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51.不可分の関係

ドオオオオオォォォン!!!!!



爆音が響くと同時に、俺は大きく後方へとジャンプしていた。


ついさっきまで俺が立っていた床が爆発し、大きくえぐられている。

一瞬で炎が燃え上がり、煙がもうもうと立ち込めた。


ほんの僅かでも反応が遅れていたら、即死するほどの威力だった。



「あはは、やっぱりその俊敏さは変わってないね。だけど逃げてばかりじゃ駄目だよ、ちゃんと反撃してくれないと」


ラファエルはまだ玉座に腰かけて、ロベルトを抱えたまま人差し指を動かしている。

その指先が動く度に床が破裂し、俺はどんどん壁際へと追いやられていった。



攻撃をかわし続ける俺の姿を目で追いながら、ラファエルが大きく笑い声を上げる。

その声はだだっ広い大広間に不自然なほど反響し、どこまでも俺の姿を追いかけてきた。



「あはははは!ほら、早く反撃しないと、殺しちゃうよ!」



どうやらラファエルは本気で戦いたいらしい。

俺のことを殺そうが、俺に殺されようが、結果については大して気にしないようだった。



腹を決めた俺は瞬時に動き、ラファエルの視界から姿を消した。



「おや、見失っちゃった」


ラファエルが少し意表を突かれたように、それでも愉快そうに言う。


俺は黒猫の姿に変身し、薄暗い部屋の中を俊足で移動していた。



パーーーーーーン!!!



ラファエルの目の前に現れた俺は、その横っ面を右前足で思いっきり張り倒す。

玉座ごとラファエルの体は吹っ飛び、腕にロベルトを抱えたまま数メートル先に投げ出された。


ラファエルが上体を起こすか起こさないかのうちに、俺は猫の姿のまま飛び掛かり、今度は頭部に右後ろ足で蹴りを食らわせる。


猫になっても攻撃力は人間の姿の時と変わらなかった。



再びドサリと床に倒れ込んだラファエルは、狂気じみた笑いを見せる。


「良いねえ、すごく良いよ!こんなにまともに攻撃を食らうのは久しぶりだ。さあ、もっとかかって来なよ!」



しかし、俺が再度飛び掛かろうとすると、次の瞬間ラファエル達の姿は消えた。


かと思うと、俺のすぐ背後に姿を現し、背後から火炎魔法を放出してくる。



バリイイイイィィン!!!!



俺は咄嗟にバリアを展開するも、それは一瞬でガラスのように粉々に砕け散った。

バリアの破片と火炎魔法の煙とで、俺は思わず咳き込んだ。


どうやらロベルトが転移魔法を発動しているようだ。

背後にいたと思われた二人は、気が付くと今度は前方にいて、鋭く尖った氷の槍を何本も発射する。



「チッ、やはり魔力では敵わないか」


俺は舌打ちをしながら、すぐにその場から高々とジャンプしてその攻撃をかわした。


バリアは格上の攻撃までは防げない。

俺の魔力はラファエル達のそれよりはるかに劣るので、攻撃は避ける以外に選択肢はないようだった。



しかし、身体能力だけなら、俺の方が上だ。



天井近くへと舞い上がった黒猫の姿は、薄暗い部屋の闇に溶けてラファエル達からは見えない。


俺は落下する勢いに任せて、そのままラファエルの頭上に舞い降りた。



ダアアアアァァン!!!!!



