【第18話 】『この婚約、嘘から始まりました〜影武者姫の告白と貴族家訴訟〜』
「ご相談が……ございますの」
昼下がりの相談所に、ふわりとラベンダーの香りが漂った。
入ってきたのは、淡い緑のドレスを纏った淑やかな令嬢──と思いきや、目の奥にひっそりとした決意の光を宿した少女だった。
「私は、王家の姫の影武者をしております。……そして、本日婚約破棄されました」
ちょっと待て。情報量が多すぎる。
話を整理すると──
この少女、名前を“アリステリア・セレスティア”。
だがそれは偽名。
本名はリーネ。王国の第一王女に瓜二つの容姿を持っていたため、幼い頃から影武者として育てられたという。
そして数日前、王女の名代として貴族・ヴァルカン公爵家の嫡男と“仮の婚約”を交わすことになったのだが……
「昨日……彼から“貴族の血筋にふさわしくない”と一方的に破棄されましたの。
影武者であることを黙っていたのは、私ではなく王家なのに……!」
これは、ただの婚約破棄事件ではない。
本人も被害者、だがその裏には貴族家と王家の政治的な“代理婚”の構造がある。
俺は静かに尋ねた。
「……で、訴えたい相手は?」
「はい。ヴァルカン公爵家を、詐欺罪と精神的損害で。
ついでに、王家にも“契約上の説明責任違反”で異議申し立てを──」
彼女の表情には、影武者とは思えないほどの凛とした気高さがあった。
裁判当日。
王都高等法廷は、まさに貴族のゴシップ会場と化していた。
「第一証人、リーネ嬢入廷!」
マントを外した彼女が姿を現した瞬間、傍聴席がどよめく。
本物の王女と見紛うその姿は、すでに“もう一人の姫”としての風格すら漂わせていた。
俺は主張する。
「リーネ嬢は、契約上“本人と同一として扱う”と明記された状態で婚約に臨んでいた。
それを理由に一方的な破棄を行ったヴァルカン家は、婚約契約第9条“正当理由なき破棄は損害賠償の対象とする”に違反している!」
ヴァルカン家の代理人は、額に汗をかきながら反論。
「しかし……影武者と明かされていれば、そもそも同意していなかった可能性が──」
「黙秘権を乱用するな。書面に署名してるだろ、お宅の坊っちゃん」
詰んだな。
最終判決。
リーネは名誉毀損と精神的損害について、総額七千金貨の賠償金を勝ち取った。
さらに、王家に対して“影武者制度の透明性確保”を要請する公式文書も受理された。
帰り道、俺はふと彼女に尋ねた。
「今後、どうするつもりだ?」
彼女は笑って言った。
「……影じゃない生き方を、始めてみますわ。
今度は、誰の代わりでもない私として──」
夕陽が差し込む中、彼女の影は誰のものでもなく、ちゃんと“ひとつだけ”だった。
■
「先生……リーネさん、大変です!」
朝、俺が書類に目を通していると、受付の精霊族バイトが血相を変えて飛び込んできた。
「……スライムが、婚約したらしいんです!」
は?
寝起きの脳が混乱しているせいか、さっぱり意味が分からない。
現場に向かうと、相談所の応接間には……ぷるぷる震える水玉の塊。
青くて透明感のある体を揺らしながら、スライム・ナメさんがリーネと向き合っていた。
「……婚約書、拝見いたします」
落ち着いた口調で、リーネが書類をめくる。
対するナメさんは体の一部をペンに変形させて、震える線でサインを試みていた。
話を聞くと、こうだ。
ナメさん(スライム種・一人称“ボク”)は、同族の“ピンクスライム”と婚約することになったのだが、
どうにも相手の親族(※やっぱりスライム)から「液状種族との縁組はリスクが高い」と反対されているという。
そこで「公的書類を作成し、婚約の法的効力を証明したい」とリーネに相談が入ったらしい。
「でも、こちらの書類……“愛を証明するスライム式変形誓約書”って書いてありますけど……」
「はい。双方の変形パターンが一致することで、相思相愛を法的に……」
「……法務書式としては初耳ですね」
リーネ、絶妙に困った顔だ。
それでも彼女は冷静だった。
まず、異種族間婚約に関する条例と、スライム族の文化的契約書類の先例を調査。
さらには、“変形誓約”が過去に使用された例があるかを魔法記録館で確認し──
「……高野先生、この条文をご覧ください。
“恋愛及び婚姻の自由は、液状種にも等しく保障される”──スライム族の自治条約に明記されていました」
しっかり見つけやがった……!
