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61.正体

「……お前ら……」


俺はその姿を見て小さく呟く。


ナユタは光の消えた目をしたまま動かない。喉元に突き付けられた剣にも一切反応せず、ただ空虚な目をして前を見つめていた。

縛られてもいないのに、一切の抵抗をしていない。


それに対して、床に投げ出されたミーシャとアイリーは、おそらく道中で襲われたのか全身がボロボロだった。


特にミーシャは腹の辺りに深い傷を負い、ほとんど虫の息になっている。

アイリーも体中を負傷しており、同様に気を失っていた。



よく見ると、ナユタ達の背後にいる者も、ユージを操っている者も、頭に虎の耳をくっつけている。



「さあ、選ぶんだ。お前の仲間たちが目の前で殺されるのをただ見つめるか、あるいは我々の側につくかだ」


ディアベルは落ち着きを取り戻した低い声で、俺に向かって言った。


「よく考えてみるが良い。獣人と人間が同じ人類と言うのであれば、我々が人間より優位に立つべき存在であることは明らかだ。だからこそ神は我々に、闇魔法を行使する力を授けたのだ。………何がおかしいのだ」



俺は入口に顔を向けたまま、思わずフンと鼻を鳴らした。

背後からそれを見ていたディアベルは、どうやら俺が吹き出したと思ったらしい。


俺はくるりと振り返り、再びディアベルに向き合って言った。



「お前は阿呆か。闇魔法を使える人類なんざ存在しない」



そう言いながら、俺は深くため息をついた。


全く、どうして今まで気づかなかったのだ。

今思うと、そもそも虎の獣人の存在からして不自然だったのだ。



ラファエルによると、この世界に獣人が誕生したきっかけは、四百年前にウィルが作った転移魔法陣により、俺達の世界とラファエル達の世界の交流が秘密裏に行われたからだ。


そしてこの世界の人間とラファエルの世界の獣人が交わることにより、この世界特有の、新たな人種である獣人が誕生した。


俺は何度かラファエル達の世界に行ったが、そこに虎の獣人などは一人もいなかった。

つまり、この世界にも虎の獣人など存在するはずがないのだ。



どうやらこのディアベルは、人間でも獣人でもないらしい。

ラファエルは本当は、魔王を殺してなどいなかったのだ。


どうりで女神が未だに、俺を呼び出さない訳だ。



「ったく、芝居が上手くなったもんだな。もう隠す必要もないだろう。お前は魔王だ。今ここで始末する」



俺が言い放った言葉は、大広間全体に響き渡る。


すると周囲の獣人達は一斉にざわめき、困惑の声を上げた。


「ま、魔王だと………?一体何を言って……」

「そんなまさか。ディアベル様は、我ら獣人の代表で……」



ディアベルはざわつく獣人達を見つめ、ひじ掛けに頬杖をついたまま俺を見返す。


そして、しばしの無言の後、再びニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。



「……やれやれ、知られてしまっては仕方がない。獣人の王のふりをして、この国を掌握した後に滅ぼすのも、一興だと思ったのだがな」


ディアベル、もとい、魔王が言い放った言葉を受けて、獣人達は一斉に雷に打たれたような顔をする。

誰もがその目を見開いて、玉座に座るその姿を見つめた。



「そ、そんな……まさか、魔王だなんて……」

「わ、我々は、魔族に弄ばれていたというのか?」

「おい、魔族が闇魔法を使うってことは、それじゃあいつらは……」



何人かの獣人がハッとして、ユージとナユタを捕らえている虎の獣人に目を向ける。


しかしその時には、その虎の耳は既に、二本の角に入れ替わっていた。



「ああ、その者達は我が配下、ヴレードとヴィライノスだ」


魔王は満足げにほくそ笑んだまま、配下達を見下ろした。

しかし魔王自身の頭には角はなく、先ほどまでくっついていた虎耳も消えている。


誰も尋ねていないのに、魔王はこの場の空気を心から楽しむかのように言った。


「我が配下達と違って、私は四百年ごとに魂だけがこの世に復活するからね。誰かに憑依しなければならんのだよ。この体はたまたま見つけた人間の冒険者のものだ。魔術で偽の耳をくっつけていたがね。……だがしかし、面白くないな。私としてはやはり、もっと勇者を苦しめる存在に憑依したいものだ」



そう言って魔王はユージに、そしてナユタ達の方に目を走らせる。


「……さあ、誰にしようかな?」




ドオオオオオオオォォォン!!!!!




