5.おかしな冒険者
ユージが生まれ育った町は、俺が住んでいた森の南に位置していた。
その町はファビネと呼ばれており、そこまで大きくはないが栄えている町だ。
「さあ、とにかく冒険者登録を済ませよう。登録さえ済ませれば、それが身分証になって世界中どこへでも行けるようになるんだよ」
ユージと俺はファビネの冒険者ギルドの扉を開き、受付のカウンターへと近づいた。
俺は初めてまともにユージ以外の人間と関わることになるが、特に何も感じない。その代わりにユージの方が変に緊張して固くなっていた。
「あ、あの、すみません。僕の友達が、冒険者登録したくて……」
ユージは平然を装って(あまり装えてはいないが)受付の女性に声をかける。
女性とユージは既に顔見知りのようで、その人は少し驚いたように目を見開いた。
「まあ、お友達がいらっしゃったのですね。……あまりお見掛けしない顔ですが、どこか遠くから来られたのですか?」
女性はじっと俺の顔を見つめて問いかけてくる。
「おう」
俺は人間と話すのに慣れていないので、ごく簡単に返事をする。
するとユージが横から慌てて口を出した。
「え、えっと、そうなんです。それで、少し急いでるので、早く登録を済ませたくて……」
女性は特に俺に対して不信感を抱いたりはしなかったようだ。
ふっと微笑んで、カウンターの下から一枚の紙を取り出して俺に手渡す。
「ではまずこちらの用紙にご記入ください。その後は簡単な面談と実技があります。一時間もあれば登録は完了しますよ」
俺はペンを手に取り紙をじっと見下ろす。
そこには名前や性別、得意とする技、魔力の有無などを問う項目が並んでいた。
「しょこら、今までずっと一緒に練習してきたから、もう読み書きはできるでしょ。普通に書けば大丈夫だよ」
ユージが俺の傍でこそっと耳打ちする。
ちなみに俺の猫耳はバンダナの下に隠れてはいるが、元々普通の人間よりも聴力は良いので特に問題はなかった。
俺がぐりぐりとペンを動かす横で、ユージはなぜかハラハラしている。
そして紙を女性に返すと、女性は少し目を丸くして俺が書いた文字をじっと見つめた。
「ま、まあ、とても個性的な字をお書きになるのですね……」
俺は字を書くのが初めてだったので(枝で地面に書く練習はしていたが)、俺の文字は与えられた枠を大幅に飛び出し、おかしな方向に曲がり、まるで小さな子供が描いた落書きのように見えた。
「で、でも読むことはできますので、大丈夫ですよ。では次は実技と面談です……」
そこから俺達は二階へと通され、俺は一人で面談を行う部屋へと入るよう指示される。
ユージは一緒には入れないので、廊下で待つことになった。
「しょ、しょこら、くれぐれも変な事答えないようにね………」
「フン、ただ質問に答えりゃいいんだろ。簡単なことだ」
そもそも変な事と言われても、一体何が変で何が変じゃないのかよく分からない。
俺はフンと鼻を鳴らして、一人で部屋へと入って行った。
俺が扉を開けると、優しそうな雰囲気の中年女性が一人で座っており俺を迎えた。
「初めまして、しょこらさん。私はギルド副長のアンナです。さあ、どうぞお掛けください」
俺はバタンと扉を閉め、ずかずかと部屋を横切り、言われた通りにドカッと腰を下ろした。
「……………え、えっと、しょこらさん…………。あの……………」
アンナは面食らった様子で一瞬固まってしまった。
俺はアンナが腰掛ける椅子の前にある机にピョンと飛び乗り、そこにドカッとあぐらをかいて座ったのだ。
言われた通りにしたのだが、何かが気に入らないらしい。
「何かおかしかったか?」
「え、ええと…………できれば、椅子の方に腰かけていただけると………」
「椅子ってのはこれか」
俺はそう言って、今度は机を挟んでアンナの向かいに置かれた椅子にドカッと座り込んだ。
椅子の上でもあぐらをかき、膝の上に頬杖をつく。
「で、何が聞きたいんだ」
さっさと済ませたいので、俺はアンナに尋ねる。
アンナは今やポカンと口を開けて、俺の所業をただ見つめていた。
「ええと………オホン、まあいいでしょう。それでは質問を始めます。冒険者としての適性を図るものですが、簡単な質問ばかりですので、正直にお答えくださいね」
「おう」
アンナは改めて咳払いをして、一つ目の質問に移る。
「……ではしょこらさん。あなたが冒険者を目指したきっかけは何ですか?」
「生の魚料理のためだ」
「は?魚…………?」
「おう。生の魚料理を食いに行く」
「は、はあ、それは……。オホン、では二つ目の質問です。あなたは、冒険者にとって最も重要な素質は何だと思いますか?」
「知らん。考えたこともない」
「そ、そうですか………。ですが少し考えてみていただけると……」
「魔物と戦う力か」
「い、いいでしょう。では三つ目の質問です。あなたは冒険者になって、成し遂げたいことはありますか?」
「さっきも言っただろ。魚を食うんだ。何度も言わせるな」
「え、ええと………。はい、ではこの質問はもう結構です。では少し違う質問に移りましょう。あなたの力ではとても太刀打ちできない強大な敵が、あなたの故郷を襲ったとします。あなたの大切な人々が危険に晒されています。あなたは故郷に残り戦いますか?それとも故郷を離れますか?」
「俺の故郷には誰もいないぞ。一体なんだってあんな場所を襲うんだ」
俺は森を思い浮かべながら答えた。
俺とユージが旅立てば、そこに残るのは魔物ぐらいだ。
アンナはしばし呆気に取られて俺をじっと観察していたが、やがて三度目の咳払いをした。
「……分かりました。面談は以上で修了です。ではしょこらさん、次は実技にお進みください」
どうやら満足したようだ。
俺が部屋を出ると、落ち着かなげに廊下をうろうろしていたユージはピタリと止まってこちらを振り向いた。
「しょしょしょこら、どうだった!?大丈夫だった!!?」
「おう。楽勝だな」
俺の答えを聞いて、ユージは少し安心したようにほっと息をついた。
「よ、良かった。あとは実技だけだね。さあ、行こう……」
後から聞いた話だが、アンナは俺の合否について非常に頭を悩ませたようだ。
しかし特に人間性に問題があるとは判断されず(かなり特殊に見えたようだが)、実技の結果も良好だったので、最終的に俺は冒険者登録を許可されたのだった。