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57.王宮への道

転移魔法により一人王都西門の外側へと落とされたナユタは、門番をしていた獣人を難なく倒し、町中へと侵入していた。


郊外を歩いていると、たまに獣人の見回りに遭遇した。

ナユタは獣人を見つけるたびにさっと身を隠すか、あるいは気絶させるかして、王都の中心部へと向かって歩を進めている。



歩くにつれてまばらだった住居は徐々に密集し出し、入り組んだ路地が現れ、やがて大通りへと出て商店や宿屋、各ギルドの建物が顔を出す。

そして建物が増えるにつれて、見回りの数も増加していった。



『全く、よくこんな数の獣人がこの世界に隠れ住んでいたものだ』


ナユタは声に出さずに考える。

ミーシャと同じように、それがナユタに取っても最も驚くべきことだった。


『きっとライアス君ですら、この世界の獣人の全貌は把握していなかったんだろう。……おっと、危ない』



路地の向こうから数人の獣人が姿を現し、ナユタは近くの商店の陰にさっと身を隠す。

大通りにほど近い場所であるというのに、すれ違うのは獣人ばかりだ。



しかしナユタがよく見ると、武装した三人の獣人(どれも狸の耳がついている)の間に、二人の人間が紛れ込んでいた。


それは若い女と小さな男の子で、女のほうは体中に痣があり、口から血を流している。

男の子のほうは女の腕に抱えられ、ぐったりと意識を失っていた。


どうやら二人とも、獣人達から暴行を受けたようだ。



遠くからでもはっきりと聞き取れる声で、狸の獣人達は声を荒げている。


「おい、さっさと歩け!!逃げ出そうなんざ馬鹿なこと考えるからこうなったんだ。お前らの自業自得だぞ!」

「全くだ!こそこそ隠れやがって、手間かけさせんじゃねえよ」



乱暴に女を引っ張りながら、獣人達は大通りを東に向かって進み続ける。


王宮は王都の中心からやや北寄りにあり、その周囲をぐるりと大きな通りが取り囲んでいた。

ここは王宮の西側なので、どうやらこの獣人達も王宮の方向へと向かっているらしい。



『人質を全員、王宮近くに集めているのか……?』


ナユタは獣人達に見つからぬよう、後をつけ始めた。





その頃、王都北門から中に入った俺とユージは、南に向かって歩を進めていた。


北門にももちろん見張りはいたが、気絶させるのに一秒もかからなかった。



「しょこら、勇者の力ってすごいんだね。森を抜ける時も、魔物を一瞬で倒してたし……」


ユージは目を輝かせて俺を見つめながら言った。


「前にナユタさんが、この時代の勇者は昔ほど力を持っていないって言ってたよね。だけど、村で殺されたあの勇者様もすごく強かったし、しょこらだって強い。とても力が弱まってるなんて、思えないけどな……」


「それは人間が全体的に弱体化してるからだろ。昔の人間にとって今の勇者は大して強くないかも知れないが、今の人間にとっては強いんだ」




話しながら足を運んでいると、その時、俺の猫耳に複数の声が飛び込んでくる。


ある声は喚き、ある声は怒鳴り散らかし、ある声は泣き叫んでいる。

明らかに穏やかでない状況だ。


「おい、そこの路地を曲がったところに誰かいるぞ。気をつけろ」



俺がユージに呼びかけ、俺達は路地の陰からその先の道をそっとのぞき込んだ。


そこには兎の耳を持つ二人の獣人がいて、その前の地面には人間が三人へたり込んでいる。


若い男女とその子供とみられ、子供の女の子は大声で泣き喚いていた。



「お願いします、この子の命だけは助けてください……!!」


母親とみられる若い女が、子供を抱きしめながら懇願する。

父親のほうは獣人達の持つ槍での攻撃を受けたようで、腹から血を流してぐったりと倒れていた。



「黙れ。考えなしに逃げ出そうとしたお前達が悪い。当然の報いだ」


そう言うと獣人の一人は父親の腕をつかみ、ぐいっと体を持ち上げる。


「さあ立て、全員王宮へ行くんだ!!」



するとその時、気絶していたと思われた父親が目を覚まし、獣人の腹に思いっきりパンチを食らわせた。

うっと息を止めた獣人の槍を、父親はすかさず奪おうとする。



「あ、あなた!!」


母親が思わず叫び声を上げた。


もう一人の獣人がすかさず父親の顔を殴りつけ、槍をその心臓に突き付けたのだ。



「残念だが、抵抗するならこの場で全員殺す。少しくらい人数が減っても問題はない」


そう言い放った獣人は、今にも父親の胸を貫こうとした。


子供の泣き声はさらに大きくなり、耳をつんざかんばかりに路地に響き渡る。




ドスッ!!!!



