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54.混乱の陰で

エド町に戻った俺達は、翌日のほぼ丸一日を兵舎の中にある診療所で過ごしていた。


治癒魔法で傷は回復したものの、一度複雑に折れた骨や潰された内臓が元通り機能するまでには多少の時間がかかるのだ。



町に戻った俺達を迎え入れたのは、暴動を起こしていた護衛隊や冒険者達だった。


ラファエルがこの世界の魔王を殺したことで精神支配は解け、全員が自らの行動を恥じ、互いに謝罪し合っていた。

そして俺達が魔王を倒した(面倒なのでラファエル達についての説明は省略したのだ)ことに皆が心から感謝し、安堵し、喜んでいた。



「まさか勇者様が不在なのに、魔王を倒せるなんて思いませんでした!さすがナユタ様です!」


診療所に顔を出した護衛隊の副隊長は、ベッドの上に座っているナユタに向かって言った。


「それにお仲間の方々も、本当にありがとうございます。お蔭様で、この町は救われました!」



ナユタは笑って首を振り、魔王を倒したのは俺だと何度も説明したのだが、誰もその話を信じようとはしなかった。

S級冒険者であるナユタが魔王を倒したという方が、信憑性があるからだ。



「ごめんねしょこら君。彼らには改めて説明しておくから」


副隊長が去った後、ナユタはやれやれと首を振りながら言った。


「全く皆、自分に都合の良いことしか信じようとしないんだから」



俺はナユタの隣のベッドにあぐらをかいて座り込み、ユージも俺のベッドに腰かけている。

護衛隊の救護部隊が診療所を取り仕切っており、俺達はほぼ無理やり安静を命じられていた。



ため息をつくナユタに向かって、俺はあくびをしながら答える。


「問題ない。というかむしろお前が倒したことにしてくれた方が好都合だ。騒がれるのは正直面倒だからな」


「いや、それは駄目だよ。……まあでも、勇者が魔王を倒したって特に国から報酬を得られる訳でもないから、確かに面倒なだけかも知れないね」


何かを思い出しているように、ナユタは遠い目をして呟く。


「勇者は国のために尽くすのが当然な存在で、国のお荷物になってはならないからね。面倒事だけ背負わされて、良い事なんて実際何もない。くだらない名誉が残るだけだ」


「ああ。というわけでお前が倒したってことで良いよな」


「あはは、僕もお断りだね、悪いけど」



俺とナユタの会話を、ユージは不思議そうに聞いていた。


「勇者になるって、そんなに面倒な事だったんだね。……でもまだ信じられないなあ、しょこらが勇者になったなんて……。それになんて言うか、しょこらもナユタさんも、雰囲気がちょっと変わったような………」


