4.旅立ち
ユージが冒険者になり、俺が「しょこら」になってから、三年の月日が経過した。
俺とユージは十三歳になっている。
この三年の間、ユージは毎日のように森に通っていた。
そして俺と一緒に狩りをしたり、魔物を討伐したり、一緒に食事をしたりして、ほとんどの時間を森の中で過ごしている。
ある時は夜になっても町へと戻らず、俺と一緒に木の根元で丸くなり、毛布を被って眠ったりもした。
「お前、本当に人間の友達がいないんだな」
森に通い詰めるユージに向かって、俺は言った。
「毎日こんなとこに来て、他にやる事はないのかよ」
しかしユージは当然だというように首を振る。
「だって、僕はしょこらと一緒にいる時が、一番楽しいんだよ。両親が止めさえしなければ、僕もこの森に住みたいぐらいだ……」
やれやれ。こいつ、いずれ本当にここに住み着くのではないか。
ある時は逆に、ユージが俺に向かって尋ねた。
「ねえ。しょこらはずっと、この森で生きて行くの?……他の町とか村に、行ってみたいと思わないの?」
俺はしばし考える。
正直、人間の世界に出て行く事など、これまで考えてみたこともなかった。
「だって、俺が人間の前に姿を見せたら、すぐ捕まるか殺されるだろ。ならここで生きて行くしかないだろ」
「でも……。しょこらは、それでいいの?ずっとここで暮らすなんて……」
ユージはしばらく何かを考えていたが、やがてはっと思いついたように言った。
「そうだ、ねえ、その耳と尻尾を隠したらどうかな?それさえ隠せば、しょこらは普通の人間に見えるよ!それで、僕みたいに冒険者になって、一緒に世界を旅するんだ。……ねえ、すごく楽しそうじゃない?」
素晴らしいアイデアを思いついた、と言うように、ユージは目をキラキラを輝かせた。
たった今発案したばかりなのに、完全に乗り気になっている。
「ねえ、そうしようよ!!僕、しょこらと一緒にいろんな所に行ってみたいよ!!」
「けどお前、万が一誰かに気付かれたらどうするんだよ」
「それは……。ちゃんと気を付ければ、きっと大丈夫だよ。それに、ぼ、僕が、しょこらを守れるぐらい強くなる……」
やや自信をなくしたように、ユージは声の調子を少し落とす。
「いい考えだと、思ったんだけどなあ……」
ユージはいつも俺達が眠る木の根元にしゃがみ込み、しゅんと下を向いた。
俺はしばらく無言になり、この先の生活について考えてみた。
正直、この森を抜け出してどこかに行くなんて考えたこともなかった。
しかし言われてみれば、一生ここで一人で暮らすというのも、何ともつまらない事のように思える。
それに、これまでも森をうろついていて、人間に遭遇しそうになった事は何度もあったのだ。
この森がこの先もずっと安全だとは限らないし、仮にここを追われれば、俺には行く先がないことになる。
思い切って外に出てしまうのも、悪くない考えのような気がした。
すると、ユージが何気なく放った一言が、ついに俺の決定打になる。
「もっと北のほうへ行くとさ、エドっていう町があって、そこではいろんな珍しい料理が食べられるらしいんだ。火を通していない魚の料理がすごく美味しいらしくて、“お刺身”っていうらしいんだけど、種類もたくさんあって……」
「おい。冒険者にはどうやったらなれるんだ」
俺が尋ねると、ユージはパッと俺を見て、目を輝かせた。
「えっと、町の冒険者ギルドに行けば、そこで登録できるよ!」
ユージによると、冒険者には十歳から登録できるが、活動範囲は自らが所属する町の周辺に限られているらしい。
町を離れて世界を旅する事ができるのは、十五歳になってからのようだ。
「じゃあ、約束だよ。十五歳になったら、一緒にここを出て旅をしよう」
ユージはそう言って、俺に向かって小指を突き出す。
その意味が分からない俺はユージに促されるまま、その小指を自分の小指でぎゅっと握り返した。
やがて月日は流れ、俺とユージは十五歳になる。
俺達はその日のために、既に準備を整えていた。
ユージは俺のために、頭に被る布のようなものを持ってきた。
バンダナと呼ばれるそれを俺の頭に巻き付けると、黒い猫耳はすっぽりと覆われ見えなくなる。
そして尻尾は、これもユージが準備した忍びの衣装を着ると、多少無理矢理だが短パンの下に覆い隠された。
「しょこらは猫みたいに身体能力が高いから、忍びのスキルがあるってことにすれば良いんだ。それならその黒い衣装もおかしくないし……」
ユージはぼーっとしながら俺の姿を見つめていた。
その服の上衣は袖がなく、俺の腕は丸見えだ。
その代わりに長い手袋のようなものが、俺の手首から上腕までを覆っている。
下は非常に短いパンツなので本来足はむき出しだが、それを覆うように腿まで届く黒い靴下を履いていた。
靴も履くと、どこからどう見ても人間の姿になった。
俺の黒い髪は今や腰まで達するほど伸びているので、黒い衣装も相まって、全身がほぼ真っ黒だ。
「しょこら、すごくかわいい……」
俺はフンと鼻を鳴らしながら、自分の服を見下ろしていた。
これまでは森の中で、適当に魔物の毛皮からこしらえたボロ服を着ていたのだ。
「まあ、動きやすいし問題ないだろ。で、お前は準備できたのか」
「うん。ばっちりだよ!もう両親にも妹にも、旅の挨拶を済ませてきたしね!」
ユージは普通の上衣にズボン、マントという、駆け出しの冒険者にありがちな恰好をしていた。
腰には鞘に納められた剣を携えており、肩からは斜めに小型のカバンを下げていた。
旅に出るにしては軽装だが、そのカバンはいわゆる魔道具で、かなりの量の荷物を運ぶことができるらしい。
全ての準備が整うと、俺達はいつも座り込んでいた木の根元から離れ、町の方向を見てしばし沈黙する。
この場所を離れるというのは、未だにあまり信じられなかった。
「さあ、しょこらの冒険者登録を済ませて、早く旅に出よう!」
ユージは待ちきれないように、ぐいっと俺の手を引いて駆け出した。