表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/32

4.旅立ち

ユージが冒険者になり、俺が「しょこら」になってから、三年の月日が経過した。

俺とユージは十三歳になっている。



この三年の間、ユージは毎日のように森に通っていた。

そして俺と一緒に狩りをしたり、魔物を討伐したり、一緒に食事をしたりして、ほとんどの時間を森の中で過ごしている。


ある時は夜になっても町へと戻らず、俺と一緒に木の根元で丸くなり、毛布を被って眠ったりもした。



「お前、本当に人間の友達がいないんだな」


森に通い詰めるユージに向かって、俺は言った。


「毎日こんなとこに来て、他にやる事はないのかよ」


しかしユージは当然だというように首を振る。


「だって、僕はしょこらと一緒にいる時が、一番楽しいんだよ。両親が止めさえしなければ、僕もこの森に住みたいぐらいだ……」



やれやれ。こいつ、いずれ本当にここに住み着くのではないか。



ある時は逆に、ユージが俺に向かって尋ねた。


「ねえ。しょこらはずっと、この森で生きて行くの?……他の町とか村に、行ってみたいと思わないの?」


俺はしばし考える。

正直、人間の世界に出て行く事など、これまで考えてみたこともなかった。


「だって、俺が人間の前に姿を見せたら、すぐ捕まるか殺されるだろ。ならここで生きて行くしかないだろ」

「でも……。しょこらは、それでいいの?ずっとここで暮らすなんて……」



ユージはしばらく何かを考えていたが、やがてはっと思いついたように言った。



「そうだ、ねえ、その耳と尻尾を隠したらどうかな?それさえ隠せば、しょこらは普通の人間に見えるよ!それで、僕みたいに冒険者になって、一緒に世界を旅するんだ。……ねえ、すごく楽しそうじゃない?」


素晴らしいアイデアを思いついた、と言うように、ユージは目をキラキラを輝かせた。

たった今発案したばかりなのに、完全に乗り気になっている。


「ねえ、そうしようよ!!僕、しょこらと一緒にいろんな所に行ってみたいよ!!」

「けどお前、万が一誰かに気付かれたらどうするんだよ」

「それは……。ちゃんと気を付ければ、きっと大丈夫だよ。それに、ぼ、僕が、しょこらを守れるぐらい強くなる……」


やや自信をなくしたように、ユージは声の調子を少し落とす。


「いい考えだと、思ったんだけどなあ……」



ユージはいつも俺達が眠る木の根元にしゃがみ込み、しゅんと下を向いた。


俺はしばらく無言になり、この先の生活について考えてみた。



正直、この森を抜け出してどこかに行くなんて考えたこともなかった。

しかし言われてみれば、一生ここで一人で暮らすというのも、何ともつまらない事のように思える。


それに、これまでも森をうろついていて、人間に遭遇しそうになった事は何度もあったのだ。

この森がこの先もずっと安全だとは限らないし、仮にここを追われれば、俺には行く先がないことになる。


思い切って外に出てしまうのも、悪くない考えのような気がした。



すると、ユージが何気なく放った一言が、ついに俺の決定打になる。


「もっと北のほうへ行くとさ、エドっていう町があって、そこではいろんな珍しい料理が食べられるらしいんだ。火を通していない魚の料理がすごく美味しいらしくて、“お刺身”っていうらしいんだけど、種類もたくさんあって……」


「おい。冒険者にはどうやったらなれるんだ」


俺が尋ねると、ユージはパッと俺を見て、目を輝かせた。


「えっと、町の冒険者ギルドに行けば、そこで登録できるよ!」



ユージによると、冒険者には十歳から登録できるが、活動範囲は自らが所属する町の周辺に限られているらしい。

町を離れて世界を旅する事ができるのは、十五歳になってからのようだ。


「じゃあ、約束だよ。十五歳になったら、一緒にここを出て旅をしよう」



ユージはそう言って、俺に向かって小指を突き出す。

その意味が分からない俺はユージに促されるまま、その小指を自分の小指でぎゅっと握り返した。




やがて月日は流れ、俺とユージは十五歳になる。



俺達はその日のために、既に準備を整えていた。


ユージは俺のために、頭に被る布のようなものを持ってきた。

バンダナと呼ばれるそれを俺の頭に巻き付けると、黒い猫耳はすっぽりと覆われ見えなくなる。


そして尻尾は、これもユージが準備した忍びの衣装を着ると、多少無理矢理だが短パンの下に覆い隠された。



「しょこらは猫みたいに身体能力が高いから、忍びのスキルがあるってことにすれば良いんだ。それならその黒い衣装もおかしくないし……」


ユージはぼーっとしながら俺の姿を見つめていた。


その服の上衣は袖がなく、俺の腕は丸見えだ。

その代わりに長い手袋のようなものが、俺の手首から上腕までを覆っている。


下は非常に短いパンツなので本来足はむき出しだが、それを覆うように(もも)まで届く黒い靴下を履いていた。


靴も履くと、どこからどう見ても人間の姿になった。


俺の黒い髪は今や腰まで達するほど伸びているので、黒い衣装も相まって、全身がほぼ真っ黒だ。



「しょこら、すごくかわいい……」



俺はフンと鼻を鳴らしながら、自分の服を見下ろしていた。

これまでは森の中で、適当に魔物の毛皮からこしらえたボロ服を着ていたのだ。



「まあ、動きやすいし問題ないだろ。で、お前は準備できたのか」

「うん。ばっちりだよ!もう両親にも妹にも、旅の挨拶を済ませてきたしね!」


ユージは普通の上衣にズボン、マントという、駆け出しの冒険者にありがちな恰好をしていた。

腰には鞘に納められた剣を携えており、肩からは斜めに小型のカバンを下げていた。


旅に出るにしては軽装だが、そのカバンはいわゆる魔道具で、かなりの量の荷物を運ぶことができるらしい。


全ての準備が整うと、俺達はいつも座り込んでいた木の根元から離れ、町の方向を見てしばし沈黙する。

この場所を離れるというのは、未だにあまり信じられなかった。




「さあ、しょこらの冒険者登録を済ませて、早く旅に出よう!」



ユージは待ちきれないように、ぐいっと俺の手を引いて駆け出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