結果、ナメさんは正式に「液状変形婚約誓約証書」の発行を認められ、
めでたく婚約が成立した。
相手方のピンクスライムは、興奮のあまり泡立ったらしく、
数日間“シャーベット状”で冷やされていたという。
リーネは事件後、ふと俺に尋ねた。
「……先生、私、ちゃんと“誰かの役に立てましたか?」
俺は迷いなく答えた。
「当たり前だろ。婚約書一つで異種族間の壁を越えた奴は、君が初めてだよ」
彼女は照れながらも微笑み、
ふと、こんなことをつぶやいた。
「“影”だった私が、“未来”にサインするなんて……ちょっと、不思議ですね」
そのサインは、紛れもなく“本物の彼女自身”のものだった。
■
あの日の結婚式ほど、俺のキャリアで“ドレスコード:長靴持参”が求められた式は他になかった。
式場は、スライム族の聖地──《ぬめりの泉》。
湖のように広がる透明なゼリー状の水面に、ぷるぷると揺れる来賓の群れ。
よく見ると、全部スライムだ。全員がスーツ風に変形してるのが逆にすごい。
「高野先生ー!」
新郎、ナメさんがつやつやした体を揺らしながら近づいてきた。
青く輝くその身体に、今日は“正装バージョン”のリボンが巻かれている。
……溶けないのか? それ。
「今日はほんとうに、ありがとございますっぷる……!」
語尾がもうぷるぷるしてる。
リーネも招待されていて、隣でにこやかに笑っていた。
「結婚指輪代わりの“同周波共鳴結晶”の交感式は、私も初めて見ますわ」
式は、始まりからスライム色全開だった。
・誓いの言葉は「ぷるるるる……(※意訳:一生添い遂げます)」
・指輪の代わりに、二体のスライムが共鳴して同じ波長の音を鳴らす“共鳴ハーモニー”
・新婦のピンクスライムが涙で“あわあわ状態”になり、式が一時中断
しまいには、合唱団として参加した親族スライムたちが一斉にぷるぷる共鳴し始め、まるで音楽のように「ぷ〜る〜る〜♪」と振動音を響かせた。
俺は横で震えながら、こう思った。
……これは、完全に交響曲だ。スライムたちの“愛の振動交響曲”だ。
披露宴では、料理もスライム仕様だった。
ゼリー料理に、ぷるぷるの炊き出し、そして「液状族用無重力ゼリーケーキ(浮遊型)」。
リーネは器用に浮いてるケーキをすくって「これ、人間にも意外とイケますわ」と微笑んでいた。
……まさかの“人類とスライムの味覚文化交流”まで始まっていた。
式の終盤、ナメさんが壇上で語った。
「ボクたちは、姿が変わりやすい。でも、愛は変わらないぷる」
そして、新婦ピンクスライムと共に再び共鳴を始めると、式場全体がぷるぷると音を奏でた。
それは、確かに“音楽”だった。言葉を超えた祝福の形だった。
帰り道、リーネがふと漏らした。
「……影武者をしていた頃は、こんな式に出る日が来るなんて思いませんでしたわ」
「俺もだ。まさかスライムの式で泣くとは思ってなかった」
「泣いてたんですの?」
「鼻がムズムズしただけだ」
夕暮れの空の下、ぷるぷると祝福の音がまだ耳に残っていた。
ナメさんたちの結婚式は、のちに“スライム文化の多様性を象徴する式典”として記録され、
王都の文化資料館で紹介された。
ただし、振動音を再現しようとした試みは、謎の液状化事故を引き起こし、展示は中止されたらしい。
──やれやれ。
でも、あの“交響曲”だけは、俺の胸にしっかりと刻まれている。




