【第20話 】『モフモフを返して! 精霊契約とペットトラブル訴訟』
――ある日、法律相談所のドアが、静かに、しかし尋常じゃない勢いで開かれた。
「先生、助けてくださいっ!」
入ってきたのは、フリルのついたワンピースを着た少女。いや、もうちょっと年上か……たぶん十七、八歳くらい。
その肩の上には、うさぎのような、猫のような、ふわっふわの謎生物が乗っていた。
「この子――“モフ”が、私から奪われそうなんですっ!」
彼女の名は、メルフィ=ローラン。王立精霊学院の学生で、“風の精霊術”の使い手だという。
問題の“モフ”は、精霊界との契約で顕現したらしいが……現在、学院側が「それは教育資産だ」として回収しようとしているらしい。
「ふざけた話だな。自分で契約して召喚した精霊を、学院の持ち物って……」
「先生、モフはただのペットじゃないんです! 私にとっては家族なんです!」
彼女の目には、涙が浮かんでいた。
……よし、これは争う価値がある。
さっそく、異世界六法全書・改の“精霊契約法”の該当ページをめくる。
――第23条、「顕現精霊の所有権は、契約者に帰属する。ただし教育機関においては、一定の制限を加えることができる」。
「くせぇ条文だな……」
精霊学院からは代理人として、精霊法学の教授・グレムト=ギアスが登場。
見た目は小型の山みたいな巨体に、分厚い丸メガネ。まさに“モフを奪う側の典型”的なやつだ。
「顕現は学院の教義に則って行われた。従って、モフは“学院精霊資産コード45”に準拠し、保護回収されるべきものです」
「その割に、メルフィさんがご飯からブラッシングまで全部してるって証拠ありますよ?」
俺は提出された“モフ日記”を取り出す。
《2月12日 モフ、にんじん食べた。かわいい。》
《2月13日 モフ、寝ながらおならした。かわいい。》
《2月14日 モフ、私の布団にもぐってきた。尊い。》
「……異常なほどの愛情ですな」
「異常じゃなくて愛情です!」
さらに、モフ自身(※翻訳魔法使用)の証言も提出。
「もふ……もふふ。ぼく、めるふぃが、いちばん、すき……もふ!」
この爆弾発言により、裁判所の空気は完全に依頼人側へ傾いた。
グレムト教授が悔しそうに言う。
「……この精霊、情に訴えすぎる……!」
「法律も情も使ってこその弁護士です。ね、モフ?」
「もっふ!」
こうして裁判は、モフの“自己意思”が確認されたことで、メルフィの勝訴に終わった。
最終的には、学院における“精霊教育の人道的見直し”まで議論されることとなった。
裁判後、メルフィが深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございました……先生がいなければ、モフは今頃、研究対象にされてました……!」
「いや、礼には及ばない。俺は依頼人とモフの味方だからな」
肩に乗ったモフが、俺の頬にふわっと頬ずりしてきた。
「もふふ。せいいち、すき」
「お、おう……!?」
……なぜか最近、依頼人以外からも好かれることが増えてきた気がする。
けどまあ、モフモフに好かれるなら、それはそれでいいか。
俺は頬をくすぐる柔らかさに癒されながら、次の依頼に備えて六法全書を開いた。
■
まさか、うちの法律相談所に“研修希望者”が来る日が来るとは思わなかった。
しかも、研修希望者が――スライムでも、悪役令嬢でも、勇者でもなく。
モフモフ系精霊だなんて、誰が想像する?
「もふっ! しょきかん、する!」
裁判所の受付で、ちょこんと帽子をかぶったモフが、元気に“自己申告”したのが始まりだった。
「いや……書記官って、そんな感じでなれるもんじゃないんだよ、モフ」
「もふ? がっこうで“しょるいさんばつ”おぼえたもふ!」
「いや、字書けないだろお前……って、えっ、書けるの!?」
書けた。
しかも、ひらがなと精霊文字を織り交ぜた独自フォントで、裁判の記録を“ふわふわ”と残していく。
見た目はどう見ても落書きなのに、内容は正確だった。
さすが、精霊契約者メルフィの“副精霊”……侮れない。
最初は裁判所の事務局も、完全に冷笑モードだった。
「……え? もふ……? どこに座らせるんですか、あの生き物」
「いや、そもそも座らないし、浮いてますね」
だが、第1回公判が始まると、その風向きは一変した。
「記録官、証人の陳述まとめて」
「もふっ! “うそついた。しょうこない”……もふふっ、オーケー!」
高速で“もふ文字”が紙に刻まれていく。
なぜかインクは使わず、空気中の花粉を魔力で集めて書いてるらしい。便利かつエコ。
その日以来、法廷の片隅には“補助書記官席”が常設されるようになった。
来庁する子どもたちにも大人気で、「もふさーん!」「サインしてー!」と囲まれては、精霊的にふるふると揺れながら対応していた。
ただ――問題もあった。
「誠一せんせい、もふ、きょう、“くるまいすのちゅうしゃスペース”にいた」
「うん、それは書記官席じゃないし、やめてな」
ある日、モフが突然“裁判中に爆睡”してしまい、傍聴席が笑いに包まれたこともある。
……まあ、精霊にも昼寝は必要か。
「でもモフ、やるときはやる子なんですわよ」
と、メルフィが誇らしげに言う。
……たしかに。前回の“ペットトラブル訴訟”での証言も、モフの一声が判決を左右した。
そんなモフだが、最近ではなんと“モフ印”のスタンプが裁判文書に正式採用され始めている。
「これは……判例としても前例がないな」
「もふふ。せいぶんかがくてきにも、だいじなハンコ。ぷにっ」
裁判所の隅。
今日もモフは、書類の山の上で転がっている。
それを見た俺は、そっと胸の中で思った。
「きっと、あいつなりに、この世界の“法”を愛してるんだな……」
――モフ。
お前のそのぷるぷるした体の中に、きっと“正義”が詰まってる。
誰よりも、柔らかくて、温かい正義が。
その証拠に――
「もふー! せんせい、きょうのごはん、なぁにっ?」
「ほらな。お前、完全に事務所のペット扱いになってるからな」
俺は微笑んで、モフの頭をなでた。
ぷにっと跳ねた耳が、ちょっとくすぐったかった。




