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『異世界で行列の出来る法律相談始めました〜DV裁判中に刺されて死んだ俺、目覚めたら魔法も剣もない世界で六法全書が最強だった件〜』  作者: カトラス


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【第25話 】『“無詠唱魔法”は特許対象? 魔法と知財の境界線』

 朝、いつものように珈琲を淹れてデスクに向かおうとしたその瞬間、扉が、バン! と音を立てて開いた。


「先生、これは国家的陰謀ですわ!」


 ローブ姿の少女が部屋に突進してきた。目は血走り、手には何冊もの魔導書。机に叩きつけられたそれが、ぽふっ、と小さく音を立てて跳ねた。


「……おはようございます。国家的陰謀の詳細を、お茶でも飲みながら伺いましょうか」


「茶など要りません! わたくしの“無詠唱魔法”が、勝手に特許登録されていたのですわ!」


 お茶淹れ損ねた。


 やってきたのは天才魔導士・セシリア=アトレイユ嬢。王都では「白銀の天雷」と呼ばれているらしい。年齢は十代後半、眉間のシワはたぶん僕の倍。


「それって、誰が登録したんですか?」


「この男爵ですわ! バーンズ男爵! 無詠唱魔法の理論を学会発表前に盗み見て……しかも登録名が“詠唱レス火球発射術”ってふざけてますわよ!」


「……雑すぎません?」


「ほんとうに! もっと格調高く、“音律不要高位魔術式連鎖理論”とか、そう名乗るべきでしたのに……!」


「うーん、たしかに“詠唱レス火球”だと、なんだかファストフードのメニューっぽいですね」


「だからそれが問題ですの!」


 どうやら今回の相談は、魔法の発動方式に関する知的財産権――要するに“魔導特許”の話らしい。


 異世界にもあるんだ、そういうの。


「それで、特許庁には異議申し立てを?」


「はい! でも、担当官が“これは男爵の発明に間違いない”などと申すのです!」


「……癒着ですかね」


「十中八九ですわね」


 僕は《異世界六法全書・改》を開いた。魔導特許法の条文をざっと確認する。


「……魔術における“発動様式”が、他者に使用されることを想定している場合、発明として認定可能。って書いてますね」


「でも、わたくしはそんな登録申請、しておりませんわ!」


「よし、戦いましょう」


 そして法廷。


 バーンズ男爵はふてぶてしい態度で椅子にふんぞり返っていた。


「無詠唱魔法? 偶然思いついたに過ぎませんよ。彼女の研究なんて知らないね」


「なるほど。では質問ですが、あなたが特許申請したときに添付された“魔力量干渉グラフ”、これはどこで取得されたものですか?」


「えっ、それは……記録担当が……」


「その記録担当が、セシリア嬢の研究室の職員であることをご存知でしたか?」


「……あっ」


「ご安心ください。本人の証言も、研究室の出入り記録も、そして魔力痕跡の鑑定書も、すべてこちらに揃ってます」


 男爵の顔から血の気が引いていく。


「う、嘘だ! 私は知らなかった! 私は悪くない!」


「では、魔法発動の術式パターンの一致率が“99.97%”だった件については?」


「……じ、実は共同研究だった、ということで……」


「記録に一切、あなたの名前がないのですが?」


「…………。」


 勝負あり。


 裁判官は短く判決を言い渡した。


「“詠唱レス火球発射術”における特許登録は、不正に取得されたものであり、これを無効とする」


 セシリア嬢は僕の手を握り、思い切り頷いた。


「ありがとう、先生。わたくし、研究を諦めなくて済みましたわ」


「いや、こちらこそいい勉強になりました。……ところで、今後の研究資料は厳重に保管しておいてくださいね?」


「はっ……! そ、それも教えてくださるのですか?」


「はい、“知財法”の講義、割と得意です」


 こうして、今日も一件落着――


 ……と思ったら、帰り際にセシリア嬢がつぶやいた。


「これで次は、“無詠唱で氷魔法を同時に五重詠唱発動”できますわ!」


「……ちょっと待って、詠唱レスなのに五重詠唱って、矛盾してません?」


「ですから、詠唱“していない”状態で、“しているふり”を五回分同時に行うという……」


「うわー、法廷より難しい世界だこれ……」



王都・西法務区にそびえ立つ建物、それが《中央特許塔》──別名「魔導発明墓場」。


