8.未知の存在
トルードに滞在した翌日、俺達は冒険者ギルドで、思いもよらない噂話を耳にする。
俺達がギルドに向かったのは、王都へと向かう馬車の護衛の依頼がないかを確認するためだ。
トルードと王都の間は森を突っ切って道が整備されており、毎日多くの商人が行き来していた。
森との境界には結界が張られているものの、魔物により破られることも珍しくないし、人間の盗賊に襲われることもある。
そのため、護衛の依頼は毎日のように冒険者ギルドに入っているようなのだ。
馬車に乗せてもらうついでに依頼で金を稼げるのだから、俺達にとっても都合が良かった。
しかしユージは、掲示板にある複数の依頼書に目を通し、うーんと悩まし気に唸り声を上げた。
「僕達が引き受けられる依頼は、ほとんどなさそうだ……。どの依頼も最低3人以上のパーティーか、2人以下なら全員Bランク以上を要求してるみたい。まあ確かに、護衛が頼りないと意味がないもんね……」
「おい、これならどうだ。最低2人以上、どちらかがBランク以上。要件は満たしてるぞ」
「ああ、それ……。なんか報酬がすっごく低いけど……。まあ仕方ないか、馬車に乗れるだけでも有難いし……」
ユージが依頼書に手を伸ばした時、俺達の背後で、他の冒険者達がざわざわと騒ぎ出す。
そこから聞こえてきた内容に、俺もユージも思わずさっと後ろを振り向いた。
「おい、聞いたか?惑わずの森で、獣人が目撃されたらしいぞ!」
「ああ、知ってるよ。今じゃ町中の冒険者が森に向かってるって話だ」
「でもそれって、公式にギルドから依頼が出てる訳じゃないんでしょ?」
「それはそうだが、獣人一匹捕らえるとすげえ額の報酬金がもらえるって噂だぜ」
「なら悠長なこと言ってねえで、俺達も行こうぜ!他の奴らに先を越されちまう!」
慌ただしく入り口の扉から出て行く冒険者達の後ろ姿を、俺とユージはポカンと口を開けてしばし見送った。
ユージは依頼書に向けて伸ばしていた手を引っ込め、さっと俺の方を振り向く。
「本当なのかな?獣人が目撃されたって……」
「さあな。俺は自分以外の獣人がどこに住んでるかなんて全く知らん」
「と、とにかく、早くこの町を離れよう。獣人に注目が集まってるんだ、万が一何かあると……」
俺達は多少迷ったが、結局護衛の依頼は引き受けることにした。
歩いてこの町を離れるよりも、馬車で離れたほうが断然速いからだ。
ユージは依頼書を掲示板からもぎ取り、カウンターへと持っていく。
正式に依頼の引き受けが完了すると、俺の手を引いてさっさとギルドを後にした。
「おい、そんな緊張しなくても、普通にしていれば大丈夫だろ」
護衛する馬車を待つ間、町の南門の入り口に立っているユージは、そわそわと周囲を見回している。
その落ち着かなげな様子を見かねて俺は思わず注意した。
「そんな挙動不審だと、余計怪しいぞ」
「う、ご、ごめん。そうだよね。大丈夫だ、平常心を保たないと……」
しばらくすると商人の馬車が到着する。
商人にしては気の小さそうな、小柄なじいさんが馬車を引いている。ごく小さな町商人のようで、悪い奴ではなさそうだ。
「二人とも、こんな報酬で引き受けてもらって悪いね。有難う」
人の良さそうなじいさんは、俺達を交互に見て微笑んだ。
荷台に乗り込んだ俺達は、周囲を警戒しながらじっと座っていた。
屋根や幌で覆われていない小さな荷台なので、俺達の姿は周囲から丸見えだった。
しかし、冒険者が乗っていると一目で分かるほうが、盗賊から襲われる心配も多少は減るかも知れない。
しばらく何事も起こらず、俺達は森の中の舗装された道を、ただ黙って馬車で進み続けた。
俺があぐらをかいている隣で、ユージは膝を抱え込んで座っている。
俺もユージもしばし無言だったが、突然ユージが俺に向かって小声で問いかけた。
「ねえ、しょこら。しょこらはさ、他の獣人に会いたいと思う?」
「なんだよ急に。そう言われてもよく分からねえな。多少の好奇心はあるが」
「そっか。……いや、ほら、もししょこらが獣人の仲間に会いたいとか、助けてあげたいと思うんだったら、僕達も森に行ってみたほうが良かったんじゃないかと思って……」
俺はそれについて少し考える。
しかしどう考えても、俺にはそこまでする動機が全く見当たらなかった。
「今森に入っても、騒ぎに巻き込まれるだけだろ。そこまでして獣人に会いたいとも、助けたいとも思わん」
