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60.王になる男

「何者だ!!」


武装した獣人達は一斉に武器を構え、俺とユージに向かって問いかける。

犬に狼、兎に狸など、様々な種類の獣人がそこに集っていた。


俺がざっと一望しても、なぜか猫の獣人だけは見当たらない。



そして部屋の一番奥、王座に腰かけているのは、虎の耳を持つ巨大な体躯の獣人だった。



一斉に俺達に向かって駆け出そうとする獣人達を、その虎の獣人は右手を上げただけで制止する。

どうやら既に王様気取りのようだ。


「よくここまで来られたものだ。その胆力だけは褒めてやろう」


深く低い、よく響く声で虎の獣人は言った。


「だが妙だな。お前は獣人ではないか。それも、何とも珍しい猫の獣人だ。……しかし、お前は我々に賛同してここへ来た、という訳ではなさそうだな?」



虎の獣人は冷静で、その話し振りは非常に穏やかだ。

しかしその瞳の奥には、ヒヤリとした冷酷な光がちらついている。



「せっかくここまで来たのだ、まずは互いに自己紹介といこうではないか。私はディアベル、この国の新しい王となる者だ。お前の名は何と言う」



俺は堂々と獣人達の間を歩いて通り抜け、王座の前でピタリと立ち止まる。

ユージも半歩遅れて、恐る恐る俺について来た。


腰に手を当てて王座に座ったディアベルを見返しながら、俺はフンと鼻を鳴らした。


「お前に名乗る義理はない。こんな茶番はさっさと止めるんだな」



俺が言い放った言葉は、しんとした大広間に響き渡った。


すると一瞬間が空いた後、周囲から怒号のうねりが巻き起こる。



「貴様、国王に向かって何という物言いだ!!」

「茶番などではない、我々は本気だ!本気でこの世界を変えるんだ!」

「お前は人間に味方するのか!この裏切り者め!!」



今にも武器を振り上げて飛び掛かってきそうな獣人の群れに、ユージは思わずぐっと身構える。

そして無意識に剣の柄をぎゅっと握りしめた。



しかし、荒ぶる獣人達とは裏腹に、ディアベルという男はどこまでも冷静だった。

その辺だけは、さすが王として選ばれたというだけはあるかも知れない。



「皆落ち着け」


再び片手を上げただけで、ディアベルはその場を静まり返らせる。

そして改めて俺に向き直って言った。


「これが茶番だと言うお前の意見を聞こう。皆が言っているように、我々はどこまでも本気だ。この世界を人間ではなく、獣人中心の世界に作り替えるんだ。これまで人間がしてきた所業をお前も知っているだろう」


俺は腰に手を当てたまま、無言でディアベルを見つめ返す。


「我々は昨日、人間の国王を亡き者にした。その国王は緊急指令の名の下に、無差別に小さな村や集落を襲わせていたのだ。被害に遭った村の多くは人間のものだ。獣人を殺めようとせんがため、奴は同じ人間をも犠牲にした。これはまさに狂気の沙汰だ。そのような種族にこの世界を任せるなど、それこそが茶番ではないか」


俺ははあっとため息をついて言い返す。


「国王の頭がおかしかったのは知っている。だがそれは少なからず、魔王による精神干渉を受けていたせいだ。国王だけじゃない、この国の人間はほぼ全員影響を受けていただろう。だが魔王亡き今、精神支配は解除された。にも関わらずこんな暴挙に出ているお前達の方が、余程野蛮だ」



俺の答えは、ディアベルにとって予想外だったようだ。

片方の眉を少し上げて、ディアベルは俺に問い返す。


「精神支配を受けていた?なぜお前にそのような事が分かる。それに、例え魔王の影響がなくとも、人間達は我らを差別していただろう。なぜなら我々獣人はここ数百年、ずっと人間達の狂気に怯え、隠れ住んで来たからだ」


