【第21話 】『依頼人はおじいさん(推定800歳)〜寿命と遺言の法的限界に挑む〜』
俺の相談所には、いろんな奴が来る。
オークに、悪役令嬢に、ドラゴンにスライム、果てはモフまで。
でも、今日の依頼人はちょっとどころじゃなく、規格外だった。
「……高野せんせいじゃな? わしじゃ。はじめましてじゃが、どこかで会うた気がするのう」
杖を突いて、ひょこひょこ歩いてきたのは――全身シワとヒゲで構成されたような、まさに“長老”としか言いようのない男だった。
肌は干からびた羊皮紙みたいで、声は風が吹いただけで消えそうなレベル。
この世界でも“年寄り”の概念はあるが、問題はその年齢だ。
「ご年齢は……?」
「だいたいじゃが、八百と二つじゃな。数えんのめんどくさくなってのう」
聞いた瞬間、俺の中の労基法と民法と遺言法が同時に警報を鳴らした。
というのも――この依頼、「遺言書の効力を確認してほしい」というものだったのだ。
「ちょっと待ってください。遺言って、本人が死んでるか、余命わずかって前提じゃ……」
「うむ。実は五百年前にも書いたし、三百年前にも改訂した。だが、わしが死なんのじゃ」
「……いや、死んでないならまだ有効じゃないし、しかもその改訂、古文書レベルでしょ」
しかもその内容がまたヒドい。
「“ワシの財産を、未来に現れる『竜の血を引くイケメン』に譲る”って、何考えてるんです?」
「ロマンじゃよ、誠一殿。未来はいつも美しくあれ」
「裁判官、これを“遺言”として法的に扱うのは、無理筋です」
ところが、事態は思わぬ方向へ。
このお爺さん、どうやら“永命の祝福”を受けた精霊種族の末裔らしく、死ねない体質だった。
つまり、本人が死ななければ、遺言は永遠に発効しない。
しかも問題はそこじゃなかった。
「最近、ワシの記憶がちと怪しくなってのう」
どうやら、自分が何を書いたか覚えてない。
そのせいで、町中の若者を片っ端から“おぬし、竜の血は引いとるか?”とスカウトしてるらしい。
完全に迷惑行為である。
結局俺は、異世界六法の“寿命及び意思能力に関する特例条項”を使って、遺言の棚上げ処理を申請することにした。
「つまり、まだ発効する段階じゃないから“仮保留”。そのうえで、本人が精神的に不安定なら保佐人をつけるってことです」
「むむ……ワシ、まだしっかりしておるぞ。今朝もスライムに囲まれて無傷で帰ってきたし!」
「それ、記憶の捏造じゃないですか……?」
裁判所では穏やかに笑う高齢判事が一言。
「私の孫よりもご年配の依頼人は、初めて見ました」
「もふふ。わしも初めて見たもふ」
※いつの間にか傍聴席にいたモフ(補助書記官)
最終的に、お爺さんには専門介護士の派遣が決まり、遺言は暫定封印処理された。
だが本人は満足げに帰っていった。
「いやー、ええ裁判じゃった。死ぬ前にもう一度法廷に立てて、嬉しいわい」
「……その“死ぬ前”が、あと何世紀先か分かりませんけどね」
ちなみにお爺さん、裁判後に俺の肩をぽんと叩いてこう言った。
「また五百年後、見に来るからのう!」
「いや、俺の寿命が切れてますよ、確実に!」
あの乾いた笑い声が、なぜか耳に残ったまま、俺は今日も六法全書をめくるのだった。
■
俺の仕事は、異世界で法律相談を請け負うことだ。
人間、エルフ、ドラゴン、スライム、最近では幽霊までも。
まあ、なんだって相手にするが……このじいさんだけは、正直、想定外だった。
「先生、ワシ、働きたいんじゃ」
800歳を超えた仙命翁が真顔でそう言ったとき、俺はマジで耳を疑った。
「……働きたい?」
「余生が長すぎてのう。そろそろ“社会貢献”でもせねば、魂が腐ってしまう」
「魂が腐る前に骨も砕けそうなんですが……」
だが、冗談ではなかった。
本気で、彼は就職活動を始めた。
◆履歴書地獄
俺は王都職業相談所に同行する羽目になった。
係の受付嬢が微笑んで聞く。
「前職の経験はございますか?」
「うむ。“天地創造時の火山爆発を見た”こと、“魔王に一回だけ説教した”こと、それと“石化して500年寝た”ことじゃ」
「……あの、レジェンド過ぎて何を参考にしていいのかわかりません」
この時点で俺は理解した。
この仕事、絶対にまともに終わらん。
◆試しに働いてみた
まずは実地。
【候補①:保育士(モフモフ担当)】
「ふわぁああああ! “もふじい”だぁああああああ!」
――子どもたちが懐きすぎて保育にならず、職場崩壊。
【候補②:語り部】
「むかしむかし、ワシがまだ若かったころ……」
――観客が5分で寝落ち。警備隊に“催眠魔法の使用疑惑”で通報される。
【候補③:スライム語翻訳士】
「……“ぷるぷる、もちもち”って、どんな意味です?」
「恋の告白じゃな」
――どうやって翻訳した。
◆そして、古い契約書が出てくる
相談所から戻った彼が、懐から一枚の羊皮紙を出した。
「先生、これ、昔の契約書なんじゃが……」
精霊との《永命契約》と書かれていた。そこにはこうある。
“この命、役目を終えるまで有効”
つまり、まだ成仏できないのは契約不履行だから。
なにそれ、めんどくせえ。
◆法廷アドバイザー、始めました
俺は彼を、王立裁判所の“高齢者制度アドバイザー”に推薦した。
遺言書の検証や、高齢者支援制度の提案を担当。
「先生……ワシ、やっとわかった気がするんじゃ」
「なにをです?」
「働くというのは、ただ食うためじゃない。“必要とされること”が嬉しいのう」
……800年経ってようやくか。深すぎるわ。
◆ラストメッセージ
任期一か月後。精霊との契約が発動し、光に包まれた彼はこう言った。
「先生……ワシ、そろそろ逝けそうな気がする……ただ……」
「まさか、“あとひとつだけ”とか言わないですよね?」
「実は、屋敷の温泉の下に、ワシの金庫が――」
「だから言わんこっちゃない!!!!」
800年の余生にも、最後はやっぱり“オチ”がついた。
◆後日談
新たに裁判所に配属された新人職員の名札には、こうあった。
『若見 翁』――
「いや顔、完全にあんたですやん!!!!」
仙命翁の伝説は、終わらない。
むしろ、“再就職”してからが本番だったのかもしれない。




