【第15話】 『モンスター雇用差別、訴えてみた件〜ゴブリンでも働きたい〜』
「……あの、働きたいんスけど……ダメ、ですかね」
その声はやけに小さくて、けれど震えてはいなかった。
俺が顔を上げると、相談所のカウンター越しに立っていたのは、一見して分かる“種族モンスター側”の青年だった。
耳が尖っていて、肌はくすんだ緑色。前歯が少し出ているが、どこか生真面目な雰囲気が漂っていた。
彼の名前はガンク。れっきとした“ゴブリン族”だ。
「求人票に“人間限定”って書いてたんスけど、それって、法的にありなんスかね……?」
……また変化球な相談がきた。
ゴブリン。
この世界では、いわゆる“低位モンスター”扱いで、差別と偏見の対象になりやすい。
盗みを働く種族、言葉が通じない、暴れがち、などなど──根拠の薄いレッテルが世間には貼られている。
けれど、俺の目の前のガンクは違った。
言葉も丁寧で、書類もちゃんと読めるし、職歴(炭鉱の補助作業員として3年)まである。
「応募したのは?」
「王都南部の“セントラル造船所”ス。荷運びとか、基本力仕事メインで、ゴブリンの腕力でもいけるかと」
「で、不採用?」
「いえ、“面接すら受けられない”って返されました。“人間以外お断り”って明言されて……」
俺はふむと唸り、六法全書・改を開いた。
――ありました。
“異種族雇用機会均等法”、通称「獣人法第19条」。
種族による雇用制限は禁止。ただし、「業務に著しい支障がある場合」は除外条項になる。
「つまり、“お断り”するにはそれなりの理由が必要ってわけだ」
「……働けるスかね、俺」
「少なくとも、法の上では“働ける可能性”はある」
数日後。
俺とガンクは、王都簡易裁判所に出廷した。
被告席にいるのは、セントラル造船所の人事部長、いかにも「古い価値観のまま来ちゃった」感じのヒゲ親父だった。
「ゴブリン族は、現場の空気を乱す恐れがあると考えましてな。我が社は“チームワーク重視”が理念でして──」
「それ、“肌の色が違うと場が乱れる”っていう昭和の差別発言と構造同じですよ」
俺のツッコミに、裁判官が咳払いした。
空気が一瞬ヒリつく。
だがここで、ガンクが手を挙げた。
「すみません。ぼく、資格持ってるス。重量物安全運搬、初級スけど」
そう言って、きっちり折られた証書を差し出す。
“ゴブリン用公的技術検定・搬送特科 合格”──ちゃんと、努力していた。
さらに俺は、別の造船所で働いている“リザードマン”の証言書を提示。
「彼のような異種族が現場で活躍している事例もあります。“ゴブリンだから無理”という考え方は、もはや“偏見”としか言えないのでは?」
そして判決が下った。
「被告・セントラル造船所は、種族を理由にした面接拒否について、異種族雇用法違反と認定する。損害賠償として銀貨八十枚の支払いと、今後の採用見直しを命ずる」
ガンクは目を丸くしていた。
「え、勝ったんスか? ぼく、勝てたスか?」
「勝ったさ。法律が、ちゃんと働いたってことだ」
判決後、ガンクは俺の事務所の前で深々と頭を下げた。
「ぼく、次は“道具整備士”の研修行くス。もう一度、自分で働ける場所探すスよ」
彼の背中は、ほんの少しだけ、誇らしげだった。
この世界にはまだ、法の届かない場所がたくさんある。
けど、こうしてひとつずつ灯していく。光と希望と……それから、少しの筋肉とまっすぐさで。
俺の六法全書・改は、そのたびに静かにページをめくるのだ。
■
あの日、俺の相談所に「働きたい」と涙目で飛び込んできたゴブリンの青年──ガンク。
裁判では勝った。法廷は「モンスターにも労働の権利がある」と認めてくれた。
けれど、現実はそこまで甘くない。
法律が差別を禁じても、偏見までは消してくれない。
そんなこと、俺だって分かっていたつもりだった。
でも――正直、ここまでとは。
「ガンクくん? またダメだった?」
昼過ぎ、相談所のドアがギイと開く。
現れたのは、スーツ(少しダボついてる)に緊張で顔色が緑色増し増しのガンクくん。
「ダメっス……。あの、“あなたのやる気が逆に怖い”って言われたス……!」
「やる気が……怖い?」
意味不明な理由に、俺は思わず噴き出しそうになった。
だが、ガンク本人は真剣そのもの。目にうっすら涙を浮かべている。
「ちゃんとスーツも着て、履歴書も五通書いたス。志望動機も“まっすぐに生きたい”って書いたス」
それは……逆に面接官がびびるのも分かる気がするな。いや、ちょっとだけだが。
その後も、ガンクの“ぬかるみ就活”は続いた。
面接に向かう途中で城兵に職質され、
種族欄で不合格にされ、
何度目かの不採用通知に「紙がもったいないス……」とつぶやく始末。
だけど、彼はあきらめなかった。
失敗しても、また相談所に来て、履歴書を書き直して、次の会社に向かう。
ある日、俺は思わず言った。
「お前、ちょっとは休め。働きたすぎてバテてどうすんだ」
すると、彼は力なく笑った。
「働きたすぎてバテる……なんか、カッコイイ響きスね……」
そうでもない。
そして、事件は突然やってきた。
「先生! ぼく……就職、決まったス!」
満面の笑みで飛び込んできたガンク。手には……名刺。
“グラント鍛冶製作所・整備補助 ゴブリン・ガンク”とある。
「そこ、求人出しても誰も来なくて困ってたらしいス。そしたら“使ってやる”って言ってくれたス!」
「それは……」
「バイトっスけど、毎日仕事があって、先輩たちも“ちゃんと指示通り動いて偉い”って……ほめてくれたス!」
涙でクシャクシャになった名刺を見て、俺は思わず笑ってしまった。
「名刺って、そんな濡らすもんじゃないぞ」
「うれしいス……こんな、紙切れ一枚が……。ぼく、“社会の一員”になれた気がするス!」
その日の帰り道。
俺の机の上に、もう一枚、名刺が置かれていた。
「また相談あったら来るス! 先生の名刺は、ぼくの宝物ス!」
裏にはちいさく、
“お世話になった分、倍働くス”と手書きで添えてあった。
俺は笑った。
ああ、こっちが励まされてどうする。
でもまあ──それも悪くない。




