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38.リーシアの話

マルセルを連れて大部屋を出た俺は、部屋の外でバッタリと村長のラーデンに出くわした。


「おや、しょこら様。マルセルとお出かけですかな」


いつものようにゆっくりとした調子でラーデンは俺に問いかける。


「おう」


俺はそれだけを言ってラーデンの傍を通り過ぎようとした。しかしその時、ラーデンが俺を呼び止める。


「すみませんが、少しお時間をいただけますか。あちらの小部屋でお話をしましょう」

「なんで俺だけなんだ。ユージやナユタは呼ばなくて良いのか」

「はい。貴方にお話があります」


やれやれ。ルークスに続いて、今度はラーデンからの話か。

ユージ達を呼ばないところを見ると、どうもまた獣人に関連する話らしい。



俺は以前ルークスと話をした小部屋に、今度はラーデンと共に入る。

マルセルも俺にくっついて来たが、その事についてはラーデンは何も言わなかった。



椅子に腰かけると、ラーデンは改めて俺に向き直って言った。


「まずはお礼申し上げます。今日は人間の冒険者達を追い返してくださり、感謝しております」

「感謝ならナユタにしろよ。で、要件は何だ」


余計な話はするなと言わんばかりの俺の態度に、ラーデンは少し可笑しそうに微笑んだ。


「良いでしょう。では単刀直入に申し上げます。貴方のお仲間の皆様には、一刻も早くこの村を離れて頂きたい」



俺はその言葉を聞いて、しばらくラーデンの顔を見つめた。

どうやらラーデンもルークスと同じように、俺とユージ達を切り離して考えているらしい。


「お前も、俺にここに残れと言うのか」


俺の言葉に、ラーデンはゆっくりと頷く。


「左様です。貴方は獣人ですので、ここに残るべきでしょう」


「でも何であいつらを追い出したがるんだよ。今日だって、ナユタがいなけりゃ冒険者達に対処できなかっただろ」


「ええ、その通りです。私がナユタ様達をこの村に留めておきたかったのは、まさに今日のような事態に対処してもらうためです。しかしその目的も果たした。ここは既に調査済みの村として登録されるでしょうし、ライアスもうまく取り計らってくれるでしょう。なのでもはやナユタ様達に、ここに留まって頂く理由はありません」


「用済みになったから、出ていけってのか?」


「そのように聞こえてしまったのなら、申し訳ございません。ですがあの方達も、いつまでもここに留まる訳にもいかんでしょう。それにミラのこともあります」


「ミラがどうかしたのかよ」



ラーデンはそこで小さくため息をつき、視線を下へと向けた。


「ご存知の通り、ミラはナユタ様を慕っている。これ以上あの子が夢中になる前に、特にナユタ様には、あの子の前から姿を消して頂きたいのです」


「なんでお前が、そんな事に首を突っ込むんだよ」


するとラーデンは視線を上げて、じっと俺の目を見つめた。


「獣人と人間は違います。異なる種族の生物は決して結ばれることはありません。まして今のように種族間の争いが絶えない中で、あの子がこれ以上人間に傾倒することは看過できません」



それを聞いて、今度は俺がため息をつく。



「まあ良い、こっちだってそろそろ村を離れたかったんだ。俺はここには残らない。あいつらに出てけと言うなら、俺も一緒に出て行くまでだ」


「ど、どこかに、いくの………?」



その時突然、マルセルが声を上げた。

まともに話をするところを見たのはほとんど初めてだ。


俺の傍らに立ち、不安そうな顔をしてこちらをじっと見上げている。


「ああ。悪いが俺達は、いつか出て行くんだ」


俺はそう言ってマルセルの頭にポンと手を置いた。



みるみるうちに涙目になるマルセルの様子を見つめながら、ラーデンは再び俺に問いかける。


「もう一度よく考えて見てはいかがかな。貴方のいるべき場所はどこなのかを」


「おい、いい加減にしろよ。ルークスもお前も、なんだってそこまでして俺のことを引き留めたがるんだ。俺達は同じ獣人ってだけで、赤の他人だろ!俺がどこでどう生きようが、お前らの知ったことじゃないだろ!」


