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【第2話】 『婚約破棄された悪役令嬢、法廷で華麗に逆転しますわ!』

 俺の名は鷹野誠一。元・日本の弁護士。今は異世界の──たぶん唯一の──六法専門法術士である。


 華やかな逆転劇、劇的な法廷バトル、そして依頼人たちの涙と喝采──

 ……というのは“表の顔”。


 実際の俺の日常はというと──


「先生、魔族間契約書ってどこに保管してたっけ? この前の“血で署名するやつ”ですわ」


「棚の左から三番目、“呪い付き書類”フォルダーに入れてあるはず。ゴーグル着用して開けてな」


「ひぃ……あれ、パチパチ音がしてて怖いんですの……」


 助手のエミリア嬢が、今はすっかり書類係になっていた。ドレスの裾を持ち上げながら、ひぃひぃ言いながら契約書を漁っている。


「そういえば、この前のオークさんから“村の井戸に貼られた立入禁止の張り紙が無効だったのでは?”って手紙が来てますの」


「ああ、それは村長印が無効になってた時期のやつだな。貼ったのは未成年の孫で、村議会の承認もなかった。無効だ」


「なるほどですわ〜。……で、お返事はどうしましょう?」


「『あなたの行動は法的に問題ないが、井戸の中に落ちた豚の損害賠償は免れません』って伝えといてくれ」


「ぶ、豚……?」


 そんなやりとりをしつつ、俺の机には今日も大量の書類と紅茶と……なぜか昨日から居座ってる猫型精霊が丸くなっている。


「にゃー(依頼人を待ってる間が一番退屈にゃ)」


「俺だって暇じゃないんだよ。今から“異種間婚姻届の効力に関する法的整合性”の整理だぞ……」


 異世界での弁護士業。

 確かにスカッとする逆転劇もある。だが、その裏には地味で地道な、書類地獄があるのだ。


 そして今日も──


「せんせぇー! 村の酒場で“口約束した結婚”が本気だったとか言われて、訴えられたんスけど〜!」


 ドアがまたも乱暴に開き、次の相談者がやってくる。


 ──異世界の法律相談所、繁盛中である。


昼下がりの相談所。窓から差し込む陽光に、ほこりがふわりと舞う。静寂を破ったのは、ドアを叩き割らんばかりの勢いの開扉だった。


「失礼いたしますわ!」


 高らかな声とともに現れたのは、金髪の縦ロールを揺らした華やかな少女。真紅のドレスに白手袋、そして地面を擦るようなヒールの音が、場違いなほど響いた。


「わたくし、リリアン・フォン・クロイツェル! 今日この場において婚約破棄の撤回と、名誉の回復を求めてまいりましたの!」


 俺──鷹野誠一は、六法全書・改を机に置いたまま、無言で紅茶を差し出した。彼女は少し眉をひそめて口を開く。


「……ありがとうございますわ。でも、紅茶でお願いしたいですの」


「それ、紅茶だけど……まあいいや。で、話を聞こうか」


 俺が促すと、リリアン嬢はやや涙目になりながら腰を下ろした。カップの取っ手を持つ手が微かに震えている。


「王子アルベールに、婚約破棄を宣言されましたの。理由は、わたくしが平民の娘を虐めたとか、毒を盛ったとか……全部嘘ですのよ! 証拠なんて、なにもありませんの!」


 彼女の声はだんだんと熱を帯び、最後には机を叩いて立ち上がった。


「なのに、社交界では“悪役令嬢”の烙印を押されて、笑いものにされて……! こんな理不尽、許されてたまりますか!」


「──気持ちは分かった」


 俺は六法全書・改を開き、異世界貴族法の項をなぞる。


「つまり、証拠はなく、王子の主張のみで婚約破棄が進んでいる。だが、それには法的な瑕疵がある。貴族法第十二条、婚約破棄には“確たる証拠”が求められる」


「先生……つまり、勝てるということですの?」


「いや、勝てるとは言ってない。戦える、とは言ったけどな」


「わたくし、勝訴しか受け付けませんの!」


 ──この悪役令嬢、ノリがテンプレすぎて逆に清々しいな。


 とはいえ、この手の案件、日本でも珍しくはなかった。名誉毀損、風評被害、婚約破棄の無効確認。法廷経験がモノを言う。


 そして数日後、場所は王都の貴族裁判所。


 高い天井、金の装飾が施された扉、そして王族関係者専用の裁判官席。


 証人席に現れたのは、見るからに清楚な美少女。涙ぐみながら王子に寄り添い、“私は被害者”オーラを全身に纏っている。


「リリアン嬢は、私の大切な人を侮辱し、陰湿な嫌がらせを繰り返し、挙げ句には毒を盛ったのです! 私にはもう、彼女を愛する資格がありません!」


 王子が芝居がかった手振りで語る。


「それは“気持ちの問題”ではなく、“事実の問題”です。毒が盛られたというのなら、証拠を」


「毒の瓶は侍女が──」


「その侍女は失踪中。供述もなく、魔晶球による記録もない。毒物反応も検出されていません。すなわち、これは“感情証拠”のみでの断罪だ」


 ざわめく廷内。俺はさらに一歩踏み込む。


「貴族法第十二条、婚約破棄には“相応の証拠”が求められる。さらに婚約書第六条──“名誉毀損が生じた場合、慰謝料十万金貨と謝罪文をもって解決する”とある」


「なっ……なにをバカな……」


 王子が狼狽える。


「バカじゃない。書いてある。これが、法の力だ」


 判事が威厳ある声で告げた。


「王子アルベール殿下に、名誉毀損および婚約不履行の責任を認め、十万金貨の支払いと、社交界への謝罪を命ずる──」


 リリアン嬢がゆっくりと席を立ち、くるりとドレスの裾を翻した。


「まあ当然ですわ! わたくしを誰だと思っていらして? 悪役令嬢リリアン様ですわよ!」


 ──いや、あのさ。名誉回復したばかりなんだから、せめて一回くらいは謙虚にいこうぜ?


 そして裁判の翌日、相談所の扉がまた勢いよく開く。


「せんせぇー! 昨日の裁判見ましたー!? あたしもお願いしたいんスけど! 元カレにスライムぶつけられて、会社クビになったんスよー!」


 ……オークの次は悪役令嬢。

 次は……スライム関連のパワハラ案件?


 異世界での弁護士稼業、どうやら本格的に繁忙期に突入したらしい。

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