【第10話】 『その召喚契約、無効です! 魔族アルバイト詐欺を許すな』
俺の名前は高野誠一。王都法務街で「異世界法律相談所」って看板掲げて、毎日とんでもない相談者を迎えてる。
……でも、今回の相談は、その中でも群を抜いてた。
「……で、君は“転生希望の魔族”ってことで合ってる?」
「はいっ! 僕、マルムって言います! 下級魔族なんですけど、召喚師に『働けば人間に転生できる』って言われて、五年も皿洗いしてました!」
魔族、皿洗い、転生。
この三単語が同時に出てくるあたりで、俺の脳内六法がフル回転を始めた。
「……五年……労働契約書、あるか?」
「あります! 血で書かされた紙が……」
マルムが差し出した羊皮紙には、乾きかけた血文字がにじんでいた。
《契約者マルムは、当方に忠誠を誓い、労働義務を果たすことで、魂の浄化および人間への転生の権利を得るものとする。》
「うさんくせぇ……」
俺は異世界六法全書・改を開きながら、眉間を揉んだ。
「“転生の権利”なんて国家でも発行してねぇぞ。個人で発行とか、詐欺もいいとこだ……」
よし。これは明確な契約詐欺と労働搾取だ。
◆
翌日、王都中央裁判所。
召喚師ザラキ=ネメシス。黒いローブに骸骨の刺繍。
こいつ、見た目からしてアウトだ。
「我は偉大なる転生管理者……冥界の使徒ザラキである」
「はいはい、“アルバイト詐欺常習犯”として記録しときます」
俺はいつもの調子で、六法のページをぺらぺらとめくる。
「で? この血契に法的効力があると主張する根拠は?」
「血こそが魂の証。我が名を刻むことで、魔族は我に従属するのだ」
「異世界契約法第十二条では、“魔的存在による生得的従属義務”は、意思確認なければ無効って明記されてる」
「な、なにぃ!?」
「しかもこの契約、労働時間の明記なし。報酬は“転生”っていう架空概念。はい、異世界労基法もアウト」
「ぬぅ……ぐぬぬ……!」
とどめに、証人を呼ぶ。
「スライム・ナメさん、証言願います」
ぬるっと現れたのは、液体状の魔族ナメさん。
「……あのとき、ずっと……おれは……泡立て器、だった……」
その一言が法廷に響いた。
失笑、驚愕、そして静寂。
そして──
「判決。本契約は詐欺および労働法違反につき、無効とする」
ザラキは血反吐を吐いて崩れ落ち、押収された“転生カタログ全十巻”が証拠として提出された。
◆
裁判後、マルムがぴょこんと頭を下げてきた。
「ありがとうございました! これで自由になれました!」
「よかったな。でも……人間への転生は、まぁ今は保留ってことで」
横で、ナメさんがぬるっと頷いた。
「……皿、二度と洗わない……」
俺の六法と魔族たちの涙で、今日も法廷はぬるっと平和だった。
■
おれの名前はナメ。スライムだ。粘度と表面張力には、ちょっと自信がある。
だけど、五年間も……泡立て器だった。
毎日、熱湯鍋の前でくるくる回され、泡を立て、怒られて、叩かれて──
「もっとキメ細かくしろ」「気泡が大きすぎる」って、それ、具体的にどうすればいいのさ。
握っていたというより、もう“道具の一部”だった。
「……きょうも、泡……」
鉄鍋の縁からぽつんとそう漏らした時、おれは少しだけ、自分の“ぬるぬるした生”について考えたんだ。
そんなときだった。厨房のすみに貼られてた紙切れが、視界の端に入った。
《異世界法律相談所──どんな悩みも六法全書が救います》
「……ろうどう……そうだん……?」
それが、おれの人生を変える、第一歩だった。
◆
「はじめまして。えと、ナメさん、ですね?」
王都の端っこにある事務所で、ヒトの弁護士がそう言った。名は──高野誠一。
なんか、話すたびに六法全書のページをめくるクセがある変なやつだ。
「……泡、たててました……皿、あらってました……けど……なにも、もらって、ないです……」
「給与はゼロ? 勤務時間は?」
「いつも……昼と夜……ずっと……」
真剣に聞いてくれた。
こんな、ぷるぷるしただけの話を。
「これは……労基法違反ですね。裁判、やってみましょう」
“裁判”──その言葉は、ちょっとこそばゆくて、でも熱かった。
◆
裁判当日。
「証人、スライム・ナメ氏」
名前を呼ばれ、証言席にぬるっと滑り込んだ。傍聴席から失笑が漏れる。
けど、おれは、がんばった。
「……あのとき……ずっと……おれは……泡立て器、だった……」
静まり返る法廷。
誰かのくしゃみだけが、変に響いた。
でも、そのひと言が決め手になった。
ザラキ=ネメシスの“召喚契約”は、無効。
おれの過去は、ようやく終わったんだ。
◆
裁判のあと、高野がぽん、と書類でおれの表面を叩いた。
「よくがんばりましたね、ナメさん」
「……泡……もう、しない……」
その後、おれは“液体調味料管理補助員”って仕事を得た。
酢とオイルの管理は、粘度と滑りが命。まさにスライム向き。
「おれ……泡立て器、卒業したんだ」
そう言ったら、新しい仲間たちは笑わなかった。
むしろ──
「ナメさん、粘度測定お願いしまーす!」
「……了解」
ぬるっと背中を伸ばしたおれの中に、少しだけ、あったかいものが混じっていた。




