【第29話 】『勇者サイン会 中止騒動! 肖像権と魔法複製の境界線』
真夏の陽射しがジリジリと石畳を焼いている王都中央広場。今日の俺は、涼しい書庫の中ではなく、なぜか勇者アストルのサイン会の“法律顧問”として呼び出されていた。
理由は一つ――魔導コピーによる肖像権侵害。しかも、それが“発光機能つきの抱き枕”にまで発展していたからだ。
「なぁ先生! オレの顔が勝手にプリントされて、しかも……夜中に発光すんだよ!? あれ、絶対怖いって!!」
と、真剣な顔で訴えるのは、件の勇者アストル。背中に剣、マントはひらりと風にたなびき、容姿は王子様そのもの……だが話し方は近所のノリの軽い兄ちゃんだ。
「抱き枕じゃなくて、魔導具です。いや、魔導具という名の……たぶんファングッズですね」
「ファンって言っても限度があるだろ!? オレ、あの枕と結婚させられそうになったんだよ!? とある村の貴族が『これで家名を繋ぐ』とか言い出して……!」
「それ、もはや人権侵害じゃなくて、物品婚約詐欺……いや、文化的にどうなの……?」
とにかく、問題のサークル“魔写の泉”は、アストルの肖像を魔導写写で撮影し、拡大・光学転写し放題。現在、その抱き枕は“夜中に語りかけてくる”という謎のオプション付きで販売されていた。
「……この契約書も読んだんですけど、“本人不在でも肖像の魔力波を感じた場合は販売OK”って、どう考えてもおかしいでしょ」
「やっぱり!? あいつら適当に書いたんだよな!?」
アストルは悔しそうに拳を握る。ちなみに、契約書は小さなルーン文字で書かれており、読み解くのに魔法光源を三つも使った。あれを「ちゃんと読めば分かる」って言った作者に、俺はいっそ懲役を勧めたい。
そしてそのとき。
「おい、あの荷車に何か積んでるぞ!」
群衆の一角から声が上がる。見ると、怪しげなフード姿の男たちが、何やら箱を抱えて逃げ出していた。
「あ、あれ! あれだよ! 発光抱き枕!! しかも最新版だ!! 喋る!!」
「喋るのかよ!」
「夜中に“勇者アストルです。おやすみなさい”って言うらしい!」
現場は騒然。
そしてアストルは叫んだ。
「勝手に寝言を録音すんなァァァァァァ!!」
マントを翻し、彼は華麗に跳躍し、抱き枕を手に持ったフード男の頭上に降り立った。
「おのれ勇者の名を騙り……今ここで、肖像権剣・第二条、抜刀ッ!!」
勇者は本当に剣を抜いた。
会場は大混乱。
俺は――
「アストル君! それ! 営業妨害になるから! あと器物損壊も……あああ、もう遅い!」
バキィン!
発光する枕が真っ二つになった。
静まり返る広場。
そのなかで、俺は静かにメモを取った。
「営業妨害(自爆)」「名誉棄損(本人)」「公共の場での剣術行使による治安条令違反(再)」
書ききれない。
「……先生、なんとかしてよぉ……オレ、ただサインしたかっただけなのに……」
泣きそうなアストルに私は言う。
「はい、わかりました。では次からサイン会を開く際は、肖像使用の契約同意書と“魔導具拡張条項の明示を参加者全員に確認してもらいます。あと、自作抱き枕は禁止」
「……うん。ありがとう、先生。オレ……サイン会、嫌いになりそう」
「まあ、あなたの寝言が勝手に商品化される世界ですからね……」
かくして、勇者サイン会は無事――いや、無事じゃないけど、法的には完了した。
そして俺は、事務所に戻るなり、机の上に置かれた発光抱き枕(試作品)を見て、そっと物陰に隠した。
「……誰が持ち込んだんだ、これ」
■
俺がその“抱き枕”と対面したのは、裁判所の証拠保管室だった。
ふわふわの青い生地に、やたらとキメ顔をしている金髪の勇者アストルのイラスト。そして、枕に近づくと──
「……もう、剣なんか捨てて、君の隣で眠っていたい……ぐぅ……」
しゃべった。いや、寝言をしゃべった。
しかも、イケボで。
「……弁護士先生? どう思います?」
横にいたのは今回の相談人、“元魔導コピー師”を名乗るメメル嬢。小柄なエルフで、紫の三つ編みに眼鏡を乗せ、見た目は真面目だがその言葉の端々からヤバさが滲んでいた。
「いや……どう思うもなにも、著作権と人格権のダブルアウトですねこれ」
「でも! 寝言ですよ!? 本人の意思ないんです!?」
「逆にそれが問題なんだ。本人の意思がないのに商品化された寝言、しかも“発光するしゃべる抱き枕”って、肖像権と音声権の侵害に加えて人格権まで踏んでる」
「えっ……人格まで!?」
