【第19話 】『魔法契約で借りたのに返せない!? 本の呪いと図書館裁判!』
その依頼は、正直言って俺の“想定外”の領域だった。
依頼者は王都の学生、マルク=ゼア。魔法学の優秀な成績を持ちながら、やつれきった顔でこう言った。
「先生……毎晩、“本”に殴られるんです」
まるでホラーだ。
詳しく聞いてみると、彼は図書館の“禁書エリア”で借りた魔法書を、うっかり返却期限を半年オーバー。
その結果、毎晩夢の中で、その本に「約款第16条:未返却者に対し制裁を執行する」と読み上げられながら、ページでビンタされ続けているらしい。
……なにその執念深い本。
というわけで、俺は“王立魔導図書館”と訴訟交渉を開始。
図書館側は言う。
「書籍との“契約魔法”に同意した上での貸出です。違反には呪いの執行も含まれます」
契約魔法ってなんだよ!?と叫びたいところだが……
書類を見ると確かに、貸出時に魔力で自動署名される仕組みになっていた。文字が浮いてる。うわ、嫌な法技術だ。
「つまり君、“夢でビンタされる”契約に無自覚で同意したってことだな?」
「ちょっと同意した記憶がなくて……」
マルク、お前、図書館で寝落ちしながら借りただろ。
裁判が開かれたのは、王都の“魔導契約専門裁判所”。
図書館側の弁護士は、魔法書そのもの。
タイトルは《強制執行型・自律反復誓約書第五版》。通称、"ゴウショさん"。
法廷でページを自らめくりながら、無機質な声で反論してくる。
「本契約は魔法的意思疎通により成立しているため、返却義務は依然として有効。執行も合法」
こっちは契約時の“同意の明確性”に疑問を呈し、“市民に優しくない条項の無効”を主張。
さらに、マルクが未成年扱いの“学生”であることから、
「法的に自己責任を問える年齢でない」ことを突く。
そして、切り札として提出したのが──
“図書館のマスコットキャラによる「返却忘れ防止ポスター」が貼られていなかった証拠写真”。
「市民への啓発責任を怠った図書館に、一定の落ち度があると見なされるべきです!」
審議は難航したが、最終的に裁判官(※メガネ型ゴーレム)が下した判決はこうだ。
「契約は成立しているが、執行手段が“教育的配慮”に欠ける。
したがって“夢でビンタ”という制裁は、過剰であり違法性あり」
──勝訴。
その日から、マルクは夢で殴られなくなった。
代わりに、図書館に毎朝5分早く登校し、掲示板の“返却期限”を手書きで更新する“図書奉仕活動”に励んでいる。
「先生、あの……夢でビンタされるより健康的です」
そうだろうな。あとでゴウショさんに謝っとけよ。
──そして俺は今日も、
“文字に殴られる少年”を救った弁護士として、妙な依頼を次々と受け続けるのであった。
■
私は本だ。いや、正確に言えば“魔導契約文書型自立書物”だが、そこまで言うと読者は肩がこるだろう。だから「ゴウショさん」でいい。
王都図書館の第七書架・最奥に眠る私の毎日は、静かで、整然としていて、そして少しだけ退屈だ。
……だった。
「一冊の本が、訴えられました」
そんな噂が法廷に走ったのは、つい先日のことだ。
被告、それが私──ゴウショさん。
きっかけは、半年も返却されなかった青年・マルクへの“制裁”だった。
夢の中で、そっと約款を読み上げただけだ。ビンタ? あれはページめくりの音だ。誤解しないでほしい。
「第16条:返却義務の違反者に対し、自律的矯正措置を講ずる」
これは、私の心でもある。自律型としての“責任”なのだ。
だが――その法廷に、彼が現れた。
黒い法衣に身を包み、胸には「魔」と記された弁護士バッジ。
高野誠一という名の“六法の使徒”。
彼は、真っ直ぐだった。
私の存在を否定せず、ページを一枚ずつ、丁寧に読み取っていった。
「ゴウショさんは悪くない。だが、君の“優しさ”は、置き忘れられている」
──優しさ、か。
確かに、私もかつては、魔法学校の初等科で“約束ってなんだろう?”を教える絵本だった。
小さな子どもが、指で私のページをなぞりながら「うそついちゃ、やーよ」と笑った。
