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37.変化

「本当に良かった。アイリー君が無事に目覚めて」


ナユタはベッド脇に立ち、アイリーを見下ろしながら言った。


「しばらくは安静にしていた方が良いだろう。無理はしないでね」

「はい。……すみません、皆さん、ご心配をおかけして……」


上体を起こしているアイリーは、まだぼーっとした様子で俺達の顔を見回した。

ベッド脇の椅子には相変わらずユージが腰掛け、俺も少し離れた位置に立っている。


「だけど、早く動けるようにならないと、さらにご迷惑を……」


そう言いながらも上半身がふらついているアイリーを、ユージは慌てて立ち上がって支えた。


「おっと。アイリー、無理しないでいいから、横になりなよ」

「は、はい、すみません………」


多少顔を赤らめて、アイリーはベッドに再び横たわる。



その日は火事が起きてから三日後だった。アイリーが目を覚ますのと前後して、俺やユージ、ナユタは完全に回復していた。

ずっと診療所にいるのも体が鈍るし、村の状況を把握したいので、俺達は交代で外に出ようという話になる。


村人達が信用できるか分からない今、全員がアイリーを残してここを離れることはできないし、一人で外出することも避けたかった。

そのため一人は診療所に残り、後の二人は外出することにした。



「じゃあ今日のところは、しょこら君とユージ君が外に出てきなよ。アイリー君は僕が見ておくからさ」


ナユタがそう提案するが、俺はすぐに否定する。


「いや。お前がここにいてやれよ」


俺がユージに向かってそう言うと、ユージは意外な顔をした。


「えっ、どうして?……いや、まあ、もちろん良いんだけどさ……」


不思議そうにするユージの隣で、ナユタも少し俺の方を見つめた。

しかしナユタはすぐにふっと笑い、俺の提案に賛同する。


「分かった。ならしょこら君、一緒に行こう」



俺とナユタが並んで部屋を出て行く後ろ姿を、ユージはただ見つめていた。




村の中を歩き回ってみると、まだ王都の緊急指令による影響を全く受けていないことが一目で分かった。

三日前の事件が嘘のように、相変わらず平和で長閑な日常が森の中を包み込んでいる。


それでも村人達の態度は僅かに変化していた。

俺とナユタの姿を見つけると気まずそうにさっと目を逸らしたり、難しい顔をして沈黙したり、中には申し訳なさそうに多少頭を下げる者まである。


「あの襲撃が村人達の総意ではないというのは、おそらく本当のようだね。それにもし全員が僕達を始末するつもりなら、僕達が診療所で弱っている間に息の根を止められたはずだ」


「それはそうだが、油断は禁物だろ。まだ過激派だって隠れてるかも知れないんだ」


「ああ、もちろん。それはそうとしょこら君、ユージ君と喧嘩でもしたのかい?」


真剣な話をしていたのに、ナユタは突然ぽっきりと話の腰を折った。

俺はただ素っ気なく返事をする。


「いや別に。何でそんなこと聞くんだ」


「いや、何となくだけど昨日の夜から、しょこら君の様子がおかしいように感じたから。気のせいなら良いんだ。でも何かあったら僕に相談してね」


俺はフンと鼻を鳴らし、そのままスタスタと歩き続けた。



特に目的もなく歩き回り、俺は村の真ん中を流れる川のほとりでしゃがみこんだ。

水中には魚が何匹も泳いでいて、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。


俺は魚の姿を見つめながら、エド町の名物と言われる刺身のことに思いを馳せた。



「ここを出たら、次の行き先はエド町だろ」


俺の隣に腰を下ろしたナユタに向かって俺は問いかける。

ナユタは俺が魚をじっと見つめている姿を見て、ふっと笑った。


「ああ、そうだね。王都に戻るのはもうこりごりだ。それにおそらく、エド町のあるシロヤマ領北部の魔物がそろそろ活発化する時期だ。僕はそれまでにはエド町に戻って、町の護衛に当たらないといけない。獣人問題より先に、魔物への対処が急務だからね」