「ユ、ユージさん!!!」



ユージの言葉を遮るように、その時、部屋の入口から誰かが飛び込んできた。

俺達が全員目を向けると、そこには息を切らせたアイリーが胸を押さえて立っている。


「ユージさん、すみません………わ、私のせいで、ひどい怪我を………!!」



急いでユージの元へと駆け寄ったアイリーは、ユージの手を取り両手でぎゅっと握りしめた。


「ほ、本当に、申し訳ございません………」


ぽろぽろと涙を流すアイリーに、ユージはなだめるように言った。


「落ち着いて、アイリー。気にしないでよ、あれは闇魔法の精神干渉のせいだったんだし……」


「でも……あの、お怪我は大丈夫ですか……?」



俺はあぐらをかいたまま、そんなアイリーの姿をじっと見つめた。


記憶が戻った今になってようやく気が付いたのだが、こいつは前世ではこの国の女王、ユリアンだったのだ。

今の時代ではすっかり普通の平民となり、王族とは何の関係もないらしい。



それにしても、よくこんな奴に女王が務まったもんだ。

俺がそんなことを考えながらぼーっとアイリーを見つめていると、その視線に気づいたアイリーは不思議そうに俺を見やった。


「あ、あの、しょこらさん……。どうかされましたか……?」

「いや、何でもない」



やっと視線を逸らした俺は、改めてナユタを見て尋ねる。


「で、王都には既に、魔王が倒されたことは伝わってるのか」


「ああ、知らせはすぐに届いたはずだよ。僕からもライアス君に報告しようとしたんだけど、どうやら魔道具の効果が切れてしまったみたいだ。もう通話ができなくなっている」


そう言ってナユタは、ライアスから渡されていた銀色の小さな輪っかを耳から取り外す。


俺は自分の猫耳にも取り付けていた小さな輪っかに指を触れた。

試しに呼びかけてみるも、やはりライアスからの反応はない。



「これだと、王都の状況が全く入って来ないな。魔王による精神支配が解けたなら、獣人に対する異常な執着も消えていれば良いんだが……」


俺がつぶやくと、ユージも不安げな顔をして答える。


「そうだね……。ねえ、本当に、今までのことは魔王の精神支配の仕業だったのかな?でも魔王が復活する前から、獣人狩りは既に始まっていたし……」


「もしかすると魔王は、僕達が思っていたよりも早く復活していたのかも知れないね」


ナユタも顎に手を当てて考えながら言った。


「あるいは魔王の配下が先に動いて、精神支配を広めたかだ。……だけど精神支配は、何もないところには広がらない。何等かの媒介が必要なんだ」


「媒介って……?」


ユージが恐々と尋ねると、ナユタは続けて説明する。


「エド町の場合は、頻発する魔物の襲撃による恐怖感や不安感みたいなものが媒介となった。闇魔法でそういった感情が膨れ上がり、暴走して、自分が意図していない行動を取るようになるんだ。

とすると、王都やそれ以外の町での精神支配において媒介となったのはおそらく……元々そこにあった、人々の獣人に対する偏見や嫌悪感だろう」


「そんな……!じゃあ、魔王による支配が解けたとしても、人間と獣人がすぐに仲直りできる訳じゃないってこと?」


「残念ながら、難しいだろうね。だけど闇魔法の影響がなくなったんだし、少しは人間側も冷静になれるだろう。まだ希望はあるから、そう悲観する必要もないよ」



ナユタの言葉を聞いて、俺もじっと考えていた。

確かにナユタの言う通り、四百年前の世界に未来の魔王が現れた時も、同じような方法で精神支配が広がっていた。


それに今回、人間が獣人に異常に執着することで魔王から目を逸らすことは、魔王にとってもおそらく好都合だったのだろう。だから魔王は、この国全体に精神干渉を広げたのだ。



そこで俺はふと、思い出したことを口にした。


「そういえばラファエルが言っていたが、この世界の獣人は魔族ではないらしいぞ。いわゆる新種の人間に分類されるらしい」


「ええっ、そうなの!?なんであの人にそんな事が……。でも、もしそうなら、本当にこれ以上人間と獣人が争う理由なんてないよね」


驚いたユージに続けてナユタも納得したように頷く。


「そうか。確かに今考えてみれば当然だ。もし獣人が魔族なら、しょこら君が勇者に選ばれるはずがないし、そもそもしょこら君が人間と同じように転生している筈がないからね。……それに魔王が倒されると、魔王の配下達は力を失うし、そこら辺の魔物達ですら一時的に大人しくなるんだ。獣人が魔族であれば、同じく何等かの影響を受けるはずなんだ。……うん、今なら国王に対して、獣人は魔族ではないことを証明できるかも知れないね。簡単に信じるかは分からないけれど」


「それなら、今すぐにでも王都に行こうよ!……でも、その前にライアスに連絡を取って、王都の状況を聞けたら良かったんだけど……」



ユージがそう呟くのを見て、俺は考える。

確かに王都に行く前に、ある程度状況を把握しておきたかった。



俺は再び、猫耳にくっついている銀の輪っかに指先を触れた。

こいつさえ使えれば、ライアスに連絡が取れるんだが……



その時、俺はふと思いつく。


そして触れた指先から、自分の魔力を銀の輪っかに向かって流し込んでみた。



するとしばらくして、突然俺の耳にライアスの声が飛び込んでくる。


「おお!奇跡だ、繋がった!!おい誰か、聞こえてるか!?」



やはり魔道具の効果が切れたのは、単に魔力切れが問題だったようだ。


「聞こえてるぞ。俺達は全員無事だ」



俺がライアスと通話を始めたので、他の三人も驚いて俺の周囲に集まってきた。

全員が耳をできるだけ魔道具に近づけて、ライアスの声を聞き取ろうとする。


「ああ、良かった!あの村が襲われたって聞いてから、皆と連絡が取れなくてすげー心配したんだぜ!今はエド町にいるのか?聞いたぞ、魔王が倒されたって……」


「おう。で、そっちの状況はどうだ。王室はまだ頭がおかしいままか」



するとなぜかライアスは黙り込み、魔道具の向こう側はしんと静まり返った。


「……ライアス?ねえ、何かあったの?」


不安になったユージが、俺の横から魔道具に向かって声をかける。



そして、再び話し始めたライアスの口から出た言葉は、俺達全員を驚愕させた。



「……落ち着いて聞いてくれ。………国王が殺されたんだ。武装した獣人の集団にな」


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