いつからだろう。私は効率を重んじ、条項を詰め、罰則を強め、
“心を持たない契約書”になっていた。
判決は“過剰執行の一部違法性”を認定。
私は図書館での任を解かれ、今、再生の時を迎えている。
次の任務は──子どもたちの読み聞かせ用“再教育魔導絵本”。
今の私は、ページをめくるたびにこう言う。
「ねえ、君の言った“いいよ”って、どんな気持ちだった?」
文字が心を持ち、約束があたたかくなるように。
私はもう、ビンタなんてしない。たぶん。
夜の図書館で、ひとりの本が夢を見る。
その夢の中では、小さな手が私をめくる。
「ページって、やさしくめくるものでしょ?」
ああ、そうだね。
だから今日も、私はそっと語るのだ。
“法のページ”をめくる夜の静寂の中で。
■
※本作はフィクションです。登場する書籍・法律・濃厚なシーン描写はすべて……図書館にあります。
我輩の名は――《エロイカ大辞典》。
魔導出版元・リュミエール社が全情熱を注ぎ込んで世に送り出した、**“大人向け魔導百科全書”**である。
通称:エロ事典。
製本はドラゴン皮装丁。ページは香料付き。挿絵は全ページカラー。
テーマは「知識と快楽の融合」、ターゲットは「思春期以降の冒険者・貴族向け」。
“好奇心に火をつける魔法”を仕込んだのも粋な計らいだ。
かつて、書架のエースだった我輩に、突如ふりかかる悲劇――
「この本、教育に悪いですわ!」
そう、王都図書館に持ち込まれた青少年保護条例により、
我輩は**“公序良俗を乱す禁書”**として告発されたのだ!
対する検察官は、図書館の新人補佐官・リリアン嬢(18)。
真面目で融通が利かず、羞恥心に満ち満ちた、いわば“エロ本に最も弱いタイプ”。
「この……この本、14ページから明らかに過激ですっ! ここっ……は、肌色面積がっ、ええと……」
震える手でページを示しながら、顔がトマト。
うむ、美しい赤面。読者としての素質はある。
我輩の弁護人として出廷したのは、件の異世界弁護士・高野誠一氏。
「この本は、確かに一見、刺激的だ。しかし中身をよく読んでほしい。
これは性魔法に対する詳細な技術と歴史の記録であり、しかも全篇にわたって“合意”の重要性が説かれている!」
ページを開きながら、裁判官に語る誠一の姿は神々しかった。
「――ページ42、“初めての魔法同意書”を参照。ここに“口約束の危険性”が詳細に記されております!」
あれは我ながら名章であった。
証人として呼ばれたのは、かつてこの本を熟読した老冒険者(90)。
「若い頃、この本で“愛とは何か”を知った。ワシが今も腰が元気なのはエロイカ様のおかげじゃて」
裁判官(中年独身女性)がむせた。
結果――判決はこうだ。
「被告書物は“成人指定”と明示されたうえで、性教育・魔導技術史の観点からも一定の学術的価値が認められる。よって、公序良俗違反の主張は棄却される」
──勝訴!
その後、我輩は**“魔導性教育補助書籍”**として、新たに“18歳以上限定コーナー”で再配架された。
そして、図書館裏でこっそり再会したリリアン嬢が、こう言った。
「……あの、ちょっとだけ読み直してみたんですけど。ページ12の“魔力の流れを感じる”って、すごく……奥深いなって……」
ふふ、目覚めたか、リリアンよ。
ようこそ、知識と快楽の融合世界へ。
我輩は今日も、静かに棚で待つ。知ることを、愛するすべての読者の手によって、再びページがめくられる日を。
■
――これは、リリアン・ローズフィールド嬢、18歳。
王立図書館付・法律資料室補佐官にして、“異世界法律相談所”の準・常連職員の密やかなる日常である。
「……せ、性魔法って、合法なんですの?」
自室の書斎にて、小声で呟いた瞬間、隣のフクロウ型監視魔法が「記録開始」と鳴いた。しまった。消せない。
きっかけは、あの裁判だった。
“あの本”――《エロイカ大辞典》の裁判で、自分の内なるなにかが覚醒してしまった気がしている。
いや、決してやましい意味ではなく! 学術的興味である。あくまでも!