俺はイライラしてラーデンに食ってかかった。



するとその時、ラーデンが答える代わりに、部屋の扉がゆっくりと開く。


「……しょこら様。その事については、私からお話します」


それはマルセルの母リーシアだった。

いつのまに来ていたのか、部屋の外で俺達の会話を聞いていたようだ。


「申し訳ございません。マルセルを迎えに来たら、たまたま話し声が聞こえてしまったのです」



リーシアは部屋に足を踏み入れ、腰かけているラーデンの隣に立った。

部屋には椅子が二脚しかないので、リーシアはそのまま話し始める。


既に日が傾いて来ており、灯の点いていない部屋は徐々に薄暗くなった。



口を開いたリーシアは、俺にくっついているマルセルに目を向けながら言った。


「……マルセルは、私と同じ髪色を持っています。明るい茶色と、白の混色です」



なぜ突然そんな分かり切った事を言うのか、意図が分からないので俺は黙っている。

するとリーシアは続けた。



「彼は母親である私の容姿を受け継いでいます。その反面、父親であるルークスから遺伝子的に受け継いだものはありません。……当然です、なぜならルークスは、その子の本当の父親ではないのですから」



思わぬ事実を聞かされ、俺は一瞬黙り込む。


ちらりとマルセルの方を見ると、話の内容が分かっているのかいないのか、特に反応を示していない。

今だに俺の顔をじっと見上げ、村から出て行くなと訴えるような目つきをしていた。



「ご安心ください。マルセルにはもう伝えていますから」


俺の様子を観察していたリーシアは言った。

そしてそのまま、ルークスについての話を続ける。



「私の夫、ルークスは私と出会う前、人間の女性と恋に落ちていたのです。たまたま彼が人間の町まで買い出しに出た際に、出会ったらしいのです。……もちろん、当時はまだライアスの魔道具もありませんから、彼は頭に帽子を被って町へと出ていたようですが」


リーシアは淡々と語り続ける。


「ほとんど一瞬で恋に落ちた彼らは、人目を盗んで待ち合わせては、共に時間を過ごして愛情を深めていきました。ルークスは彼が獣人である事をすぐに告白し、彼女の方もすんなりとそれを受け入れたようです。それほど彼らは深く愛し合っていたのです」



話の雰囲気から、何となくこれから良くないことが起こりそうな気がした。

そしてそれは、果たしてその通りだった。



「ですが、彼らが出会って約一年が経った時、ある偶然からルークスが獣人であることが露見してしまったのです。その頃はまだ獣人の村もなく、彼らは人間に紛れて共に辺境の村に住んでいましたが、獣人の存在すら知らなかった村人達はルークスのことを魔物だと断定し、恐れ慄いて彼を殺そうとしました。村中の人間が寄ってたかって、彼の体を槍で串刺しにしようとしたのです」


俺もラーデンもじっと無言のまま、リーシアの話に耳を傾ける。


「ですが、彼を庇って犠牲になったのは、恋人である女性でした。彼女がルークスの前に立ちはだかり、槍での攻撃を全身で受け止めたのです。

村人は最初こそ戸惑いましたが、やがて彼女も同罪であると判じて、無残にも彼女の体をズタズタに突き刺しました」



その(むご)い話に、俺は無意識のうちにマルセルの犬耳を両手で押さえつけていた。

マルセルは不思議そうな顔をしてただ俺を見上げている。



「ルークスは絶望の中で命からがら逃げ出し、それから私達と出会うまで、一人で身を隠しながら放浪していたのです。彼は今でも人間を憎んでいますが、それと同時に、人間のことを心から愛した気持ちもまだ忘れてはいません。

……彼が貴方にここに残るようにと主張するのは、種族間の軋轢が深いからというだけが理由ではありません。彼は貴方に、同じ思いをしてほしくないのです」


リーシアは俺の目をじっと見つめながら訴える。


「今のこの世の中で、人間と獣人の共生はあり得ません。そんな中でもし、獣人と密接に関わっている人間がいると知られたら、貴方の仲間達は無事ではいられないでしょう。

今後貴方達がどんなに遠くへ逃げようと、そこに獣人がいる限り、いつか必ず人間達の手が及びます。彼らの無事を望むのであれば、貴方は彼らから離れるべきなのです」



そして、部屋の中を静寂が包み込んだ。



話が終わったので、俺はまた無意識にマルセルの耳から手を放していた。

マルセルはじっと俺の顔を見つめたまま、また小さく問いかけてくる。



「どこにも、いかないよね……?」


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