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42.弔いと再出発

俺はその声を、遠退く意識の中で聞いた。


「ほら、立つんだよ」


まるでピクニックでもしているかのようなその口ぶりは、やはりあまりにも場違いだ。


それに、立てと言われても立てる訳がない。

俺はたった今勇者に地面に叩きつけられ、体中の骨が砕けたのだ。


それはまるで遥か上空から叩き落されたのと同程度の衝撃だった。



しかし俺はぼんやりとする視界の中で、その謎の人物の輪郭を捉える。心なしか、先程までよりも周囲がはっきりと見えるようになってきたようだ。



そして俺はその時はっとする。



その輪郭、頭についた二つの耳。



それは俺が惑わずの森で見た、あの謎の獣人の輪郭だった。


王都の検閲に引き留められ、俺が獣人であることが露見しそうな危機的状況に、偶然にも表れたグリフォン。


そのグリフォンに隠れてひっそりと立っていた、謎の獣人。


あまりに絶妙なタイミングに、それはまるでその獣人が俺達を助けるため、グリフォンをけしかけたように思えたのだ。




そこまで考えて、俺は体中から痛みが消えていることに気が付く。



俺はがばっと起き上がり、両手を見下ろしてそれを握ったり開いたりしてみる。体に手を当ててみても、肋骨の一本も折れていない。



やはり完全に回復している。


ナユタがまたライアスの治癒魔法を使ったのだろうか?

いやしかし、ナユタは俺がやられる前に勇者の剣により体を貫かれていた。



俺が急いで周囲を見渡すと、ちょうどユージやナユタ、アイリーもゆっくりと目を開けて、体を地面から起こしているところだった。


しかし、先程までそこに立っていたはずの謎の獣人の姿は、跡形もなく消え去っている。



「あれ、僕達、一体どうし………って、しょこら?」


攻撃を受けた腹を押さえながら起き上がったユージは、俺が突然立ち上がりキョロキョロと何かを探す様子を見て、不思議そうに問いかけた。


俺は手近な場所を走り回り、瓦礫の陰や焼け焦げた小屋の裏手を確認したが、先程の獣人の姿は見つからない。

燃え盛っていた炎はいつの間にか完全に鎮火していた。


「おい、さっきまでここにいた獣人を見なかったか」


「獣人……?村人の誰かがいたの?」


「いや。おそらく村人じゃない」


「僕は何も見なかったよ。目が覚めたら、しょこらが起き上がってて……。というか、僕達どうして生きて……」



俺はそれを聞いてはっとして、今度は別の姿を探してキョロキョロと周囲を見渡す。

謎の獣人に気を取られ、勇者のことがすっかり頭から抜け落ちていた。



すると俺の目にふと、ナユタの姿が映り込んでくる。

ナユタは地面にうつ伏せに倒れた誰かの体の前に屈み込み、注意深くその人物を観察していた。



倒れている誰かは、黒いフードのついたマントを纏っている。



「おい。そいつはまさか………」


俺はナユタの方に歩み寄りながら問いかける。


するとナユタはゆっくりと顔を上げて、珍しく困惑の色を目に浮かべてこちらを見返した。



「勇者が………死んでいる」



そのナユタの静かな言葉は、今やしんと静まり返った村に不自然なほどに響き渡る。



俺はその場で足を止め、信じ難い想いでその横たわる人物に目をやる。

地面から体を起こしていたアイリーは座り込んだまま両手で口元を覆い、ユージは愕然として目を見開いている。


誰も言葉を発することができず、俺達はしばらくの間ただ石像のようにその恰好で固まっていた。



「そんな………勇者様が死んだら、一体誰が魔王を………」


ユージは小刻みに肩を震わせながら言う。

アイリーも怯えた様子で声を絞り出した。


「い、一体誰が、勇者様を殺めたのでしょう………?そんな事ができる人なんて………」


「しょこら君。君はさっき獣人を見たと言っていたね。その人物について何か心当たりはあるかい?」



何とか冷静さを保っているナユタが俺に問いかける。

しかし俺にはその獣人の正体に心当たりなどあるはずもない。


俺が見聞きしたことの一部始終を説明すると、ナユタは顎に手を当てて考え込む。



「その謎の獣人は、しょこら君に立てと言った。そしてその直後、瀕死状態だった僕達全員がなぜか回復した。普通に考えると、その獣人が僕達を助けてくれたんだろう。一瞬で僕ら全員を治癒させる程の魔力があるなら、勇者を殺めたのもその獣人だという可能性は非常に高い。だけど一体、何の目的で……」



