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62.猛攻

「嬉しいよ、また再会できるとは」


魔王は薄気味の悪い笑みを浮かべながら、俺を見下ろして言った。


「君は確か、四百年前に勇者の従魔として、私の元へとやって来たのだったかな。……ああ、良く覚えているよ。私は歴代の勇者の顔など特段覚えてはいないが、君のことだけは良く覚えている!だが不思議なものだ。君は魔族だったはずだが、今は人間として生まれ変わったのだな!」


そう言うと魔王は、さらに大声で高笑いした。

その不気味な声は燃え盛る炎の合間を縫って、大広間中に響き渡る。



俺は面倒なので、俺が従魔ではなく勇者であったことについて、わざわざ説明はしなかった。

変わらず魔王をジロリと睨み返し、ぐっと足に力を入れる。


魔王は俺の様子に構わず、楽しそうに話し続けた。



「そしてこの時代で、君は今度は勇者として選ばれたのだ!とても面白い。しかし残念だな、私は黒猫が好きでね。君が勇者でさえなければ、殺さずに私の従魔にでもしてあげたものを。……さあ、私を楽しませてくれたまえ。少し肩慣らしをしようじゃないか」



魔王はそう言った次の瞬間、突然俺の目の前に現れていた。


そして右手を突き出し、それをそのまま俺の心臓に突き刺そうとする。



その動きを予想していた俺は、すんでの所で後方へとジャンプし、何とかその攻撃を免れた。

あとほんの僅かでも遅れていたら、既に心臓を鷲掴みにされていただろう。



「おや、私の攻撃をかわすとは、なかなかやるじゃないか!だがいつまで回避できるかな?」



魔王はまさに狂人のように高々と笑い声を上げながら、俺の元へと瞬時に移動する。


燃え盛る炎の隙間を縫うように、目にも止まらぬ速さで奴は動いた。



今度は俺は攻撃をかわせず、その代わりにバリアを展開した。



バリイイイイィィィン!!!!



しかし、完全に展開し切れなかったバリアはその攻撃に耐えられず、脆くも崩れ落ちる。




この魔王の最も厄介な点は、攻撃力でも闇魔法でもない。



物理的な攻撃だけなら、俺だって引けを取らない。

また、こいつはラファエルのように、簡単に人を絞め殺すような闇魔法だって使わない。



最も厄介なのは、この世の何よりも素早く動く、その驚異的な速度だった。


俺の知る限り、この世界でも異世界でも、この速度に匹敵する者はいない。

魔王はその速さを利用して、瞬時に対象の命を奪い、その体を乗っ取ることができるのだ。



勇者は女神の加護があるので、俺自身の体が乗っ取られることはない。

しかし、俺以外の人間や獣人は、この魔王の前では完全に無防備だ。



ダアアアアァァァン!!!!



考えに気を取られた一瞬の隙に、魔王は俺の腹に猛烈なパンチを食らわせた。


俺の体は炎を突っ切りながら吹っ飛び、壁に激突してそこに大きな穴を開ける。



「………チッ、厄介だな……」



ズルズルと崩れ落ちて口から血を流しながら、俺は呟く。

しかし同時に治癒魔法で、瞬時に傷を癒していた。



魔王は今、ただ俺を攻撃して遊んでいるだけだ。


その気になればいつでも俺に致命傷を与えられるにも関わらず、わざと攻撃の間隔をずらしている。



「さあさあ、どうした!!回避や防御ばかりでなく、攻撃したらどうだ!!!」



狂喜にその目を輝かせ、魔王は叫ぶ。


そして再び、今度は俺の右頬に強烈な蹴りを食らわせた。



ドオオオオオォォン!!!!



