【第1話】 「俺が死んだ日と、人喰いオークの相談所」
──俺の名前は鷹野誠一、三十二歳。都内でそこそこ名の知れた弁護士だった。
──俺が死んだのは、火曜日だった。
都内の家庭裁判所、午後三時。
いつもと同じように、俺はDV加害者の元夫を相手取った離婚裁判で、依頼人の女性の代理人をしていた。
「暴力の事実はなかったと主張するなら、診断書と録音の説明をしてください。これはただの言いがかりじゃ済みませんよ?」
冷静な声でそう言ったとき、被告の顔色が変わったのが分かった。
その目は、怒りと恐怖と恨みがごちゃ混ぜになって、俺を“何か”として見ていた。
──そう、“仇”として。
その三時間後。俺は裁判所の駐車場で待ち伏せされ、胸を深々と刺された。
「ああ、なんてこった……こっちは依頼人のために正義を貫いただけなのに……」
吐血して意識が遠のくなか、最後に見たのは空の色だった。あの青空が、赤く染まっていくのを、やけに鮮明に覚えてる。
──目が覚めたとき、俺は森の中で横たわっていた。
「……は?」
思わず口から出たその一言。
目の前にはローブを被った男女が二人。どちらもエルフっぽい耳をしている。目は輝いてて、なんか“期待の眼差し”ってやつをバチバチに投げかけてきた。
「貴方こそ、“至高の法術士”……六法の導き手にして、古の律法を操る者ですね!」
「我らの神託により召喚された、伝説の“べんごし”……!」
「……弁護士、だと?」
言葉はなぜか普通に聞き取れるし、意味も分かる。俺は思わず上半身を起こし、自分の体を確認した。
服は……スーツじゃなくて、よくわからん白い法衣みたいな服に着替えさせられていた。
そして手元には──“本”があった。
重厚な皮表紙、金色の文字でこう書いてある。
『異世界六法全書・改』
「……なんじゃこりゃ……」
ページをめくると、見慣れた憲法・民法・刑法・商法・訴訟法……ただし、一部に魔法っぽい用語や“魔族間契約法”なんて見慣れぬ章が加えられている。
「まさか、これが俺のスキルか……」
「そうです! 貴方こそ伝説の法術士様! ぜひ裁いていただきたいのです!」
ローブの男女に手を引かれるまま、俺は森を抜け、簡素な木造の“村役場”に連れていかれた。
そこで待っていたのは──
「……オークだな。しかもデカい。ついでに凶悪顔だ」
体高は二メートル以上、筋骨隆々のグリーン肌。
なにより、手錠をされて泣いている。
「俺、やった……でも、俺だけじゃない……村長だって、飢えた俺たちを見捨てたんだ……」
「うん、いや、言いたいことは分かるけど、ちょっと待て」
このオークが最初の依頼人かよ!
「この者は、村で“人間の死体を食べた”罪により、死刑が求められております。ですが、遺言により“法術士”の裁きが望まれまして……」
「なんだその死に方。遺言で指名されてたのかよ、俺……!」
しかし、逃げられる空気ではなかった。なにせ、俺の六法全書が、ほんのり光っているのだ。まるで「やれ」と言っているように。
仕方ない。
俺は法廷ならぬ、粗末な木の会議室のような“簡易裁判所”に立ち、オークの弁護人を買って出た。
「証拠となる魔晶球には、オークが死体を“発見”する瞬間が記録されていますが、その直前の映像が不自然に途切れている。つまり、編集されている可能性がある」
「ですが、遺体は損壊されていました!」
「解剖医の報告では、“死亡直後に破損された形跡”と明言されています。つまり、オークは“死体損壊”および“死体損壊罪”に該当するが、殺人とは断定できない!」
「では、その死体の身元は?」
「不明。しかも、目撃者の証言では、被害者は数日前から飢餓で弱っていたとの情報もあります」
俺は現代日本で、幾度となく刑法の“構成要件該当性”と“因果関係”について戦ってきた。
魔法も剣も使えないが、論理と法だけは誰にも負けない。
「それに、この村では“食料の供給制限”があったことをオーク本人が述べている。飢餓が引き金になったとしても、それが即殺人の動機になるとは限らない!」
陪審員役の村人たちがざわつく。
俺は一歩前に出た。
「この世界の法がどれほど俺と同じかは分からない。だが、“曖昧な証拠で死刑を下す法”に、正義はない!」
六法全書が光った。その光は、裁判長の前で魔晶球を包み込み──“真実”を映し出した。
映っていたのは、飢えて倒れた村人と、それを見下ろすオークの姿。
そして──一瞬の躊躇の後、空腹に耐えかねたように手を伸ばす場面だった。
その瞬間、判決が下された。
「被告オーク、有罪。情状酌量により減刑とし、村に残り労働奉仕による贖罪を命ずる!」
「俺……生きていいのか……?」
「生きて、償え。お前のやったことは許されるもんじゃない。でも、それでも償う道はある」
オークがでかい体でわんわん泣くのを見て、俺は苦笑した。
そして──
その後、俺のもとには“相談者”が押し寄せることになる。
婚約破棄された悪役令嬢、勇者の追放に納得できない従者、魔族の恋人を守りたいシスター……。
俺は、異世界で──
「弁護士として、食っていけるかもしれないな……」
そう思った。
だがまだ、このときは知らなかった。
この世界に“最高裁”が存在し、そこの長官が、かつて勇者だった男であることを──。