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9.王都の情勢

「どうなる事かと思ったけど、無事に王都に着いて良かったね……」



王都の門に足を踏み入れ、商人のじいさんと別れてから、ユージは改めてほっとため息をついた。

あのまま検閲されていたらと思うと、考えただけで鳥肌が立つ。


「おう。研究所なんかに送られるのは御免だからな。しかし、思ったより状況は悪そうだな」

「うん、そうだね………。まさか騎士団員まで獣人を探してるなんて………」



時刻はとうに昼を過ぎていたので、俺達は適当な店に入り腹ごしらえをする。

しかしたった今起きた出来事に気を取られ、二人ともあまり食事に集中できなかった。


それにユージはどこか落ち込んだ様子で、せっかくの肉を食べながらも頻繁にため息をついている。

その沈んだ様子を見かねて、俺はごくんと肉を飲み込み口を開いた。



「おい。そんなに思い詰めても仕方ないだろ。今度あの森を抜ける時は、整備された道じゃなくて森の中を進めば良いんだ。騎士団よりも魔物の方がましだ」

「でも、森の中でも冒険者達が、獣人を探し回ってるよ……」



周囲に客は少ないが、俺達は聞かれないように小声で話し続ける。



「ならしばらく森に近づかなけりゃいいだろ。王都から南に行けばそこまで検閲も厳しくないんじゃないか」


「うん、そうだね。………でも、あの………。ごめんね、しょこら………」


「なんで謝るんだよ」


「だって、僕が無責任に旅に出ようなんて誘ったから……。どんな危険があるかよく考えもせず、僕、ただしょこらと旅がしたいからって………」


「じゃあお前、俺に故郷の森に帰ってほしいのか?」


「ち、違うよ!もちろん嫌だ。これからも一緒に旅がしたい……」


「なら問題ないだろ。それに、どのみち故郷の森に隠れ住んでたところで、この調子だといずれ見つかってただろうよ。それなら人間のふりをして出歩いてた方が安全だ」


「………うん、確かにそうかも知れないね」


ユージはそれで納得したように頷き、独り言のように言葉を続けた。


「そうだ、それに、僕がずっと一緒にいて、しょこらを守るんだ」

「その前に虫ぐらい殺せるようになれよ」

「そ、それはさあ、また次元が違うんだよ!」



どうやら元気が出たようで、ユージは可笑しそうに笑った。



腹ごしらえが済むと、俺達は改めて王都を散策した。


そこは想像以上の大都市で、あらゆる種類の商店や飯屋、酒場がひしめき、見たこともない数の人間が歩き回っている。

大声で客寄せをするいくつもの露店や、町中を闊歩する高位貴族の馬車、演劇や芸事が催される娯楽施設など、ユージにとってさえ目新しいものばかりだった。


「す、すごい。こんなに栄えている町、他に見たことないよ………」


王都なのだから当然なのだが、それでも俺達はしばし夢中で周囲の光景を観察した。




「なんだあいつらは。なんであんな大声でわざとらしく話をしてるんだ」


ちょうど開催されていた演劇の舞台で、「勇者と伝説の猫」という演目を観賞しながら、俺はユージに質問する。


「あの魔物は作り物だぞ。なんで作り物と戦ってるんだ。武器も全部偽物だ。それにあの勇者、十五歳だと言ってるが明らかにオッサンだぞ」


「しーーーっ、しょこら、静かに!!演劇ってのは作り物なんだよ、人が演じるのを見てそれを楽しむんだ。ほら、怪しまれるから、あまり変なこと言わないで……」


「俺は変なことは言ってないぞ。変なのはあの自称十五歳のオッサンだ」


「あれはみんな役者さんだよ!大人の人が勇者役をしてるんだ、とりあえず黙って………」


気が気でない様子でユージは俺を黙らせる。

俺はじっと我慢して演劇とやらを見続けたが、結局何が面白いのかさっぱり分からなかった。



演劇が終わると再び町中を歩き回り、露店でいくつか食べ物を購入する。


果物の汁を絞った甘い飲み物、細く切って揚げた芋、不思議な風味の香辛料を使った串刺しの鶏肉。

値段が安価なこともあり、あれこれと興味を惹かれては買い込み、俺もユージも腹を膨らませた。



「ああ、お腹いっぱいだ!すっごく楽しかったね、しょこら!」


夕暮れになり、やっと宿屋へと足を運びながら、ユージは満足気ににっこりと笑って言った。

俺も十分満喫し、まるで森での騒動が嘘のように気が晴れて、軽やかな足取りで俺達は宿へと向かったのだった。




翌日、俺達は王都の冒険者ギルドへと向かう。


昨日は大いに遊んだ上に散財したので、今日からはいくつか依頼をこなすことにしたのだ。

最も、まだユージが十歳の頃から貯め続けた金はあるのだが、金を稼いでおくに越したことはない。



ずいぶん王都を満喫したので、ここの文化をすっかり味わった気になっていた俺達だったが、それはほんの一面に過ぎなかったことを目の当たりにする事となる。



