【第14話】 『蘇生魔法で“よみがえった婚約者”、遺産相続どうなる!?』
この世界に来てからというもの、スライムの労災からドラゴンの借地権まで、法律の適用範囲がどんどん拡張されていっている気がする。
そして今回。
俺のデスクの前で、今にも泣きそうな顔で立っていたのは、控えめな服装の令嬢と、金髪で妙に爽やかな男だった。
「こちらが依頼人のアリア嬢。故レオン様の婚約者でして……」
「“故”って、俺生きてるんだけど」
いや待て。
“故”って言っておきながら、当人が隣で生き生きと自己紹介してるって、どういうことだ。
「俺、実は先月一度死にまして」
サラッと言うな。
「冒険中に毒矢を受けて即死だったんだけど、アリアが泣きながら蘇生魔法かけてくれて──」
「はい、命が戻ってきましたの!」
「それで?」
「問題は……その後でして」
アリアが差し出したのは一通の封筒。
“レオン・アルステッドの遺言状”と記された公的文書だった。
要約すると、こうだ。
レオンは死の直前に「全財産をアリアに譲る」と書いた遺言状を残した。
だが、現在は生き返ってしまっている。
そして、なぜかその遺産(屋敷、馬車、預金等)が、アリア名義になってすでに登記済み。
問題は、「生き返った本人が“財産返して”と言い出してしまった」ことだ。
「いや、誤解しないで! 俺がアリアを疑ってるわけじゃなくて、ただ……俺の財布の中身が、最近ずっと“空”なんだ……」
「わたくしは、レオン様のために使っただけですわ! 遺品整理と追悼式と、あと……新しいティーセットとドレスも少し……」
やや怪しい支出内容が出てきたが、ここは法的に整理しよう。
裁判所。
原告:レオン(生者)
被告:アリア(蘇生者)
問題の核心は、「死んだことに基づいて発動した遺言の効力は、蘇生後にどうなるのか」という前代未聞の事例。
俺は異世界六法・相続編を開きながら主張する。
「蘇生は医学的には“生命の回復”であるが、法律上は“死亡の事実”をいったんもって確定した後、財産が移転されている。
この場合、“復活”があっても、遺言執行は有効とされる余地がある。だが――」
俺はアリアの出費明細を掲げた。
「それが“追悼目的”を逸脱し、個人的贅沢に使われていた場合、“不当利得”の主張が可能だ」
「そんな……わたくし、てっきりもう……彼とは……」
「ティーセット代はともかく、馬車にミンク毛皮シートはやりすぎだと思う」
判決。
「本件、蘇生前の遺言執行は有効とみなすが、一部贅沢品の支出については不当利得と認め、金貨200枚相当の返還を命ずる」
アリア、肩を落とす。
レオン、安心しきった顔で俺を拝んでくる。
「……で、レオン。あんた、アリアさんとどうすんの?」
「えっ」
「彼女、あんたをよみがえらせるくらい想ってたんだぞ?」
俺の言葉に、二人とも顔を赤くした。
「わ、わたくし……本当に、死んでしまうなんて思っていなかったのですの。でも……レオン様が……」
「アリア……ティーセット、買い直すよ」
「まあっ……!」
いやもう付き合っちゃえよお前ら。
その夜。
六法全書を棚に戻しながら、俺はふと考えていた。
法は生きている者のためにある。
だが、死んだと思った者が戻ってきたとき……法は、愛や執着の“境界線”を裁くことになる。
そういうのって、案外、弁護士でもドキドキするもんだ。
■
ある春の午後。
珍しく相談所が静かだったところに、懐かしい顔ぶれが並んでいた。
「こんにちは、先生。……また、お世話になりますわ」
優雅に一礼するアリア嬢の隣で、金髪の青年――レオンが、少し照れくさそうに頭をかいていた。
「……また、って言うのも変ですけど、今度は訴訟じゃないんで安心してください」
「そりゃ良かった」
俺は二人をソファに案内しながら、茶を淹れた。
こうして面と向かって並んでいるのを見ると、以前より距離がずいぶん縮まった気がする。
「で、どういったご用件で?」
「再婚約の手続きについてですわ!」
「はい、僕からも。ちゃんと、正式に彼女と“もう一度”婚約契約を結びたいと思いまして」
「……そっち方面か。そりゃ珍しい」
異世界の法律では、“死亡による婚約契約の解除”は自動成立と見なされる。
たとえ蘇生されたとしても、法的には“別人として復活した”扱いになる場合がある。
つまり、死の瞬間にいったん法的関係がリセットされてしまうのだ。
感情ではつながっていても、法の世界ではいったん“ゼロ”になる。
なんともドライな話だが、俺はその制度にも一理あると感じている。
「再契約には、本人同士の署名と魔力押印、それに証人ひとりが必要です。今日は、そのための相談ってわけですね?」
「はいっ。書類も持ってきてますのよ!」
アリアがバッグから取り出したのは、俺が以前提出用にテンプレート化しておいた“再婚約契約書”。
それをきっちり印刷し、花柄の封筒に入れて持参してくるあたりが、らしい。
「ここの“共有財産の取り扱い”欄、細かく書かれてるんですけど……えっと、“紅茶セットとティーサービス一式は共有”って……」
「その件は譲れませんの♡」
レオンが「はい」と即答していて、俺は思わずふっと笑った。
ふたりが向き合って契約書に署名し、魔力印を押す。
その様子を、俺は“証人”として見届ける。
……なんだろうな。これまで何百と契約書に立ち会ってきたが、今回はちょっと、胸にくる。
「……終わりましたわ。これで、わたくしたち、正式にまた婚約者同士ですのね」
「うん。今度は“生きてるうちに”ちゃんと、大事にするよ」
その言葉に、アリアがそっと微笑んだ。
たぶん、死から戻ってきたあの瞬間よりも、今のほうがずっと、幸せそうだった。
ふたりが帰った後、俺は机の書類を片付けながらふと思う。
生死の狭間を超えて、それでももう一度一緒にいたいと思える相手がいる。
それって、やっぱり羨ましいもんだ。
いや、俺は今は仕事に集中するべきだ。
恋愛感情に引っ張られて判断を誤るようじゃ、弁護士失格だ。
──そう思った矢先。
デスクの上に、アリアからの手紙が一枚残されていた。
「次に遺言を書くときは、“一緒に眠る”って書かせますわ♡ ふふふ」
……ほんとこの世界、油断も隙もない。