 ……などと揶揄されるのには理由がある。ここは天才魔導士たちの発明や発見が、“お役所的都合”で次々と埋葬されていく悲しき知の迷宮なのだ。


「わたくしの“詠唱レス高位多重連鎖式雷球術”を“ただの電撃”と記録したのはどなたですの!!」


 怒号が木霊したのは午前十時、受付三番窓口。

 セシリア嬢、再び爆誕。

 受付の老職員は、震える手で印鑑を持ち直す。


「そ、そちらの魔法術式に関する判定は、担当の弁理士《クラヴァート=メンデル》が──」


「クラヴァート様ですのね!? ならば、お呼びくださいまし!!」


 そして5分後──


「……君、ちょっと静かにしてもらえるかな。今、昼休憩なんだよ。私のスープが冷めてしまう」


 現れたのはひょろ長い中年男。魔導袍の袖には「弁理士」の刺繍があり、手にはスプーン。


「セシリア=アトレイユ嬢ね? ああ、書類読んだけどさ。無詠唱魔法なんてさ、もう飽和状態なんだよ」


「飽和!? わたくしの術式は雷と氷を同時に──」


「同時ってのはね、重ねて出せるってだけじゃなくて、“第三者でも容易に再現可能”でなきゃ特許通らないの。わかる? だから却下」


「ふざけないでくださいまし!!」


 バァン!!

 雷球(出力10%)が背後の観葉植物を散らした。


「……君、威嚇は犯罪だって知ってるよね?」


「ではこうしましょう。わたくしの術式を、あなたが“容易に再現可能”か実演してみなさい!」


「えっ」


 クラヴァート氏、スプーンを落とした。


 その後、セシリア嬢は法廷顔負けの長時間プレゼンを開始。

 雷のエレメント構造図、詠唱飛躍パターン、魔力の分離再統合グラフ……。


「どうです!? これが“容易”ですの!? “再現可能”ですの!?」


 ――受付に拍手が起きた。


 見物に来ていた研究員たちがざわつく中、クラヴァート氏はポツリと呟いた。


「……やっぱ、君みたいなやつが出てくると、俺たちの昼飯が冷めるから困るんだよな」


「は、はぁ!?」


「でも、まあ……合格。登録してやるよ。“音律不要雷氷複合連鎖術式”、今日から君の名義ってことで」


「本当ですの!?」


「ただし、ラーメン奢ってくれたらな。俺、豚骨派だから」


 ……こうしてセシリア嬢は、“特許庁を落とした女”として、法曹界でも噂になるのだった。



 昼休憩。

 王都法務街の中央特許塔――通称「魔導庁」の地下階を抜けた裏路地に、小さなラーメン屋がある。


 《らぁ麺ユグドラ》。

 目立たない外観、看板にはこう記されている。


 『法も塩も効かせすぎ厳禁』


 そう、ここは特許魔法に疲れた役人たちが、こっそりと“魂のチャージ”をしにくる聖域だ。


「いらっしゃい、クラヴァートさん。今日も“特濃”で?」


「うん、あと味玉を。……軽犯罪法第三十七条、“味玉は課税対象外”ってことで」


 カウンターに腰を下ろした俺に、店主が苦笑いを浮かべた。

 彼は元・魔法院の調査官。いまは引退して、ラーメン職人に転身した変わり者だ。


 すぐに湯気立つ一杯が、目の前に置かれる。


 “魔力豚骨・特濃”――妖獣グリュウの骨を煮出した深みのあるスープ。


 一口すする。

 舌の上でとろける旨味が、脳に“無詠唱で直送”されていく。


 ──ああ、これだ。


 午前中だけで特許申請書を16枚処理し、“無詠唱多重雷撃魔法”とかいう超複雑な術式を“再現性なし”で却下したあとには、これくらいの滋養がなければやってられない。


「どうだった? セシリア嬢の術式」


「んー……旨いけど、彼女は怖い。書類は丁寧だけど、プレゼンが雷属性すぎて。観葉植物がまた犠牲になったよ」


「ははっ。植物法違反で訴えられるかもな」


 そんな他愛のない会話をしながら、俺は替え玉を頼んだ。


 二玉目に突入するころ、ふと横を見ると、見慣れた金髪の少女が冷やし雷そばをすすっていた。


「……ぬるいわ……魔力の活性が……」


 また呟いてる。あの子、絶対呪文詠唱じゃなくて“ただの独り言”なんだろうけど、隣の席の客が縮こまってるぞ。


 ……ま、いいか。ここは戦場じゃない。ラーメン屋だ。


 俺たちは、法と魔法の狭間に生きている。

 そのなかで、唯一無二の“中立地帯”が、ここの一杯なんだ。


 俺は最後のスープを飲み干し、ため息をついた。


「……この味に、審査不要」



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