冒険者ギルドは五階建ての大きなレンガ造りの建物で、ちょっとした貴族の館のように立派だ。


建物の中もまるで高級な宿屋のように広く、入り口正面に巨大な円形の受付カウンターが据え付けられている。

扉や壁、柱は完璧に磨き上げられ、キラキラと輝く光の粒子が見えそうなほどだ。



俺達はまず壁一面の巨大な掲示板に近づき、そこに貼り付けられた大量の依頼に目を通す。

しかし、いくつか読んでみるとそこには、信じられない内容の依頼が並んでいた。


「ひ、ひどい………。こんな、依頼が………」


ユージは思わず目を見開いて、唖然として呟く。


<複数パーティー募集。惑わずの森での獣人捜索、一匹確保につき五百万ジル。生け捕りの場合は七百万ジル>

<王都周辺の巡回および不審者の取り調べ、獣人の疑いがある者の確保。一日あたり一万ジル、獣人確保時は追加五百万ジル>

<シーランス山岳 麓集落への立ち入り調査。獣人目撃情報多数。有益情報一件につき一万ジル。獣人発見時は五百万ジル>



魔物討伐や薬草採取の依頼に紛れて、獣人関係の依頼が数多く掲示されている。

どうやら他の領地とは異なり、王都では獣人関係の公式な依頼が出回っているらしい。


「しかも、報酬がすっごく高額だ。一体どうしてここまで……」


ユージは信じられないというように目を見張り、掲示板から目が離せないようだ。


昨日の散策で持ち上がっていた気持ちが、また一段と沈み込んだような気がした。


「にしてもこの国の王は、一体何考えてんだ。もうすぐ魔王が復活するんだろ。獣人なんか相手にしてる場合かよ」

「そうだよね……。エド町のこともあるし、魔族への対策は大丈夫なのかな……」


俺達はしばらく掲示板の前で考え込んだ。

王都でここまで獣人捜索がしきりに行われているなら、すぐにでもここを離れた方が良いかも知れない。いつまた検閲や尋問に遭遇するか分からないからだ。


しかしトルードの町もそうだが、王都以外の場所でも獣人に対する関心は高まりつつある。これからどこへ逃げたとしても、結局は同じ状況に陥りそうだ。


「しょこら。とにかく王都を出て、南に向かおうか……?」


ユージの問いかけに、俺は頭を振った。


「いや。どこへ行っても大差ないだろ。それより依頼を受けよう。普通にしてりゃ大丈夫だろ」

「そうかな。……うん、そうだね、ずっと逃げ続ける訳にもいかないもんね。そうだ、堂々としていればいいんだ」



結局俺達は獣人以外の魔物討伐や、素材集めなどの依頼をいくつか引き受ける事にする。


しかし、依頼書を持って受付カウンターに近づくと、若い女の受付係は思わぬことを言った。


「すみませんが、今は獣人関係の依頼を優先的に引き受けていただいています。せめて一つはお選びいただきませんと……」

「ええっ、どうしてですか?けど、魔物討伐のほうが、獣人を捕まえるよりも重要なんじゃ……。だって、魔王だってもうすぐ……」


驚いてユージが尋ねると、女性は首を振る。


「いいえ。むしろ魔王復活が近いからこそ、獣人確保は急務なのです。獣人の実態はまだ解明されていませんが、奴らは人間とは違う。おそらく新種の魔物ではないかと考えられているのです。断定するにはまだ研究が必要ですので、早急に被検体、つまり実際の個体を捕らえて研究所へと送る必要があります。そして奴らが魔族であれば、魔王復活と同時に膨大な力を手にして人類を滅ぼそうとするかも知れません。そうなる前に、我々は奴らを殲滅する必要があります」



俺もユージもその話を聞いて、しばし茫然とした。

俺達にとっては獣人と人間の違いなど、耳と尻尾があるかないかだけだ。獣人は明らかにその辺にいる知能のない魔物とは違うし、本能的に人間を襲うことだってない。


しかし、耳と尻尾があるというだけで、どうやら人間とは別物だと考えられてしまうようだ。


「でも……普通の魔物だって、魔王復活が近づくと凶暴化するし……」

「ええ。ですが魔物の生態は既に我々に知れています。未知の存在ほど恐ろしいものはありません」

「しかし、もし獣人が人間と同じような生き物だったらどうするんだ」


俺の問いに、受付係の女性はふと表情を曇らせる。

獣人を擁護するとも取れる質問に、疑念を抱いているのかも知れない。


「その場合は奴隷とするか、魔物との争いの最前線に送り出すことになります。……あの、あまり獣人の味方をするような発言は控えた方が良いですよ。ただでさえ国による監視の目が厳しいんですから」


女性はカウンターから僅かに身を乗り出し、コソコソと俺達の耳元でつぶやいた。


「それに、他の冒険者達からも目を付けられますよ。……さあ、ではもう一つ、依頼を選んで来てください」



結局俺達は拒否することもできず、獣人捜索の依頼を引き受けることになったのだった。

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