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6.勇者の森

「うわああああ!!しょしょしょこら、助けて!!こっちに来る!!」

「うるせえな!!剣で一突きにすりゃいいだろ!!」

「だだだって、そいつらすっごく気味が悪くて……うわああああ!!」



ついにファビネの町を旅立った俺達は、巨大な虫の魔物 (レックスフライだ)に遭遇し、虫嫌いのユージは慌てふためいて逃げ回る。


「ぼぼぼ僕、虫大っ嫌いなんだ!!うわああいやだ、こっちに来ないで!!」



ブーーーンと気味の悪い羽音を立て、数体のレックスフライはユージに向かって飛び掛かる。

ユージはもはや戦いを放棄し、涙目になって逃げ回っていた。



「しょこらああああ~~!!」



全く、僕がしょこらを守れるぐらい強くなる!って言ってたのはどの口だ。

俺は猫の脚力でジャンプし、空中で二体の虫に回し蹴りを食らわせる。



ボトリと地面に落ちた虫は、弱々しくブブブと羽音を響かせた。


残る三体にも俺は次々に足蹴りを食らわせ、ついに全ての虫が地面に落下する。

ユージは心からほっとした様子で、地面に尻もちをついた格好のままはあっと息をついた。


「あ、ありがとう、しょこら……。ごめん、全部やっつけてもらって……」



旅に出てからというもの、ユージの奴は虫に限らず、初見の魔物相手にはひどく怯えていた。

何とか戦ってはいるのだが、剣を持つ手はぶるぶると震えているのだ。


これまでは森で同じような魔物しか相手にしてこなかったので、こいつの臆病さの全貌は俺に知れていなかったのだ。


「ったくお前、そんなんで旅ができるのかよ。これからもっと強い奴に遭遇するかも知れないんだぞ」

「ごごごめん……。けど僕本当は怖がりだからさ、知らない魔物の討伐は苦手なんだよ……」

「お前、よくそれで旅に出ようなんて提案したな……」

「うっ……。だ、だって……。どうしてもしょこらと、色んな場所に行きたくて……」



やれやれ。

まあしかし、旅を続けていれば少しはマシになるかも知れない。




俺達は気を取り直して再び荒野を歩き始めた。


ユージの故郷ファビネは、大陸中部から町を一つ通り抜けて北上した場所に位置していた。

本来なら俺達はそこからさらに北東へと進み、生の魚料理がある「エド町」へと行くはずだったのだ。


しかし、俺の冒険者登録が住んでいざ出発する段になると、俺達の耳に思いがけない情報が飛び込んで来たのだ。



「それにしても、まさかエド町が封鎖されちゃってるなんて……。僕、全然知らなかったよ」


ユージは歩きながら、残念そうにはあっとため息をつく。


「しょこらと一緒に、お刺身が食べたかったのになあ……。でもきっと、いつか封鎖は解けるはずだし、その時は絶対一緒に行こうね!」

「おう。しかしそう簡単に封鎖は解けるのか?ギルドで聞いた話だと、あまり良くない状況みたいだが」

「さ、さあ……。でもきっと、勇者様が何とかしてくれるはず……」



ちなみに今は、二百年に一度の魔王復活の時期にあたるらしい。

そして魔王復活に際して勇者もこの世界に生まれており、つい最近魔王討伐の旅へと出発したらしいのだ。


「エド町が封鎖されたのも、魔族が関わってるみたいだし……何とかできるのはきっと、勇者様だけなんじゃないかな……」



とにかくエド町に行くことを一旦中止した俺達は、その代わりに大陸を南下して王都へ向かうことにしたのだ。


「僕、王都って行ったことがないんだ。きっと王都にもたくさん美味しい料理があるよ!これからいろんな場所に行って、いろんな料理を一緒に食べようね!」


ユージはわくわくしながら目を輝かせた。

俺も食べ物には興味があるので、心の中では少なからず興奮している。




その日は旅に出てから、ちょうど一週間だった。


その夜、俺達はユージのカバンからテントを取り出し、焚火を熾して野営する。

夜になり辺りが暗くなると、俺とユージは焚火の前に並んで座り込んだ。



しばらくパチパチと炎がはぜる音を聞きながら、ユージは俺に問いかける。


「ねえしょこら。なんだか不思議なんだけど、こうしてると僕、すごく懐かしい気持ちになるよ」


ユージの瞳には、形を変えて揺れる炎が映り込んでいた。


「しょこら、ありがとう。僕と一緒に旅をしてくれて」


俺は言うことがないので、特に返事をしなかった。



しばらく黙っていたユージは、炎に目を向けたまま再び話し始める。


「僕さ、すごく臆病で人見知りで、ずっと友達がいなかったんだ。だけど獣人がいるって話を聞いた時、どうしても会ってみたくなって……、それで、しょこらに初めて会った時、すぐに確信したんだよ。僕はこの子と友達になりたいって。それで頑張って冒険者になって、いっぱい特訓して、臆病を克服して、一人で森に入れるようになろうって決めたんだ」



改めてそう言われると、ユージがかなり努力したことが伝わってくる。

臆病さは完全には克服できていないようだが、それでも大したものだ。



両ひざを抱える恰好で地面に座り込んだユージは、焚火からふと目を逸らし、カバンの中を漁り出す。

そして中から地図を引っ張り出した。


「明日にはたぶん、トルードって町に着くと思うよ。その町を超えると森があって、その森を通り抜けると王都に着く。この森は王都までの道が整備されてるから、きっと魔物とは遭遇しないはず……」



俺はユージに頭を近づけ、同じく地図を覗き込んだ。

地図を見るのは初めてなので、そこには見たことのない町の名前がたくさん並んでいる。


その時ふと、これまで俺がずっと住んでいた森の名前が目に飛び込んできた。


「……おい。この森、なんでこんな名前なんだ?」



俺が尋ねると、ユージは気が付いたように説明する。


「そっか、しょこらは故郷の森の名前を知らなかったっけ。ここが“勇者の森”って呼ばれてるのは、今から四百年前に、勇者がここに家を建てて住んでたからなんだって。ファビネの町は、その頃はミストラルって呼ばれてたらしいんだけど……」


「森に住むなんざ、余程の物好きなんだな」


「うん、そうだね。……ちなみにその勇者が従魔にしてた黒猫ってのが、しょこらっていう名前の猫だよ。すっごく強かったみたいで、今では伝説の猫って呼ばれてるんだ。しょこらの名前は、その猫から取ったんだよ」



そうは言っても、四百年間に存在した勇者と黒猫なんざ、俺達に取ってはほどんどおとぎ話の存在だ。

特に興味もそそられなかったので、昔の勇者に関しての話題はそれ以上は続かなかった。



その日はテントで夜を明かし、俺達は翌日、改めて王都へと向けて出発したのだった。



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