思わず目を閉じていた親子の前で、その時、二人の獣人が突然動きを止める。


そしてそのままバタリと地面に崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。



「え……。一体、何が……」



思わずキョロキョロと周囲を確認する親子の目に飛び込んできたのは、一匹の黒猫だった。


黒猫に変身してこっそり獣人達の背後に忍び寄った俺は、続けざまにその後頭部に蹴りを食らわせたのだ。



フンと鼻を鳴らしながら獣人達を見下ろす俺を、三人の人間は唖然として見つめていた。


「あ………あなたは………」


父親が口をあんぐり開けて、俺をじっと見つめながら言う。


「あ、あなたはあの、伝説の………」


「おい、とりあえずここから逃げろ。獣人達に見つからないように王都を出るんだ」



俺がそう言っても、親子はただポカンとしていた。

どうやら俺の言葉は、ただのニャーニャー言う猫語にしか聞こえないらしい。



「う、うわあああっ!?」


俺が変身を解いて元の姿に戻ると、親子は驚愕して後ろにつんのめった。


突然目の前に現れた獣人に、思わずさっと三人身を寄せて身構える。

ただ小さな女の子だけは、目を輝かせて俺を見つめていた。


「とりあえずここから逃げろ。獣人達に見つからないように王都を出るんだ」



面倒なので俺はそれだけを言って、さっと屈みこみ治癒魔法で父親の腹の傷を癒した。

そして立ち上がると、さっさと南へと向けて路地を歩き始める。


「ちょっと待ってよ、しょこら!あ、すみません、気を付けてくださいね!」


ユージは人間達に声をかけると、慌てて俺の後を追いかけた。



俺とユージの後ろ姿を、人間達はまだポカンとして見送っていた。





南側から王宮を目指すミーシャとアイリーは、途中でいくつかの人間の遺体に遭遇していた。


どうやら逃げ出そうとした者や、こっそり隠れていた者達が獣人によって始末されているらしい。



「ひ、ひどいです、こんな………。獣人達は本当に、この国を乗っ取るつもりなのでしょうか……」


肩を震わせながらアイリーは呟く。



無残にも切り裂かれた人間達の遺体をミーシャが運び、路地裏の安全な場所に丁重に横たえる。

アイリーはミーシャの後ろから恐る恐る顔を出し、遺体の様子を見つめていた。


震える手で自分の腕を背後から掴んでいるアイリーに、ミーシャは淡々とした調子で言った。


「どうやら抵抗すると殺されるようですね。生きている者達がどこに囚われているかは分かりませんが、とにかく早く王宮に行きましょう」



そう言って二人は再び路地を北に向かって歩き始めた。


怯えた様子で自分の腕を掴んでついて来るアイリーを見て、ミーシャは再びふっと鼻で笑った。


「そう怖がらずとも、私は結構強いので大丈夫ですよ」

「えっ……い、いえ、怖がっているわけでは………。えっと、はい、確かに怖いですが……」



観念したようにアイリーは言う。


ミーシャはその様子をじっと見ると、突然関係のない話を始めた。


「それで、貴方はどうせユージ様に惚れているんでしょう。上手くいきそうですか」

「なっ!?な、どどどうしてあなたにそんな事が分かるのですか……!?」


突拍子もない質問にアイリーは慌てふためいた。


「ナ、ナユタさんから聞きましたが、あなたは魔族なんですよね。だから私の心が読めるのですか……!?」

「魔族にそんな能力はありません。貴方のような娘の考える事など手に取るように分かりますよ。それでどうなんですか。今回は上手くいきそうですか」

「い、いえ……。それが、あまり上手くはいかないようで……」

「でしょうね」

「なっ……ちょっとあなた、なんかさっきから私に対してちょっと失礼じゃないかしら!?」



顔を赤くして言い返すアイリーを見て、ミーシャは再び笑みを漏らした。

今やアイリーの震えは完全に止まっている。


『四百年前も今も、貴方はお変わりありませんね』



そう考えてミーシャは再び前を向き、歩を運び続ける。



しばらく無言で歩き続ける二人だったが、突然ミーシャはふと立ち止まる。

そしてさっと手を挙げて、斜め後ろから付いて来るアイリーを制止した。


「えっ、どうかされたのですか?」


慌てて足を止め、アイリーは驚いて尋ねる。


しかしミーシャはアイリーには答えず、その代わりに誰かに向かって話しかけた。



「こそこそ隠れていないで、出てきたらどうですか」



その呼びかけに応じて背後から姿を現したのは、槍や剣を携えた数人の獣人だった。


全員が狼の耳をつけ、ほくそ笑みながらミーシャとアイリーを見つめている。



「気づいてたのか。意外に鋭い野郎だ」


獣人の一人が吐き捨てるように言った。


合計四人、武装した獣人達が、じりじりと距離を詰めてくる。



「ミ、ミーシャさん……」


アイリーは声を震わせながら、短剣を手に取る。

しかしミーシャはそれを制して、首を振りながら言ったのだった。



「私にお任せください。ご安心ください、貴方には指一本触れさせませんよ」


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