「勇者の“人となり”を完全におもちゃにしてる時点でな……」
思わず天を仰いだ。いや、抱き枕に仰がされたのかもしれない。
この問題の発端は、魔導グッズサークル《魔写の泉》が販売した、勇者アストルボイス内蔵抱き枕・限定300体。
大ヒットだった。いや、当初は。
「毎晩添い寝してくれる“アストル様”に、女子たちは骨抜きよ!」
「え、昼間でも“起きろ!俺の剣がお前を起こす!”って叫ぶんだけど……」
「それがまた良いのよ〜♡」
……わかってる。俺も男だ。気持ちはわかる。
でもこれ、完全にアウトなやつだ。
しかも、魔導音声は本人の寝言を勝手に魔法録音したもので、販売元の《魔写の泉》は「寝言は誰のものか」という、よくわからん持論で開き直っていた。
「……つまり、夢の中でつぶやいた言葉は、公共の夢財産である、と?」
「そうです! 夢は……みんなのもの!」
「じゃあ俺の夢で見た変な踊りしてるサキュバスも、みんなに配っていいんですね?」
「やめてください!!それはダメです!!」
……どこに線引きがあるのか分からない。
結局、裁判では無断録音された寝言に商品価値が発生した以上、人格権・肖像権・音声使用権の侵害である”と認定され、《魔写の泉》は全面敗訴。サークルは活動停止処分となった。
……と、ここまでが表の話だ。
実はあの後、メメル嬢が新しく立ち上げたサークル《モフっとメモリーズ》が、今度は合法的に書記官モフの癒しボイスグッズを販売開始。
曰く、
「……“おつかれにゃ〜”ってモフが囁くんです、寝るとき♡」
「それは合法です。書記官の許可取ってますし、猫語は翻訳されませんから」
俺の法廷には今日も、寝言と猫語と法解釈が渦巻いている。
それにしても、アストル勇者──
「くっそぉおおお! なんでモフは許されて、俺はダメなんだよおおお!」
事務所の窓の外、勇者の悲痛な叫びが響いていた。
■
裁判は終わったはずだった。
勇者アストルが、自身の「寝言ボイス付き抱き枕」を勝手に売られたとして提訴した訴訟──通称“抱き枕裁判”は、完膚なきまでに《魔写の泉》側の敗北に終わった。
だが、真の戦いはそこからだった。
──その日、俺の法律事務所の前に、彼は現れた。
銀の鎧に赤いマント。なのに手にはマイク型の魔導アイテムを装備していた。
「Yo Yo Yo〜! 法は俺を守ってくれたが、魂はまだ炎上中!」
……おい、始まったな。
「司法に勝って、でも失った! 俺の寝顔が全国販売ッ!
寝言ボイスに“ぷに感タッチ”、だが夢の中じゃ訴訟ラッシュッ!」
何が恐ろしいって、ビートがちゃんと魔法で流れてることだ。
しかもそれに対抗する形で、裁判所からも人が出てきた。
黒衣に角帽、杖を小脇に抱えた──なんと裁判官スラーディアだ。
「Yo Yo Yo! 法廷バイブスなめんなよ?
条文レペゼン、粘液マスター!
寝言だろうが証拠残れば、人格権はシステムエラーッ!」
まさかの裁判官VS勇者のマジラップバトル。
群衆が集まりはじめ、商店街のおばちゃんたちまでノリ始める始末。
中にはスマホで録音してる魔法商会の連中もいる。これはまた訴訟の種が増えそうだ……。
それにしてもアストル、やるじゃないか。表情は真剣そのもの。
拍子を取りながら、マントを翻し、語る。
「スラーディアよ、俺は問う!
法と情熱、どっちが正義!?
寝言は無意識、でも愛は本気!
この炎、抱き枕より熱いぜッ!」
……いや、上手いな。
こっちは法廷側のスラーディアも黙っちゃいない。
「誇りの剣と、おまえの寝顔。
守るべきは、プライバシー条項!
感情任せで商品化すな、
判決文はラップ界の憲法だ!」
最終的にこの騒ぎを止めたのは、書記官モフだった。
「にゃ〜ん♡(いいかげんにするにゃ)」
突如、猫型の書記官が音響魔法で拡声され、会場一帯が静まり返る。
そしてモフがぴょん、と舞台に上がり、こう言った。
「抱き枕は……合法と違法の“狭間のクッション”なのにゃ。
だけど勇者さんの想いが真実なら、
次はちゃんと許可取って、“公認ボイスCD”にするにゃ!」
拍手喝采。
スラーディアもアストルも、思わず肩をすくめて笑った。
こうして、異世界史上初の法廷発祥ラップバトルは、
書記官モフのひと言で、静かに幕を下ろした。
ちなみに──
この一件をきっかけに、アストルは“マジ勇ラッパー”として音楽デビュー。
1stアルバム『法廷の剣』は、王都でまさかの大ヒットを記録することとなる。




