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『異世界で行列の出来る法律相談始めました〜DV裁判中に刺されて死んだ俺、目覚めたら魔法も剣もない世界で六法全書が最強だった件〜』  作者: カトラス


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【第13話】『ドラゴン、借地権を主張す! 山ごと焼いたのは誰の責任?』

 俺の名前は高野誠一。異世界で法律相談所を営む、元・現代日本の弁護士だ。


 今回の相談者は、文字通り――空から舞い降りてきた。


「この山は、我の縄張りである。王国に借り受けた契約書もある」


 でっかい声とともに、事務所の前に降り立ったのは、全長二十メートル級の赤き大ドラゴン。

 名前はバルグロス=ファング。声は低く重く、なにより熱い。マジで室温が五度は上がった気がする。


「で、なんの相談なんです?」


「ふむ……山が燃えた」


「……あなたのせいじゃないですか、それ?」


 聞けば、近隣の農民から損害賠償請求が届いているらしい。

 曰く、バルグロスが“咆哮ついでに火を吐いて森を焼いた”とのこと。麦畑も巻き添えを食って全焼したらしい。


 ドラゴン火災、スケールが違う。


「だが、我は正式に王国と借地契約を結んでいる。ゆえに山の管理責任は我にあり、他者からの干渉は無効とする」


「……自己責任で放火しちゃってるじゃないですか」


 俺は彼の持ってきた巻物を広げた。

 確かにそこには“借地契約証”なるものがあり、王国の封印もしっかり押されている。


 問題は――この契約が、民間人の損害にまで効力を及ぼすか、だ。


 数日後、地方裁判所にて。


 原告は近隣農家連合。被告はバルグロス(と代理人:俺)。


 原告側の主張はこうだ。

「ドラゴンが火を吐いたせいで麦畑全焼。責任取れ!」

 ざっくりしているが、わかりやすい。


 俺の反論はこうだ。

「火災は“管理区域内”での事故であり、王国法第192条“魔種との契約行為は第三者効力を持たない”に基づき、民間相手に直接的責任は発生しない」


「では、王国が補償すべきでは?」

 と裁判長。


「その通りです」

 俺は巻物の二枚目――“賃料支払い記録”を提示する。

 そこには、王国がバルグロスに“居住権”を与える代わりに、年間“黄金一箱”を受け取っていたと明記されていた。


「つまり王国は、リスクを承知でドラゴンを居住させていたわけです。よって、本件の損害補償義務は王国にあると主張します」


 裁判官は重々しく判決を言い渡した。


「本件における損害は“魔種との契約に基づく行政責任”として、王国が補償するものとする」


 原告農家、勝訴。

 だがバルグロスの責任は問われず、彼は“合法的に山を燃やせる”存在として、堂々と帰っていった。


 帰り道、俺はバルグロスの背に乗りながら訊ねた。


「で? あんた、山でなにしてたんです?」


「卵を、温めていた」


「……独身ドラゴンに、卵?」


「拾った。焼け跡に落ちていた」


「……あの焼け跡、あんたが原因なんじゃないのか?」


「……偶然だ」


 空の上で、俺は六法全書をそっと閉じた。

 正義と火炎と焼け焦げた大地のにおいが混じった、異世界らしい一日だった。



 この世界では、火を吹くドラゴンが借地権を主張したり、スライムが労基法で会社を訴えたりする。正直、常識なんて何度吹き飛ばされたか分からない。


 そして、今日の依頼――というより、招待、だったのかもしれない。


 場所は、あの件で話題となった“焼け山”。ドラゴンの居住地、バルグロスの巣だ。あの一件以来、近隣住民の出入りは原則禁止。

 にもかかわらず、朝イチでバルグロスから送られてきたメッセージは簡潔だった。


「来てくれ。静かに。」


 静かに、ってあんた、火山の主が言うセリフか?


 徒歩ではとても行けない場所なので、バルグロスの背中に乗って空を滑る。もう慣れたとはいえ、やっぱり高度が高い。

 そして見えたのは、焼け焦げた斜面にぽっかり空いた、大穴のような洞窟。その奥に、やけに静かな気配が漂っていた。


「入れ。火は弱めておいた」


 バルグロスの言葉にうなずきながら進むと、そこにあったのは──


 一つの、大きな卵だった。


 直径1メートルはあろうかという灰色の卵。表面には細かい鱗のような模様。うっすらと赤く発光している。


 そしてそのそばで、巨大な翼をたたみながら、バルグロスが優しく火を灯していた。

 彼が、火を「暖めるため」に使っているのを初めて見た。


「……お前、マジで育ててたのか」


「偶然拾ったが、鳴いた。だから、置いた。……育っている」


「それ、拾ったってより、運命的な出会いってやつでは?」


「違う。偶然だ。……ただ、名はまだつけていない」


 名もなき卵を見つめるバルグロスの目に、わずかな揺らぎが見えた。


 そのときだった。


「その卵、返してもらおうかしら」


 洞窟の奥に現れたのは、紅のローブをまとった女と、その後ろにずらりと並ぶ信徒たち。

 “火の加護教団”だ。異世界でも有名な、火神信仰の団体で、あちこちの火山を“聖地認定”して回ってる過激派だ。


「その卵は、火の神の贈り物。人間や魔獣に育てられるべきではないわ」


「いや、まずお前ら、ここバルグロスの借地だからな。立ち入り禁止だぞ」


 俺は六法全書・改を取り出し、宗教法第43条“教義による占有主張は世俗契約より劣後する”の条文を読み上げる。


「そちらが神の贈り物と信じるのは自由だが、それが“誰のものか”を決めるのは教義じゃなくて契約と法だ」


「法など、神の意志の前では無力よ!」


「おたくの神、最近裁判勝ってます?」


 信者たちが唸るなか、バルグロスが立ち上がった。

 卵を背に庇うようにして、低くうなる。


「この卵は、我が守る。我が焼け跡の中で拾い、あたため、生かした。……誰にも渡さぬ」


 彼の炎は熱ではなく、誇りだった。

 神の声よりも、親の意志の方がずっと重い気がした。


 数日後、簡易法廷で判決が下された。


「本件の卵について、教義的主張による所有権は認められず、育成における“継続的看護の事実”より、養育権を被告・バルグロスに認定する」


 教団、敗訴。


 信徒たちは不満をぶつぶつ言いながら去っていったが、バルグロスはただ静かに卵を見守っていた。


 帰り際、ふと尋ねた。


「で、その子の名前は?」


 バルグロスは一瞬、黙ってから答えた。


「……まだ、ない」


 その言葉に、なんとも言えないあたたかさがこもっていた。

 この山に名前があるとしたら、きっと“まだない”が、最も正しい名なのだろう。


もしこの卵が孵ったとき、どんな存在になるのか。

法も火も通じない相手かもしれない。だが今はただ、眠る命がそこにある。


焼け跡の静寂は、少しだけ優しかった。

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