「……でもしょこら、人間が嫌いなんだよね。同じ種族の仲間がほしいとは、思わないの?」
「仲間なんざ一人いれば十分だ。そんなに多くの奴と馴れ合う必要はない」
ユージはその言葉を聞いて、少し意表を突かれたような顔をする。
しかしすぐににっこりと微笑み、それ以上は俺に質問をしなかった。
平穏な道のりは、しかし、途中で途絶える事になる。
しばし馬車に揺られていた俺達は、突然それが停止したことでガクンとつんのめる。
何事かと前方に目をやると、何者かが馬車の行く手を塞いでいた。
それは盗賊ではなく、魔物でもない。
立派な紋章入りの鎧を着た兵士達が十数人、眼前に立ちはだかっていたのだ。
「あ、あれは王室の紋章……。ってことは、王室直属の騎士団員……?」
ユージが警戒したように呟く。
「一体なんでこんなところに……」
騎士団員の一人が、商人のじいさんに声をかけている。じいさんはポカンとして、はあ、はあと気の抜けた返事をしていた。
じいさんの呑気さとは裏腹に、俺達の耳に飛び込んで来たのは、この上なく不穏な内容だった。
「現在、森の通行人には全員検閲を受けてもらっている。ここ最近、この惑わずの森で獣人の目撃情報が相次いでいるのだ。獣人が人間の振りをして我々の目を掻い潜らないよう、徹底して調べろとの王室からのお達しだ」
「はあ……。ですがここには、獣人なぞはおりませんぞ………」
「それは我々が判断する。獣人の中にも魔力を持つ者がいることは、過去の研究で判明している。魔法で姿形を変えている可能性もある。それに、被り物をすれば耳は隠せるだろう」
「はあ……」
騎士団員とじいさんの会話を聞きながら、ユージはぐっと歯を食いしばる。
今ここで突然俺達が逃げ出せば、それこそ怪しまれてすぐに捕まるだろう。
しかし、どのみち調べられたらおしまいだ。
考える間もなく、他の騎士団員が歩を進めて俺達の目の前にやって来た。
厳しく品定めするような視線で、じっと俺達を観察する。
「そこの君。頭に巻いているそのバンダナを外してもらおうか」
騎士団員は俺に命令する。
ユージは咄嗟に、僅かでも時間を稼ごうとする。
「あの、獣人が出たって話は、本当なんですか・・?ただの噂話なんじゃ……」
「それを調べるために我々がこうして動いているのだ」
「でも、もし獣人を捕まえたら、一体どうなるんですか?……えっと、ただの好奇心ですけど……」
表面上こそ取り繕っているものの、ユージが内心ガタガタと震えている音が聞こえてくるようだ。
「獣人は我々にとって貴重な研究資源であり、危険因子でもある。獣人というのは魔族なのか人間なのか、そこがまだ解明されていないのだ。魔族であれば我々の敵であり、人間の存続を脅かす存在になりうる」
騎士団員は相変わらず厳しい目で、じっと俺達を見下ろしている。
「さあ、我々は忙しいのだ。さっさとそのバンダナを外してもらおう」
ユージはぐっと言葉に詰まる。
ここで逃げ出すか、攻撃に出るか、それとも………
バリイイイイィィィィン!!!!!!!
その時突然周囲に、ガラスが割れるような大音響が響き渡る。
「うわっ!な、何だ!?一体何が……」
騎士団員達は驚きの声を上げる。
それと同時に、たった今舗道と森の境界にある結界を突き破った魔物が、俺達の眼前に現れた。
ギャアアアアアァァァァァ!!!!!
それは小型のドラゴンと見間違うほどの、巨大な鳥型の魔物だった。
鷲の頭にライオンの胴体を持つグリフォンだ。
結界を粉々に砕き、その大きな翼を広げて騎士団員達を威嚇している。
「な、なんだこいつは!!全員、攻撃態勢に入れ!!君達は避難するんだ!!」
騎士団員は俺達に向かって叫ぶ。
「お、お前さん達、捕まっとれ!!」
商人のじいさんは慌てて馬を駆り、その場から全速力で走り去る。
ユージはグリフォンの勢いに圧倒されながらも、安堵のため息をつき胸をほっと撫で下ろした。
「ああ、本当に良かった……。こう言っちゃ何だけど、グリフォンが出てきてくれて本当に助かったよ………。ねえ、しょこら。………しょこら?」
しかし俺はその時、遠ざかるグリフォンと騎士団員達の方向をじっと見つめていた。
グリフォンが突き破った結界の奥に、何者かの姿をちらりと見たような気がしたのだ。
その何者かに、動物のような耳が生えていたことは、俺の気のせいかも知れなかった。