攻撃の直前に俺は人間の姿へと戻り、ラファエルの頭に踵落としを食らわせる。

あまりの勢いにその頭は床に叩きつけられ、そこに深々と亀裂を作った。



しかし、どんなに物理攻撃を加えても、全く手応えというものを感じない。

どうやらラファエルは瞬時に治癒魔法を発動し、傷をあっという間に癒しているようだ。



床にめり込んだ頭を引き抜いて、ラファエルはやれやれと笑った。


「やっぱりすごいなあ、しょこら君は。四百年前もそうだったけど、身体能力ではとても敵わないよ。ベル、怪我してないかい?」


自らの頭をさすりながら、ラファエルはロベルトに問いかける。

ロベルトはこくりと頷くと、俺と再会してから初めて口を開いた。


「お兄ちゃんは、だいじょうぶ?」

「ああ、もちろん大丈夫だよ!心配してくれてありがとう、僕の可愛いベル~~~~~」



ラファエルはこの上なく嬉しそうな顔でロベルトに頬ずりした。


全く、真剣な戦いの合間に一体何を見せられているんだ。



「おい、余所見してんじゃねえぞ」



俺は今度は、ラファエルの腕に抱えられているロベルトの胸ぐらをむんずと掴んだ。

その小さな体を兄の腕から引っこ抜き、思いっきり空中に投げ飛ばす。



俺は続けてジャンプして、ロベルトの頭部に蹴りを食らわせようとした。

しかし、その攻撃が届く前に、ロベルトは瞬時に転移魔法を発動する。


そして次の瞬間には、ちゃんと元の通りラファエルの腕に収まっていた。



「チッ、兄弟を引き剥がすのは無理か」



俺は舌打ちをして呟く。

厄介な転移魔法を使うロベルトを先に攻撃して気絶させる算段だったのだが、やはり上手くはいかないようだ。



俺は再びラファエルに攻撃を仕掛けるべく動き出す。


しかしふと気が付くと、弟を一瞬奪われたラファエルの顔からは、先程までの笑みが完全に消え失せていた。



「しょこら君、僕の怒らせ方を心得ているようだね。さすがだよ」



すると突然、俺は喉の奥が締め付けられるのを感じた。


まるで見えない両手が俺の喉を内側から鷲掴みにして、ギリギリと締め上げているようだ。



「…………っ…………」



声を発することもできず、俺はただ自分の喉元に手をやる。

しかしそこには何もなく、その力を緩める術もなかった。



ラファエルはいつものように閉じられた目の奥から、冷ややかな視線を俺に投げかける。


「これがいわゆる闇魔法だよ。体に何の痕跡も残さず、対象を殺すことができる。残念だけど、これに反抗える者はいない」



俺はその声を遠くの方で聞いた。

確かに、ラファエルの闇魔法の攻撃に対しては、俺は手も足も出ない。


それは戦いの前から既に分かっていた事なのだ。



「うーん、ちょっと迷ってきたなあ。僕達は君に殺されるつもりだったんだけど、僕とベルを引き離すつもりなら、もう君を殺しちゃっても良いかもなあ。ねえベル、どう思う?」



弟は何も言わず、ただ兄の腕の中から、無言でもがき苦しむ俺の姿を見つめていた。



どうやら兄弟の逆鱗に触れてしまったようだ。

俺は何とか切り抜ける方法を考えようとするが、もはやうまく頭が働かない。




やがて目の前の景色は薄れ、ほとんど意識を失いかけた、その時だった。




「しょこら!!!!!!」



どこからか聞き覚えのある声が響いた。



そして次の瞬間、誰かが何かを叩きつける、ドカッという音が響き渡る。


すると俺を締め付けていた力は緩み、俺は床に突っ伏して激しく咳き込んだ。



ゲホゲホと喘ぐ俺の傍に誰かが跪き、俺の背中にそっと手を添える。


「しょこら、大丈夫!!?」



それはもちろんユージだった。


来るなと言ったにも関わらず、いつの間にか駆け付けたユージは、大広間へ駆け込むや否や無我夢中でラファエルに剣を振るったらしい。


意表を突かれたラファエルはひょいとそれをかわしたが、思わず闇魔法の手を緩めてしまったのだ。



「お前………なんでここに………」



俺がしゃがれた声で呟くと、それに答えたのはユージではなく、同じくいつの間にか駆け付けていたナユタだった。


「ごめんね。ユージ君がどうしても、君を助けに行くって聞かなくてさ。またマトリカで飛んで来たんだよ。……だけど、これは少し、僕達が予想していた展開とは違うようだね」



ナユタはそう言って、ラファエルとロベルトの姿を見つめる。


ラファエルはその顔に再び笑みを浮かべ、興味深そうにユージとナユタを見つめ返した。



「へえ、アルク君の生まれ変わりのユージ君と、それにナユタ君じゃあないか。良いねえ、君達も僕らに会いにきてくれたんだね」


ラファエルは元の調子を取り戻し、愉快そうに言った。



「しょこら………。あの二人が、魔王なの?」


訳の分からない様子のユージは、狐族の兄弟を凝視したまま俺に問いかける。


その問いかけに答えたのはラファエルだった。



「ああそうだよ、ユージ君。僕らが魔王だ。勇者であるしょこら君が僕達を殺せば、人間の神は再び力を手にする。……それにしてもやっぱり君達は良いね。四百年経っても、その魂は深く結び付いているんだ。そうだな、もししょこら君が僕達を殺せないなら、僕が君達を一緒に殺してあげるよ。その方が悲しくないだろう?」


「そんな………」



ユージはぐっと言葉に詰まる。

俺が一時的な勇者になったことをナユタから聞いているのか知らないが、それについては驚いた様子を見せなかった。


「安心してよ。闇魔法だと一瞬で片が付いちゃうから、使わないでいてあげるよ。その代わり、それ以上の手加減はしない。良いね?……なら、再開しようか」



ラファエルとロベルト、そして俺とユージとナユタは、広間の真ん中でしばし睨み合う。


そして今度は二人と三人での、戦いが始まったのだった。



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