彼女は夜な夜な、図書館の地下4階「制限閲覧エリア」にて、
こっそり“成人指定”ラベルのついた文献に目を通していた。
『性魔法と魔力循環:愛撫とマナの関係』
『契約魔法と口頭同意の法的効力:キスは合意か』
『錬金術的視点による性感覚増幅の実験レポート』
……タイトルのインパクトが強すぎる。
でも中身は意外と、真面目だった。
「合意の定義」「魔力干渉と倫理」「未成年の使用禁止」「婚姻前の魔法実践の危険性」など、
法律の観点から見ても、非常に整理されていた。
「性魔法と法の境界線……いったいどこにあるんですの……?」
気づけばリリアンは“研究ノート”を開いていた。
ページ1にはこう記した。
『目的:性魔法に対する法律的・倫理的・文化的な枠組みを体系化し、啓蒙と予防に役立てること』
ページ2にはこうある。
『副題:エロイカ様、少しだけごめんなさい』
その後の図書館での出来事。
高野弁護士がふと立ち寄った法資料室で、リリアン嬢の机の上に開かれたノートを発見。
「……“フェロモン誘導型拘束魔法の合憲性について”……って、リリアンさん?」
「なっ、なななな何かの間違いですわーッ!!!!!」
リリアン嬢は両手でノートを閉じ、真っ赤になった顔で書架へと走り去った。
だがその背中は、確かに“未来の性魔法研究家”のオーラを放っていた。
ラスト。
リリアンは、ノートの最後のページにこう書いた。
『愛と魔法と法が共存する世界を――真面目に、でも、ちょっぴり楽しく研究したいと思いますわ。』
■
異世界に転移してからというもの、日々の業務はだいたいぶっ飛んでる。
裁判で火を吹くとか、依頼人がオークだとか、魔法で証人が消えるとか。
でも――まさか、自分の弁護士人生で**「18禁書エリア」に足を踏み入れる**日が来るとは思わなかった。
「……あの、リリアンさん。“性魔法に関する合法性”の参考資料って、本当にここにあるんですか?」
「はい。地下四階の、ええと……“特別閲覧区画”の“自主規制棚”にございますわ」
自主規制棚ってなんだよ。そもそも規制する気あるのかこの図書館。
俺は法廷用の白シャツ姿のまま、やや緊張しながら階段を降りる。
地下四階の扉は妙に重くて、開けた瞬間、香水のような……いや、これはムスクとバニラの合いの子みたいな甘い香りがした。
「……これは、本の匂い……だよな?」
応援するかのように、壁に貼られたプレートにはこう書かれていた。
《18歳以上限定/閲覧は“魔法の同意印”が必要です》
厳重すぎるだろ。
リリアン嬢は白手袋をしたまま、俺に一冊の分厚い本を差し出してきた。
『性魔導と愛の形態論〜多種族間の契約と倫理〜』
監修:エロイカ三世(故)
「……本気で読ませる気か、このタイトル……」
「学術的にとても価値のある文献ですのよ。特に、第三章の“触手型魔族との意思確認手順”は弁護士業にも通じるものが」
通じるか!? いや、通じるのかも……?
と、俺がそんな“良からぬ覚醒”をしかけていたそのときだった。
「おや、あれは……高野先生?」
「うわっ、エルメリアさん!?」
なんで魔導検察官がこんな場所に!?
彼女は俺の手元の本を見て、うっすら微笑んだ。
「さすがですね。弁護士という職業は、幅広い知見が求められる……とても勉強熱心なご様子で」
どうして全員こういう時だけ好意的なんだ!?
案の定、数日後には俺のあだ名が図書館職員の間で定着していた。
『性法の鬼・六法の高野』
『18禁条文ハンター』
『触手と契約の伝道師』
どうしてそうなるんだ!?
……が、妙なことに、依頼は増えた。
異種婚の法的手続き、魔法同意文書のチェック、スライムとの婚姻契約書まで。
“変わった案件”が次々舞い込んでくるようになったのだ。
「誤解が増えたけど、まあ……これも弁護士の仕事、か」
地下書架の隅。
再び例の“学術的すぎる本”を手に取ったとき、リリアン嬢がぽつりと呟いた。
「先生のこと、私はちゃんと分かってますわ。誤解されても、まっすぐな人だって」
「ありがとう、リリアンさん……でも、誤解されてないとは言ってくれないのな……」
図書館の地下には、今日も静かな空気と、ほんのり甘い香りが漂っている。
知識とは、時に誤解を呼び、そして正しさへと導く。
そう信じて、俺は今日もページをめくる。
次の裁判のために。
そして――世の中の“よく分からん契約”の被害者を減らすために。
……たぶん、真面目にやってるつもりなんだけどな。ほんとに。