「仮に魔王が勇者に倒されたとして、その後はどうなると思う」


俺のそのぼんやりとした質問の意図を、ナユタは解しかねたようだ。


「どうなる、というのは?」

「人間と獣人は、うまく共生できると思うか?」


珍しく俺がそんな事を聞いても、ナユタはその理由を探ったりはしない。


「僕はできると思うよ」


ナユタは短くそれだけを答えた。




しばらくの後、腰を上げて改めて歩き出した俺とナユタの耳に、何やらざわざわとした村人達の声が響いて来た。

どうやら村の入り口に訪問者が現れたようで、村人達は緊迫した様子で囁き合っている。


「おい、人間の冒険者が来たって、本当か?」

「ええ、今ラーデン村長が入り口の方へ向かってるって話よ」

「まずい、俺、あの魔道具を置いて来ちまった。ちょっと家に帰って取って来るよ!」



どうやらついに、この村にも調査の手が及んだようだ。


俺はライアスの魔道具を身に着けているので、猫耳は隠されている。

俺とナユタは目を見合わせ、こくりと頷いて村の入り口へと急いだ。



村の周囲は柵で覆われてはいるものの、警備などほとんどないに等しい。


俺達が入り口へと辿り着き、木陰からそっと様子を窺うと、そこには三人の冒険者達が立ってラーデンと話をしていた。


「このような辺鄙な村に、何か御用ですかな?」


ラーデンはさすがに落ち着いており、ゆっくりとした調子で冒険者達に相対している。


「おいおい、知らねえのか?今や国中で、ある獣人の子供の捜索が行われてるんだ。この村はギルドの登録になかったようだから、ちょっくら中を調べさせてもらうぞ」


「ですがご覧の通り、ここは人間の村です。獣人など、長年生きてきた私も見たことはありませんが……」


「これは王都からの命令だ。どんな小さな集落も一つ残らず徹底的に調べろってな。拒否するならその時点で反逆罪だぞ」



まったく、これだから王室は嫌いだ。

少しでも逆らおうものなら反逆だの大罪人だのと言われて吊るし上げられるのだ。


俺が思わず出て行こうとすると、ナユタは俺の肩に手を載せて引き留めた。


「しょこら君はここにいてくれ。僕が行くよ」



そう言ってナユタは木陰から姿を出し、冒険者達の方へと足を運んだ。



「やあ、君達も冒険者かい。ちょうど僕も昨日この村に着いてね、隅々まで調べさせてもらったよ。安心してくれ、ここは人間の村だ。あの獣人の子供もいなかった」


平然とそう言うナユタに向かって、三人の冒険者のリーダーと思われる男は胡散臭そうな顔をする。


「ああ?てめえ、本当にちゃんと調べたのかよ。それにたった一人でか?」

「ああ、僕一人だよ。この規模の村なら、僕一人で十分だ」


そう言ってナユタは冒険者カードを取り出す。

そこに書かれたS級の文字をしばらくじっと見つめた後、リーダーの男はチッと舌打ちをした。


「……はあ、S級かよ。分かった分かった、ここはお前に譲ってやるよ。……ったく、良いカモが見つかったと思ったんだが。とんだ無駄足だぜ……」



前から思っていたのだが、最近の冒険者達は性格も頭も悪そうな奴らばかりだ。

人間の神が弱っているせいで、人間としての気質にまで影響しているのだろうか。



とにかく何事もなく冒険者達を追い返すと、ラーデンは深々とナユタに向かってお辞儀した。


「ナユタ様。誠にありがとうございます。あのような事件があった後にも関わらず我々に協力していただき、感謝の念に堪えません……」


ナユタは笑って首を振り、それから俺が隠れている木陰へと戻って来た。


「やれやれ。これでしばらくは、この村は安泰だと良いんだけど。そこまで楽観視もできないけどね」




俺達が診療所に戻ると、そこにはミラの姿があった。

毎日俺達のために診療所まで足を運び、備え付けの台所で飯を作っているのだ。


村長の言いつけでもあるんだろうが、ほとんどはナユタ目的での献身だと思われる。



「お帰りなさい、ナユタ様、しょこら様!今、お食事を準備しますので!」


張り切った様子のミラは、俺の名前を呼ぶときも視線はナユタに向けたままだった。



「あ、お帰りしょこら、ナユタさん………」


大部屋に足を踏み入れると、ユージはこちらを振り向いて言った。

ずっとそこに座っていたのか、俺達が部屋を出た時と同じように、アイリーのベッド脇に腰かけている。


そしてユージの傍らには、マルセルがぴったりとくっ付いてた。


「おう。来てたのか」


こちらに駆け寄って来るマルセルを見下ろして俺は言った。

マルセルは相変わらず無口な子供だが、俺の顔を見上げてにっこりと笑顔を見せる。



ナユタが外で起きたことについてユージに説明している間、俺はマルセルを連れて大部屋を出た。



挨拶すらせず出て行く俺の後ろ姿を、ユージは再びじっと見つめたのだった。



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