その時突然、大広間に爆発音が響き渡った。


炎と粉塵が飛び散り、煙がもうもうと立ち上り、周囲にいた獣人達は悲鳴を上げて入口の扉へと向かって駆け出す。



俺は炎に囲まれながら、ギロリと鋭い眼光で魔王を睨み返した。



「もう二度と同じことはさせない。お前はそのまま仕留めてやる」



それは俺が、意図せず巻き起こした大爆発だった。


四百年分の憎しみが積もりに積もって、目の前にいる魔王への怒りが文字通り爆発したのだ。



戦いの中で命を落とし、その体を乗っ取られたハルト。


俺の目の前で憑依されたアルクと、その体を刺し貫くハジメ。


さらには、体を奪われた父親を自らの剣で貫いた、ロッセルの姿。



これまでに俺が対峙してきたこの魔王は、いつの時代も極悪非道だった。


もはやこれ以上、俺の周囲の人間に取り憑くことは許さない。




視界を隠す煙に巻かれながら、配下であるヴレードとヴィライノスは逃げ惑う獣人の波に吞まれそうになっている。


ナユタを捕らえているヴレードに、その時、背後から何者かが近づいた。

不意を突かれたヴレードが振り返る間もなく、その誰かはぶつぶつと呪文を呟き、輝く魔法陣が展開される。



「ウガアアアアアァァッッッ!!!」



ヴレードの頭上に突如現れた魔法陣から、強烈な雷がその頭頂部に落とされた。


稲妻の直撃を受けたヴレードは、その場でバタンと意識を失う。



闇魔法は、術者が倒されると解除される。

はっと我に返ったナユタの耳に飛び込んできたのは、狼狽えながらも安堵している声だった。


「ああ、良かった。混乱に乗じてじゃなけりゃ、俺のしょぼい魔法なんかすぐ見切られちまってただろうからな……」


ライアスはそう言って、ナユタを見て安心したようにニッと笑う。


「ったく、しょこらの奴、人使い荒いよな。俺なんか戦力になんねえと思って研究所に引っ込んでたんだが、こいつで呼びされたんだ」


ライアスは、自らが作った銀の輪っかを指でつまんだ。


「しかし、思ったよりすげー事になってんな……」


ナユタはすぐににっこりと笑い、ライアスの肩にポンと手を置く。


「ありがとう。助かったよ。ユージ君の方は大丈夫かな?」


「ああ、あっちはしょこらに任せて大丈夫だろ」


そう言うとライアスはすぐにアイリーとミーシャの前に屈み込み、治癒魔法陣を展開した。



ライアスがナユタ達の元へ駆けつけた頃、俺も同時にユージの元へと向かっていた。


大広間に充満する煙のせいで、魔王は憑依すべき対象の位置を見定められないだろう。


その隙に俺は猫の姿となり、逃げ惑う獣人達の間を掻い潜ってヴィライノスの元へとたどり着く。

そして猫の姿のままジャンプし、思いっきりその頭に猫キックを食らわせた。



勇者となった俺が怒りに任せて渾身の力で蹴りを食らわせると、その威力は途方もないものだ。

ラファエルにこそ効かなかったが、魔王の配下程度であれば倒すことは容易い。


ヴィライノスの頭は首からもげて吹っ飛び、数メートル吹っ飛んだ先でボトリと落下した。



「あれ、しょこら。僕は……」


我に返ったユージに向かって、俺は獣人の姿に戻って言った。


「魔王はお前らの誰かを殺して体を乗っ取るつもりだ。ここに留まるな、早く行け」


「ま、魔王!?どういう事……でもしょこらは……」


「良いから早く行け!!!」


鬼気迫る勢いで俺が言うので、ユージは混乱しながらもやっとこくりと頷き、広間の入口へと向かって走り出す。


俺は銀の輪っかに指先を触れ、ナユタにも同様に指示した。



「間違っても、また体を乗っ取られるな。分かったか」


「ああ。分かったよ」


ナユタは静かに答え、ライアスに向かって頷く。


そして目を覚ましたアイリーとミーシャ、追いついたユージも一緒に、扉の外へと出て行った。



大広間から人がいなくなり、そこにはただ燃え上がる炎と、立ち上る煙だけが残された。



煙の隙間からこちらに視線を送る魔王は今や、この上なく嬉しいと言うように顔中に笑みを浮かべている。

そして、未だにひじ掛けに頬杖をつきながら、俺に向かって言った。



「さっき見えた、あの黒猫の姿……。君はあの、今は亡き我が愛しの従魔、シャノルの子供じゃあないか。いや、正しくは、その子供の生まれ変わりかな?嬉しいよ、また再会できるとは」

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