【第11話】 『“婚約中の浮気”は合法? サキュバスの恋愛事情、法で裁きます!』
異世界で法律相談を開いてからというもの、俺のもとには毎日、騒がしい依頼者たちが行列を作る。
今日、相談所の扉を叩いたのは──やけに香水くさい、エキゾチックな美人だった。
「お初にお目にかかりますわ、弁護士さま。わたくし、サキュバス族のルクレシアと申しますの」
上品な口調、妙に腰の動きが柔らかい。そして何より、ツノと羽根。
彼女は正真正銘、サキュバスだった。
「で、相談内容は?」
「婚約中の貴族男性から、“誘惑した罪”で訴えられておりまして……」
あー、そういう方向か。
「つまり、婚約者がいる男を誘惑したってことで?」
「いえ、誘惑しておりませんの。向こうが勝手に鼻の下を伸ばしてきただけでしてよ?」
彼女は涼しい顔でそう言った。
……まあ、サキュバスに誘惑されたら、大抵の男は耐えられないだろう。けど、問題はそこじゃない。
「婚約破棄を求められてる?」
「はい。しかも慰謝料まで請求されておりますの。五百金貨……っ!」
高いな、おい。
この世界には“貞操義務法”というやっかいな法律がある。
貴族同士の婚約関係においては、浮気と見なされる行為があった場合、片方に賠償義務が生じる。
でも、今回はどうも腑に落ちない。
「その男、そもそも明確な拒絶の意志を見せてたのか?」
「むしろ毎晩、お茶をご一緒したいと──ふふ」
「……よし、裁判だ」
◆
王都西法廷。
今日は“色恋沙汰”のせいか、傍聴席の貴婦人率が異様に高い。
訴訟相手の貴族青年・ギルバート侯爵令息は、金髪をかき上げながら憤然と立ち上がる。
「この淫靡なサキュバスが、私を誑かしたのだ!」
「“誑かした”とおっしゃいますが、あなたの方から五夜連続で花を贈った記録がございますわ」
ルクレシアがすかさず切り返す。
俺は六法全書をめくりながら、追撃する。
「異世界貞操義務法第七条には、“当事者双方の明確な合意がなければ関係は成立しない”とある。あなた、どこかで拒絶の意を明示しましたか?」
「そ、それは……! 目で……!」
「目で拒否して花束贈りますか? 五日連続で?」
「うぐ……」
さらに、ルクレシアの魔族登録証と“社交会の招待状”が提出され、貴族青年側が自主的にデートを申し込んでいた事実が明らかに。
「判決。被告ルクレシアに慰謝料支払義務はなく、むしろ原告側の虚偽申告により名誉毀損とする」
傍聴席から、やんややんやと拍手。
ギルバート青年は顔を真っ赤にして、スカーフを振り回しながら退場していった。
◆
裁判後、相談所のソファにて。
「いやぁ、助かりましたわぁ……。これで安心して、次の殿方を誘惑……じゃなかった、お茶会にお誘いできますわね♪」
「……お手柔らかに頼むよ」
ルクレシアが去った後、机の上には“ルビーのペンダント”と書かれた箱が残されていた。
ふむ。……証拠品として、保管しとこう。
■
異世界法律相談所の朝は、たいてい依頼人の喚き声から始まる。
だが今日は違った。机の上に、香水の匂いが染みついた封筒が置かれていたのだ。
宛名は──ルクレシア。
「弁護士さまへ。今度こそ合法な、お礼のお茶会にご招待します♡」
……いや、前回も“違法”ではなかったけどさ。
俺は多少の不安を抱きつつ、招かれた王都郊外の館へと足を運ぶことにした。
◆
「ごきげんよう、誠一さま。お忙しい中、よくお越しくださいましたわね」
扉を開けると、ルクレシアが艶やかな黒のドレスで現れた。
背中が大胆に開いたデザインは、明らかに“お茶会”の域を超えている。
「……なんで俺、今日ひとりなんですか?」
「まあ♡ お二人様の方が、おもてなしの密度も濃くなりますでしょう?」
そう言って、ルクレシアは俺の腕を取ってサロンへと誘導した。
壁には妖艶な絵画、テーブルには紅茶と──意味深な配置のマカロン。
「お口に合いますかしら? このマカロン、指でつまむときに自然と指先が触れ合う仕様でしてよ」
「……設計思想がいやらしいな!」
彼女は涼しい顔でカップを傾けた。
「冗談ですわ。今日は真面目なお話をしたくて」
「真面目? あなたが?」
「失礼ですわね……でも本当ですの」
ルクレシアは、しばらく黙って紅茶を見つめ、それからぽつりと語り始めた。
「……わたくし、子どもの頃、契約書を読めなかったばかりに“終身娼館奉仕契約”を結ばされそうになったことがありましたの」
「な……!」
「サキュバスは“誘惑の象徴”と見られがち。でも、私たちだって好きでやってるわけじゃない。自分の意思で恋をする自由が欲しかったのですわ」
そのとき、通りがかった放浪の弁護士が法の力で救ってくれた。だからこそ、彼女は“法を守る人間”に惹かれるのだと。
「つまり……俺が狙われてるのはその延長線上……?」
「はい♡」
「即答すんな」
そのとき、ティーカップを取ろうとした俺の手に、彼女の羽根がふわりと触れた。
あわててカップを落としそうになり──思わずルクレシアの肩に手を添えてしまう。
「……っ!」
「うふふ、弁護士さま。これは事故ですわよ? ね?」
「……事故だ。法的にも、事故だ!」
◆
帰り道、ジャケットのポケットに何かが入っていることに気づいた。
開くと、小さな香水付きのカード。
《また近々、次の依頼でお会いしましょう。次は“契約婚姻”について♡ ルクレシアより》
「……まったく油断ならないな」
だが、ほんの少しだけ──口元が緩んだ。