「それで今度はお前達が、その頭のおかしい狂人達と同じことを繰り返すのか?それこそ馬鹿の考えだとは思わないのか?」



俺の挑発するような言葉にも関わらず、ディアベルは感情を一切表に現さない。

むしろ薄ら笑いすら浮かべながら、ひじ掛けに頬杖をついて言った。



「口を慎むんだな。これは人間達にとって当然の報いだ。自らの行為を心から恥じる良い機会だ」


「獣人も人間も同じ人類だ。争いを続ける理由がどこにある」



俺がそう言い放つと、一気に大広間は再びざわめいた。

獣人達の怒号が再び俺とユージに向かって投げつけられる。


「お前、根も葉もないことを言ってんじゃねえぞ!」

「何が同じ人類だ!我々をあんな蛮族と一緒にするな!」

「俺達は人間とは違う!!」



ディアベルはもはや皆を制止しようとはせず、それでもよく響く低い声で俺に問いかける。


「獣人が、人間と同じ人類だと言うのか。なぜお前にそんな事が分かる。我々が魔族だという可能性だってあるだろう」


「それはありえない。獣人が魔族なら、俺が勇者に選ばれるはずがないだろ」



俺が言い放ったその言葉で、大広間はまた静まり返る。



しかし次の瞬間、ディアベルは大声で威勢よく笑った。


気味の悪い重低音が、大広間の隅々まで響き渡る。



「お前が勇者に選ばれただと!面白い、それなら証明して見せ………」



ドガアアアァァァァァァン!!!!!




突然響き渡った轟音に、ディアベルの笑い声はかき消される。

それと同時にディアベルの背後の壁が大きく破裂し、飛び散った破片がその顔を掠め飛んだ。


頬から血を流しながら、笑いを止めたディアベルはじっと俺を見つめた。


たった今俺が放った火炎魔法の威力に、獣人達は恐れ慄きざわめいている。



「これで十分か。もっと見せた方が良いか?」


俺は魔法を放った右手をディアベルの方に向けたまま尋ねる。


するとディアベルは、意外にも再び大きく笑い声を上げた。



「ははははははは!!なんと、本当にお前は勇者なのか!!面白い、これはまさに良い機会だ。……そうだな、神は獣人を勇者として選ばれた。それはすなわち、獣人が人間よりも優っていることの証だ!!この事実を全国民に知らしめ、堅固な獣人の国を創り上げるのだ!!」



俺は再びため息をつく。


全く、阿呆とはいくら話しても無駄だ。結局自分の都合の良いようにしか解釈しないのだ。



「さあ、後悔しないうちに、我々の側につくのだ。お前だってこれまで、人間達から酷い仕打ちを受けてきただろう。あんな蛮族に、生きる価値などあると思うのか?」



その言葉に、俺は再び思い出す。


初めて人間の冒険者達に捕まった時に感じた、あの感覚。

心の底から湧き上がって来た冷たい怒り。



しかし今は、そんな事はもはやどうでも良い。


俺がこの先望むのは、ユージやナユタ達とただ平穏に過ごすことだけだった。



「断る。お前が降参しないなら、こっちも強硬手段に出るしかない」



俺がそう言い放つと、しかし、ディアベルはにやりと笑みを浮かべた。



「生憎と、それはこちらも同じだ。さあ、仲間の命が惜しければ、今すぐ我々の側につくのだ」



ハッとして俺が振り返ると、そこにユージの姿はなかった。


いつの間に移動したのか、壁際に並ぶ獣人達の一人に羽交い絞めにされ、その喉元には剣が突き付けられている。


そしてユージのその目からは、不思議と光が消えていた。



俺はユージのそのような目を、過去に何度か見たことがある。


同時に俺は宮殿の庭に座り込んだ人間達の、不自然なほど従順な態度を思い出す。

その二つが繋がると、俺はじろりとディアベルを見返して言った。



「お前……。闇魔法が使えるのか」


「ああ、その通りだ。思ったより早く気付いたのだな。我々の一部は闇魔法を行使する。これもまた、獣人が人間より優れている点の一つだ」



ディアベルは笑みを浮かべたまま、俺に向かって言い放つ。



「さあ、お前が私を攻撃するより早く、剣が彼の喉を貫くだろう。馬鹿な考えは捨てて、我々に賛同するのだ。……それとも、彼一人だと足りないかな?」



そう言うとディアベルは大広間の扉に目を向ける。

俺が蹴り開けた扉の向こうから、その時、別の影が姿を現した。



そこには、同じように光の消えた目をしたナユタと、全身に傷を負い気を失っているミーシャとアイリーの姿があった。

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