床に叩きつけられた俺は、辛うじて再び治癒魔法で自らを回復させる。

このままではいずれ体力が尽きるだろう。



しかし俺には、魔王の考えていることが手に取るように分かる。こいつは今ここで、俺をあっさり始末する気などない。


おそらくそのうち大広間から外へ出て、宮殿の庭に固まっている人間のうち、一人を選んで体を乗っ取るだろう。

そして選ばれるのは間違いなく、俺に近しい人間だ。



「クソッ、こいつを外に出す前に、何とか……」



何とか一瞬でも隙を見つけて、奴に攻撃を当てなければならない。


再び飛び掛かってくる魔王に向かって、俺は右手から思いっきり火炎魔法を発射した。



「おいおい、魔法攻撃など、この私に届くと思っているのか?」


嬉しいような呆れたような声で、魔王はまだ床に座り込んでいる俺を見下ろしながら言う。


実際、魔法が噴射される速度は、魔王の動きに比べればそよ風のようなものだった。



「君は気づいているかな。人間の神は弱体化しているが、対して私は四百年前よりも強くなっているのだよ」


動き回るのを止め、俺の目の前で仁王立ちになりながら、魔王は誇らしげに言った。


「もちろん四百年前より速度も攻撃力も上がっている。それに……確か私は、四百年前は対象を殺さなければその体を乗っ取れなかったはずだ。だがしかし今は、生きている人間にそのまま憑依できるのだよ。どうだ、一つ見せてみようか?」



そう言うと、魔王は舌なめずりをする。

ずっとお預けだった楽しい時間が、やっと来たのだ。



次の瞬間には、入口の扉めがけて魔王は動いている。


しかし俺は、今回だけは魔王よりも早く行動を開始していた。




ドガアアアアァァァァ………ン



魔王がそこを通り抜ける前に、俺が発した熱光線を受けて大広間の天井が半分崩れ落ちる。


崩れ落ちた瓦礫の下に、魔王の体は完全に埋もれた。



「逃げるんじゃねえ。お前はここで始末する」



俺は瓦礫の山に向かって吐き捨てるように言った。


しかし正直、これで魔王を殺せたとは思っていない。



案の定瓦礫の山が崩れ出し、その中から再び魔王の姿が現れる。


しかし瓦礫の上で待機していた俺は、そいつが顔を出すや否や、頭を思いっきり蹴りつけた。



ダアアアアァァァン!!!

ダアアアアァァァン!!!



反撃の隙を与えまいと、俺は次々に足蹴りやパンチを食らわせる。

このまま攻撃を続ければ、何とかその魂を破壊することができるかも知れない。



しかし同時に俺は、たった今俺が攻撃している、その体のことを考えた。


俺の知らない奴ではあるが、そもそもこの体だって、魔王に乗っ取られた人間の冒険者のものなのだ。



見知らぬ者とはいえど、攻撃し続けるのは正直心苦しい。


しかし魔王の裸の魂を、そのまま攻撃する術はない。魔王が誰かに憑依している間に、その体ごと息の根を止める必要があるのだ。


例え生きた状態のまま体を乗っ取られたとしても、魔王の魂が壊れれば、憑依された者も同時に死ぬ。

それは俺が過去に、ロッセルと共に未来の魔王と対峙した時に経験したことだ。


魔王はそれを分かっていて、勇者自身がその者の命を奪うという事実に悩み苦しむのを、心から楽しんでいるのだ。



このまま攻撃を続けると、今体を乗っ取られている冒険者は確実に死ぬ。

しかし他に方法のない俺は、攻撃を続ける以外に選択肢がない。



だがその考えと同時に、いくら攻撃しても手応えのないことを、俺は否応なく感じ取っていた。



しばらく俺の攻撃を受け続けていた魔王は、次に俺が繰り出した蹴りをひょいとかわし、ガランと音を立てて瓦礫の上に降り立った。

その余裕の動きからして、おそらくこれまでの攻撃は、わざと避けずにいたものと思われる。



「さあ、満足したかい?どうだい、君がいくら本気で攻撃しても、私には痛くも痒くもないのだよ。……さあ、そろそろ、もっと楽しいお遊びの時間だ」


「おい、待て!!!」



俺は思わず叫ぶが、魔王が待つはずもない。


瞬時にその場から姿を消した魔王は、瓦礫の山を越えて大広間の入口から出て行った。



「チッ、おい、今どこにいる!まだ宮殿の外にいるなら、ナユタ達と一緒にそこを離れろ!!」


俺は猫耳にくっついた銀の輪っかに手を触れながら、ユージに向かって叫ぶ。


しかしその返事が来る前には、俺自身も既に広間から出て、玄関ホールを突っ切り外へ出ていた。



そして庭を一望した俺は、思わず呆然として立ち尽くしたのだった。


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