その目的が何なのか、俺達がどんなに頭を捻ったところで分かるはずはなかった。



差し当たっての大問題は、この世界に勇者が不在となってしまったことだ。


しかしそれについて今すぐに対策を練る事など、俺達にはできない。

たった今起きた勇者による襲撃、それによりもたらされた目の前の惨状が、何よりもまず俺達の頭と心を一杯にしたからだ。



冷静になってよく周りを見てみると、そこには村人達の遺体があり、誰一人として生きている者はいなかった。

勇者と共に侵攻してきた人間の冒険者達ですら、勇者と同じようになぜか息絶えている。


そして、横たわる村人達の中にはマルセルがいて、ルークスとリーシアがいて、カナンがいて、ラーデンがいた。


俺達のすぐ傍には、ミラの姿が横たわっている。



ナユタはミラの遺体の方へと歩み寄り、再びそこに屈みこんだ。

そっとその上体を支えて顔を覗き込んだ後、小さな声で呟く。


「………君はあのまま隠れていれば、助かったかも知れないのに。僕なんかのために、命を投げ出す必要なんてなかったんだ」



しんと静まり返った村で、俺達はその様子をただ見守っている。

俯いているナユタの顔には前髪がかかり、どんな顔をしているのか俺達には分からない。


「本当にすまない。………ありがとう」




ユージはマルセルの体の前で地面に両手をつき、ポロポロと涙を流していた。


「一体どうしてこんな事に………どうして………」


アイリーもユージの隣に座り込み、ただ涙を止めどなく流している。


俺は自分の腹の底から、悲しみを通り越して怒りが沸々と沸き上がって来るのを感じた。




とにかく村人達の遺体を埋葬し、森の中で見つけた大きな岩を申し訳程度にそこに立て、俺達はそこに向かって両手を合わせた。

俺は知らなかったのだが、それが人間達に取っての死者の弔い方なんだそうだ。


「ライアス君にはここで起きた事を報告しておいたよ。上手く手を回してくれれば、もう少しましなお墓が建てられるかも知れない」


ナユタは暗い表情のままそう言った。




ナユタがライアスから聞いた話によると、勇者達がこの村を襲撃したのと前後して、各地で小さな村や集落が冒険者達により襲われたという噂が流れているそうだ。


「なんで急にそんな暴挙に出たのか分からねえ。けど聞いた話ではそれも王室からの緊急指令の一環だったそうだ」


ライアスは魔道具を通して、憤りを込めた声で説明する。


「ここまで来るともはや異常だ。国王は一体何考えてんだか……」



ライアスが把握している限り、襲われた村の中で実際に獣人が住んでいたのは俺達がいた村だけで、その他はただの人間の村だったという。

しかし冒険者達は見境なく、小さな村を襲っては村人を皆殺しにしたというのだ。




「おい。こうなったら魔王より先に国王を殺した方がいいんじゃないか」


焚火を囲んで座り込みながら、俺は全員に向かってそう言った。

その日は村人の埋葬にほぼ丸一日を費やしたので、俺達は村の外れにある大樹の前にテントを立てて野営していた。


村はほとんど焼け落ちてしまったが、その大樹だけは無事だったのだ。


「このままだと、獣人どころか人間だって全滅するぞ」


「でも………勇者様がいなくなっちゃったから、まずはエド町に行って、魔物対策をした方が良いんじゃないかな」


ユージはじっと考えながらそう言った。


「もちろん、僕達が魔王を倒すなんてことできっこないけど、それでも何とかしないと……」


「そういえば、王室は勇者様が殺されたことを知っているのでしょうか?」


アイリーの質問に答えたのはナユタだった。


「まだ報告は届いていないかも知れないけれど、いずれすぐに分かるだろう。勇者に関しては王室の神父が神から啓示を受け取るんだ。通常は勇者が誕生する時ぐらいしか啓示は受けないけど、この緊急事態なら何かしらの啓示があってもおかしくない」


「ねえ、こういう時って、新しい勇者様が誕生したりするのかな?勇者様が魔王を倒す前に死んじゃうなんて、きっと過去に前例がないよね……」


ユージのその問いに対しては、ナユタははっきりとは答えなかった。

ただ難しい顔をして、小さく呟く。


「さあ。どうだろうね」




その時俺はふと視線を感じ、さっと頭を動かして上を見た。

何となく上の方向から、木立の上に誰かが立って俺達を見下ろしているような、そんな視線を感じたからだ。


「しょこら、どうしたの?」

「いや、何でもない」


周囲に誰もいないことを確認して、俺は短く答える。



俺達はそれから何度も話し合った結果、結局予定通りエド町のあるシロヤマ領へと向かうことに決めたのだった。


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