の知らないところで、法と魔法の戦争が、今日も静かに進んでいた。
次はもっと、平和な依頼を頼む──マジで。
あの爆破騒動から数日。
訴訟魔法研究所は、予想以上にしれっと営業を再開していた。建物こそ半壊状態だが、所長曰く「被害額より学術的収穫のほうが大きい」とのこと。──知るか。
そして俺は、呼び出された。
理由はただ一つ。
「高野先生、あの件の爆心地で、“爆破を起こした張本人のインタビュー”をお願いできませんか?」
正直、嫌すぎた。
だが、司法記録に“魔法契約による爆破の証拠経過”を添えるためには、当人の証言が必要とのこと。
というわけで、俺は研究所地下の……なんと“呪術除染室”という重々しい名前の部屋へ通された。
「どうも〜。メルキオルです〜。あ、火傷の跡は気にしないでくださいね。愛嬌です」
出てきたのは、頬にでっかい包帯を貼り、テンション高めの青年だった。
見た目こそ理知的な魔導士風だが、しゃべりだすと止まらない。まるで陰謀系YouTuberだ。
「いや〜、やっぱりね! あの条文は爆発すると思ってたんですよ〜!」
「……どういう意味だ、それ」
「だって、“万が一の発動”に備えた条文で“発動しない前提”って、矛盾じゃないですか〜。それを証明するには、爆発してもらうしかないでしょ!?」
俺は思わず六法全書で頭を小突きたくなった。
「お前、それ故意だろ。過失を装った故意犯。最悪じゃないか」
「いやいやいや! 実験ですよ? 科学的興味ってやつです! あと、記録ちゃんと取ってましたし、被害者いなかったですし」
「所長、燃えかけてたぞ」
「彼は燃えるタイプなんで……情熱が」
冗談を言ってる顔じゃなかった。というか、この男、本気で自分の爆破を“学術的論文に昇華できるイベント”だと信じているらしい。
「でも結果的に、無効魔法条項の盲点を暴いたんです。
これ、司法試験の判例集に載りますよ、たぶん《メルキオル爆破事件》として!」
載せるかバカ。
俺は疲れ果てて、記録用の魔導式ペンを止めた。
「最後に聞く。お前、後悔してないのか?」
そう問うと、メルキオルは真顔で、こう言った。
「……後悔してます。次は爆発“音”だけで済むようにしたい」
「違うそうじゃない」
こうして俺は、司法史上もっとも迷惑な研究員の“熱い爆心”を聞かされる羽目になった。
彼は今も元気に研究所に通い、「次の判例を生み出すぞ!」と意気込んでいる。
頼むから、今度は火を使うな──。




